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第36話 メストレス散る

 血は止まった。しかしジョーの意識は全く回復しなかった。フレッドはそれでもジョーは死んでいないと言い張ったが、駆けつけた病院の救急隊員もバルトロメーウスも、ジョーは宇宙に放り出されたハツカネズミと同じくらいはっきり死んでいると言った。遂に業を煮やしたフレッドは、

「ジョーは死んどらん! ジョーの心臓は右だ! ジョーは死んどらん!」

「ええっ!?」

 バルトロメーウスと救急隊員は驚いてフレッドを見た。フレッドは憤然として、

「ボォッとしとらんで、サッサと病院へ運ばんかい!」

と怒鳴った。


 軽身隊はフレンチステーションに戻り、ジョーを暗殺した事を報告に来た。その場に居合わせたメストレスが、

「奴の頭は粉と散ったか?」

 すると隊長はニヤリとして、

「いえ、女の前で頭を撃ち抜くのは可哀想だと思ったので、心臓を撃ち抜きました。即死でしたよ、ジョー・ウルフは」

「何だって!?」

 メストレスは仰天して立ち上がった。これには軽身隊だけでなく、ベスドムも驚いた。メストレスは隊長に詰め寄り、

「そ、それで?」

「はっ?」

 隊長はキョトンとした。メストレスはムッとして、

「それで奴の胸のどちらを撃ったのだ?」

「ああ、もちろん左です。心臓があるのは左ですからね」

「バカめ!」

 メストレスの罵声に隊長は唖然とした。ベスドムが間に入って、

「どういう事だ?」

「ジョー・ウルフの心臓は右にあるのだ。奴は死んではいない!」

「何だって!?」

 ベスドムと隊長は思わず顔を見合わせた。隊長はやっと、

「し、しかし、いくら心臓が右にあるとは言っても、左胸をストラッグルの光束が貫いたのです。助かるはずがありません」

 するとメストレスは、

「普通の人間なら確かにそうだ。しかし相手はジョー・ウルフだぞ。奴は心臓か脳を潰されない限り、生き延びるような男だ!」

と言い返した。


 カタリーナは目を覚ました。白い靄が消えて、目の前にフレッドとバルトロメーウスの顔が見えた。鼻を消毒液の匂いがツーンと突いた。

「こ、ここは?」

 彼女はハッとして飛び起きた。そして自分が手術室の前のソファに横になっていたのに気づいた。

「ジョーは?」

 カタリーナはフレッドに尋ねた。フレッドは手術室の扉を見て、

「手術中だ」

「手術中? でも彼は心臓を……」

「いや。ジョーの心臓は右にあるんだ。お忘れかね、カタリーナさん?」

「ああ!」

 カタリーナの顔が一瞬喜色に輝いた。しかし彼女はすぐに落胆の表情になり、

「でも左胸を撃ち抜かれたりしたら……」

「大丈夫。ジョーは死にはせんよ。あんた1人を残してジョーが死ぬもんかね」

 フレッドはカタリーナの肩に手をかけた。カタリーナはフレッドを見上げてゆっくり頷いた。


 メストレスは苛立ってステーション内の通路を歩いていた。それを追ってベスドムがやって来た。

「メストレス殿、待ってくれ。ジョー・ウルフは今は動けぬ。暗殺こそ軽身隊の本当の仕事。奴がどこにいようと、必ず見つけ出して仕留めてみせよう」

「私が苛立っているのはそんな事ではない! ジョー・ウルフが回復するのは一両日中だ。奴は必ず裏に私がいる事に思い当たろう。そうすればあんた達を差し置いてでも、奴は私を殺しに来るに違いない。奴が回復する前に、軽身隊が奴の居場所を突き止められるという保証がどこにあるのかね?」

「うっ……」

 ベストムの額に汗が滲んだ。メストレスは歩くのをやめて振り向いた。ベスドムはハッとして立ち止まった。

「とにかく私は今ジョー・ウルフに殺される訳にはいかん。何としても影の宰相に一矢報いてやりたいのだ。親衛隊を挑発して、このステーションにおびき寄せたいのだ」

「わかった。そうする事にしよう。しかし、手立てはあるのか?」

「ああ、あるとも」

 メストレスは前を向き、歩き出した。ベスドムはニヤリとしてメストレスを追った。


 ジョーは手術からわずか10時間で意識を回復した。これには手術を執刀した医師も仰天した。彼は集中治療室に入れられた。

「おかしいな」

「えっ?」

 ジョーの呟きに気づいてフレッドが言った。ジョーは天井を見たまま、

「軽身隊は何故親衛隊の格好をして俺の前に現れたんだ?」

「さァね。儂にはようわからん」

「……」

 ジョーは目を閉じて考えた。

( 親衛隊……。まさか……)

