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第35話 メストレスの再興

 メストレスは、中立領の外れ、銀河系の端にある恒星系の惑星にひっそりと暮らしていた。彼は10歳程老けてしまっていた。髪は白くなり、頬は痩けていた。彼は小さな邸の小さな庭で、デッキチェアに座り、目を閉じていた。

 静かだった。

 彼はエレトレスの事を思った。

( お前には最後まで何もしてやれなかったな。すまん、エレトレス…… )

「むっ?」

 メストレスはサッと何かが前を横切ったのを感じ、目を開いた。そこにはベスドムの側近と軽身隊員5人がいた。

「お前達はフレンチの連中だな? 何の用だ?」

 メストレスはデッキチェアから起き上がって言った。

「貴方を我が候国の軍師としてお迎えに上がりました」

「私をフレンチ軍の軍師に?」

 メストレスは立ち上がって眉をひそめた。側近はニヤリとして、

「ご一緒願えませんか?」

「断わる」

 メストレスはデッキチェアから離れて邸に向かった。側近はメストレスを追いかけながら、

「貴方の弟エレトレス様は、ジョー・ウルフに殺されたと聞いております。貴方の力で、ジョー・ウルフを抹殺したいと思いませんか? そしてそういう運命にした影の宰相という者を討ちたいと思いませんか? 帝国打倒は、貴方もベスドムも願ってやまない事です」

と語り掛けた。メストレスは立ち止まって目を伏せた。

( 私は……。しかし……)

 側近はフッと笑った。

「迷う事はありません。貴方こそ帝国の皇帝に相応しい方です。我々は貴方を利用しようとしているのではないのです。貴方に皇帝の位に就いて頂き、より良い帝国にしてもらいたいのです」

「……」

 メストレスの心は大きく揺れていた。側近はグッと顔を近づけて、

「どうです? もう一度戦場に出て下さいませんか?」

 メストレスは目を伏せたまま、

「わかった。ベスドム・フレンチに会おう。話はそれからだ」

「ありがとうございます」

 側近は深々と頭を下げた。


 カタリーナは2、3日経つともうすっかり元気になり、退院した。彼女はフレッドとバルトロメーウスに伴われて、フレッドの修理工場に戻った。

「ジョーはどうしたの?」

「工場にいるよ。儂が頼まれた小型艇の修理を代わりにしてくれているんだ」

 フレッドが言うと、カタリーナは悲しそうに、

「そんな事、後でも出来るのに……」

「まァまァ。ジョーはあんたも知っての通り、恐ろしい程の照れ屋だからな。仕方ないさね」

 フレッドが宥めた。カタリーナは黙って頷いた。

 3人が工場に着くと、ジョーは小型艇の中から顔を出した。フレッドがニヤリとして、

「カタリーナさんが帰ったぞ、ジョー」

 ジョーは頷きもせずにまた修理に取りかかった。

「全く、いつからあんなに無愛想な奴になっちまったのかねえ」

 フレッドが呆れ気味に言うと、カタリーナは、

「仕方ないわ。ジョーのお父さんを親衛隊に売って、ジョーをビリオンス・ヒューマンだと密告したのは、私の父なのだから」

 衝撃的な話だった。フレッドもバルトロメーウスも初耳だったのだ。カタリーナはさらに、

「でも、ジョーが無愛想なのは、それを怨んでいるからじゃないって事はわかってるわ」

 フレッドはバルトロメーウスと顔を見合わせた。カタリーナはサッと工場を抜け、奥へと歩いて行った。


「よく来て下さった、メストレス殿」

 ベスドムは自分の居室でメストレスを迎えて、椅子を勧めた。メストレスが座るとすぐにベスドムは、

「早速だが、返事を聞かせて頂こう」

 メストレスはベスドムを見上げて、

「了解した。私はせめてエレトレスの敵を討ちたい。そして影の宰相とやらに一泡吹かせてやりたい。奴の正体、薄々わかっているのでね」

 ベスドムは自分の椅子に腰を下ろし、

「影の宰相の正体?」

「そうだ。貴殿はわかっておられぬようだな」

「うむ。一体何者なのだ?」

「それは言えん。私が自分で確かめ、奴を殺すまではな」

 メストレスが答えると、ベスドムはムッとしたが、

「まァ、そんな事はどうでも良かろう」

 メストレスはニヤリとし、

「帝国親衛隊にしてやられたそうだな?」

「まァ、そういう事だ。しかし、今度は……」

「いや、連中の事を良く知らん者は、何度戦っても敗退する。隊長アウス・バッフェン以下全員、人工的に改造された疑似ビリオンス・ヒューマンである上、筋力増強剤により、通常人の5倍の力を持っている。まともに戦って勝てる相手ではない」