「奴ら、俺と親衛隊との関わりを知っているんじゃねえか?」

「しかしあの事は儂らとストラード達くらいしか知らんはずだ。フレンチ軍がそんな事を知っているはずがない」

 フレッドは反論した。するとジョーはフレッドを見て、

「という事は、誰かが奴らに話したって事になる」

「うむ」

「俺達の中にはいないとしてだ……。そうか!」

 ジョーの眼が大きく開いた。フレッドはハッとして、

「何かわかったのか?」

「ああ。奴だ。奴しかいねえ。機会、動機、知識、全て揃ってる奴が一人いる」

「誰だ、一体?」

 ジョーはフレッドを見て、

「メストレス・エフスタビードだ」

 フレッドの顔が驚きに変わった。


 メストレスはベスドムの居室でベスドムと向かい合って座っていた。

「なるほど。軽身隊の仕業とわかるように親衛隊のフリをして暴れ回れば良い訳か」

「そうだ。バッフェンはきっかけを待っているはずだ。フレンチ軍が挑発しているとわかっていても、奴は己の自信に溺れてステーションにやって来るに違いない。連中はステーションには怨みがあるからな。ステーションに誘い込めればもうこっちのものだ。バッフェンに口を割らせて、影の宰相の正体を暴いてやる。奴だけが宰相の正体を知っていると思われる節があるのでね」

とメストレスは言った。ベスドムはニヤリとして、

「となると、もはやあんたは用済みという事か」

「何!?」

 メストレスはキッとしてベスドムを睨んだ。ベスドムはフッと笑って、

「あんたの知将ぶり、確かに感服する。だがその知力、いつの日か私にとって脅威となるやも知れぬ。危険な芽は早いうちに摘んでおく必要がある」

「やはりそういう事だったのか」

 メストレスは立ち上がった。ベスドムも立ち上がった。

「しかし、私はお前らにしてやられるほど愚かではない。私が今から4時間後に邸に戻らないと、このステーションを我が軍が総攻撃する。それでもいいのかね?」

 メストレスが得々として言うと、ベスドムは高笑いをして、

「これがあんたの軍か?」

 壁にあったスクリーンのスイッチを入れた。そこには宇宙空間が映った。そして数多くの艦船の残骸が漂っていた。メストレスはそれを見てハッとした。残骸の一部にエフスタビードの紋章が見えていたのである。彼はガックリと膝を着いた。

「うう……」

「エフスタビード軍など、ドミニークスにあと一歩まで追いつめられていた瀕死の重症患者だ。止めを刺す事など訳もなかったよ」

「貴様……」

 メストレスは片膝を立ててベスドムを見上げ、両の手をギュッと握りしめた。ベスドムはニヤリとして、

「死んでもらおうか、メストレス」

 小銃を向けた。メストレスはフッと笑って、

「わかった。私の負けのようだ。好きにするがいい」

 椅子に戻った。ベスドムは小銃をメストレスに突きつけて、

「死ね!」

 引き金を引きかけた。それより一瞬早く、メストレスの左足がベスドムの脇腹に決まっていた。

「ぐええっ!」

 ベスドムは小銃を落として床の上をのたうち回った。メストレスはニッとし小銃を拾うと、部屋を出た。


 カタリーナが病室に花を持って入って行くと、そこには誰もいなかった。点滴も酸素吸入器もみんな外されており、ベッドは蛻の殻であった。カタリーナはビックリして花を投げ出し、廊下に出た。そこにも誰もいなかった。

「フレッド、バル!」

 彼女が大声で叫ぶと、バルトロメーウスが現れた。彼はカタリーナの顔色に気がつき、

「どうしたんです?」

 カタリーナはバルトロメーウスに掴みかかって、

「ジョーが、ジョーがいないのよ!」

「何ですって?」

 バルトロメーウスは仰天した。そして、

「わかりました。すぐに探しましょう」

「ええ」

 2人は廊下を走った。


 メストレスは軽身隊用の小型艇に乗り込むとステーションを脱出した。

「脱出しても、行く当てもないか……」

 その時小型艇を砲火が掠めた。ステーションの攻撃が始まったのである。

「ちっ!」

 メストレスは砲火をかわしながら進んだ。しかしステーションからの攻撃はますます激しくなり、小型艇は遂に火を噴いた。

「こんなところでやられてたまるか!」

 メストレスは操縦桿を必死になって動かした。しかし雨のように降り注ぐ砲火をかわし切れるはずがなかった。小型艇は砲火の直撃を受けた。

「うわっ!」

 メストレスは炎に包まれた。

「エレトレス……。お前の仇をとれないばかりか……」

 次の瞬間、小型艇は大爆発を起こし、メストレスは宇宙に散った。


「バカめ。逃げられると思っていたのか……」

 ベスドムは脇腹を押さえながらスクリーンに向かって毒づいた。


 その頃ジョーは1人で街を歩いていた。

(メストレスめ……。俺に嫌な事を思い出させやがって……)

 彼はフレンチステーションに向かうつもりだった。彼はメストレスがすでに死んでいるのを知る由もなかった。そのジョーを尾行している男達がいた。服装こそ民間人だが、目つきは野獣そのものだった。

「隊長の言いつけだ。決して奴を見失うなよ」

 1人が言うと、他の者はゆっくりと頷いた。


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