 メストレスの話は衝撃的だった。ベスドムは身を乗り出して、

「では勝つ方法があるのか?」

「もちろんだ。奴らにも弱点がある。時間だ」

「時間?」

 ベスドムはキョトンとした。

「奴らは長期戦に弱い。筋力増強剤は、48時間しか保たないのだ。そのため連中は本格的な戦争には参加できない。薬の供給がままならないのでな」

「なるほど。ならばステーション内に誘い込み、どこかに閉じ込めれば……」

「軽身隊のスーツを造っている特殊素材で巨大な密室を造り、そこに誘い込めれば勝てる」

「わかった。早速手配しよう」

 メストレスとベスドムは、それぞれ腹の中に別の思惑を抱きながらニヤリとした。


 ジョーが小型艇の修理をしている間、カタリーナは彼をジッと見つめていた。しかしジョーはカタリーナには目もくれず、修理を続けていた。

「ジョー、何とか言ってよ。時々貴方は私を責めるような目で見るわ。まだ父の事を……」

「そんな事はねえよ。無愛想が気に入らねえのなら、俺の親を怨んでくれ。俺は物心ついた時から硝煙の臭いと死臭の中で生きて来た。生まれついての軍人てわけさ。そんな事だから、愛想も悪くなる」

「そう……」

 カタリーナはあまり納得していなかった。

(子供の頃の彼は、もっと明るかったわ。確かに小さい時から戦場に出ていたけど、今程無愛想じゃなかった……)

「さてと」

 ジョーは小型艇から顔を上げて立ち上がった。カタリーナはハッとしてジョーを見た。ジョーはカタリーナを見て、

「あんたも昔の事は忘れろ。俺とあんたは縁に恵まれていねえんだ。どう足掻いたって、運命には勝てねえ。それに俺は危険な存在だ。いつ殺されるかわからねえようなね」

「ジョー……」

 ジョーはサッと奥へ歩いて行ってしまった。カタリーナは、

(アーマンド星にいた時、気持ちが通じ合えたと思ったのに……)

 彼女はジョーが毒で苦しんでいた時の事を思い出していた。

 

「ジョー・ウルフの攻略方法でもあるというのか?」

 ベスドムは再び身を乗り出していた。メストレスは手を組んで、

「ある。奴がいかに優れたビリオンス・ヒューマンだとしても、結局は人間。感情というものがある。奴を感情剥き出しの理性を失った男にしてしまえば、軽身隊で勝てる」

「理性を失った男?」

 腑に落ちない顔のベスドムを見てメストレスはフッと笑った。

「奴を怒らせる。軽身隊に帝国親衛隊の制服を着させてな」

「何だって? ジョー・ウルフを怒らせたりしたら……」

 ベスドムはメストレスが途方もない事を言っていると思い、反論しようとした。しかしメストレスはそれを右手で制して、

「いや。いくらビリオンス・ヒューマンと言っても、冷静な判断が出来なければ正確な射撃は出来ない。奴が我を忘れる程怒れば、こちらの勝ちだ」

「奴は何故親衛隊の制服でそれ程怒るのだ?」

 ベスドムが尋ねると、メストレスはフフンと笑い、

「理由を言う必要はあるまい。奴は帝国の軍人であった。そして私は帝国の幹部だった。それだけで十分だろう」

 ベスドムは渋々頷いた。


 ラルミーク星系の第4番惑星に国籍不明の戦艦が一隻降下し、宇宙港に入った。中から出て来たのは、一見しただけでは帝国親衛隊と見間違えてしまう軽身隊であった。彼らは港を出るとフレッドの修理工場に向かった。

「我々がこの格好で暴れれば、本物が追求を始める。そこがツケ目だ」

と隊長は言った。彼らは足並みを揃えて通りを歩いて行った。道行く人々は皆恐ろしそうにその行進を見ていた。


 フレッドは工場に人が来たのに気づき、部屋から出て行った。彼はそこにいる連中を見て驚愕した。

「お、お前らは……」

 すると隊長が、

「ジョー・ウルフはいるか? 帝国親衛隊が血祭りに上げに来たぞ」

と大声で言った。フレッドはハッとして奥へ行こうとした。すると奥からジョーが現れた。

「血祭りだと?」

 ジョーはニヤリとして言った。隊長が一歩前に進み出て、

「我らの前に敵はいない。貴様には死あるのみだ、ジョー・ウルフ!」

と言ってステルスを構えた。しかしこれも偽物である。だがジョーにはそれがわからなかった。ステルスは彼の眼には本物に見えた。ジョーの脳裡に彼の父親が銃殺された瞬間がよぎった。ジョーの眼がカッと開かれた。隊長はニヤリとして、

「表に出ろ、ジョー・ウルフ。たっぷりといたぶってやる」

 部下達と共に外へ出て行った。ジョーが怒りに震えているのを見てフレッドが、

「ジョー、いけねえ!」

 ジョーはそれさえ耳に入らない程激怒しており、外へ出て行ってしまった。そこへバルトロメーウスとカタリーナがやって来た。

「ジョーはどうしたの?」

「親衛隊と外に出て行っちまったよ」

「親衛隊と!?」

 カタリーナとバルトロメーウスはビックリして顔を見合わせた。


 ジョーは軽身隊と向き合っていた。彼はまさにメストレスの思惑通り、理性を失っていた。隊長は合図し、部下に撃たせた。偽のステルスから光球が出て、ジョーを襲った。ジョーはそれをかわし、ホルスターに手をかけたが、何かがストラッグルを弾き飛ばした。それは軽身隊の1人の足であった。ジョーはハッとしてその軽身隊員を見た。

「その身のこなし、軽身隊だな?」

「ばれてしまったか。しかし、ストラッグルのないジョー・ウルフなど、我ら軽身隊の敵ではない!」

 隊長が叫ぶと同時に、全員がジョーに襲いかかった。そこへバルトロメーウスが現れた。

「このヤロウ!」

 バルトロメーウスの右ストレートが1人を吹っ飛ばし、左フックが1人を地面に叩きつけた。ジョーも襲いかかる軽身隊を殴り倒していた。しかし軽身隊に肉弾戦を挑んで勝てるのは、親衛隊と傭兵部隊のみである。ジョーとバルトロメーウスは次第に追いつめられて行った。カタリーナとフレッドは只見ているしかなかった。

 隊長がジョーのストラッグルを拾い、彼に向けた。ジョーはハッとして立ち止まった。彼は軽身隊に叩きのめされ、倒れた。隊長はジョーに近づいた。ジョーは半身を起こして隊長を見上げた。隊長の合図で部下はジョーから離れた。

「ジョー・ウルフ、貴様の軍服は防弾になっているらしいが、ストラッグルの光束は弾けまい?」

「ジョー!」

 バルトロメーウスが動こうとしたが、彼は後ろから軽身隊に首を蹴られ、そのまま前のめりに倒れてしまった。

「終わりだ、ジョー・ウルフ」

 隊長が引き金を引いた。光束が飛び出し、ジョーの左胸を貫いた。カタリーナが絶叫し、フレッドが腰を抜かした。ジョーはそのまま後ろにドサッと倒れた。隊長はニヤリとして、

「ジョー・ウルフをやったぞ。フハハハハハ……」

と言い、フレッドとカタリーナを見て、

「哀れな末路を辿ったな」

 隊長はストラッグルを投げ出し、部下と共にスッと姿を消した。カタリーナはとうとう気を失ってしまった。フレッドは慌てて彼女を支えて抱きかかえ、バルトロメーウスに近づいた。

「おい!」

 彼は力任せにバルトロメーウスを蹴飛ばした。

「うっ……」

「ジョーをすぐ病院に運ぶんだ」

「えっ?」

 バルトロメーウスはジョーを見て仰天した。

「し、心臓を撃ち抜かれてる!」

「いいから、早く!」

「あ、ああ……」

 バルトロメーウスは立ち上がると、工場の奥からストレッチャーを転がして来て、ジョーをそっと抱え上げ、その上に載せた。フレッドは、

「止血スプレーをありったけかけろ。儂はカタリーナさんをベッドに寝かせて来る」

「わかった」

 しかしいくら不死身と言われたジョーでも、心臓を撃ち抜かれては助からないのではないか? バルトロメーウスはそう思いもしたが、フレッドがあそこまで言うのだから、何かワケがあるのだろうと判断し、止血スプレーを大量に持って来て、ジョーの銃創に吹きかけた。


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