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第34話 万に一つの出会い

 フレッドの艦は装甲を破損していたが、エンジンは無事で航行に支障はなかった。カタリーナはすぐに医務室に運び込まれ、ベッドに寝かされた。

「フレンチと親衛隊はどうした?」

 フレッドが通信機に尋ねると、バルトロメーウスの声が、

「軽身隊が出た。しかし、親衛隊の優位に変わりはないぞ」

 フレッドはジョーを見た。ジョーはカタリーナを見て、

「ここは一旦引き上げよう」

「わかった。帰ってカタリーナさんを医者に診てもらわんとな」

 フレッドの艦はバルトロメーウスを収容すると反転し、ジャンピング航法でその宙域を離れた。


 一方、軽身隊と親衛隊との戦いはまさに激烈を極めていた。特に親衛隊長バッフェンの腕力は想像を絶するもので、小型艇で外へ出るや否や、軽身隊の小型艇を素手でぶち抜き、破壊した。親衛隊員は全て並の人間以上の体力知力を有しているが、バッフェンのそれはとりわけ優れていた。身軽さが武器の軽身隊も、宇宙空間ではあまりその長所が生かし切れず、次々に親衛隊に捕まって小型艇、宇宙服ごと殺されて行った。

「軽身隊など我々親衛隊の前には全くの無力だ。ベスドム・フレンチ、降伏するなら今のうちだぞ」

 通信機からバッフェンの声が聞こえた。ベスドムはグッと右拳を握りしめた。

「もはやこれまでか……」

 しかしそうではなかった。マリアンヌがいたのである。10年前の七日間戦争で5万のフレンチ軍が100万の帝国軍に勝った最大の要因であるマリアンヌが。

「諦めるのはまだ早いですわ、貴方。私が親衛隊を捻り潰してみせましょう」

 マリアンヌは言い、司令室を出て行った。ベスドムは溜息を吐いた。


 フレッドの艦は宇宙港に降り、バルトロメーウスがカタリーナを背負い、ジョーとフレッドと共に外に出た。4人は人混みに紛れ、病院へと向かった。その通りにテリーザもいた。彼女は人混みの中に見え隠れするジョーの顔を見つけた。

「ジョー・ウルフ!」

 彼女はピティレスに手をやり、人をかき分けてジョーに向かった。ジョーは只ならぬ殺気を背後に感じた。

( 何者だ? )

 彼はサッと振り向いた。バルトロメーウスとフレッドも振り向いた。ジョーはテリーザが走って来るのに気づいた。彼女は老人を突き飛ばし、子供を押し倒してジョーに向かって来た。そして遂に2人の間に人がいなくなった。ジョーはテリーザがピティレスをもっている事に気づいた。

「ジョー・ウルフ! ルイの、ルイの汚名を雪ぐため、死んでいただく!」

 テリーザはピティレスを構えて立ち止まった。ジョーは無表情にテリーザを見たままで、ホルスターに手をかけようともしなかった。バルトロメーウスは仰天して、

「どういうつもりだ、あんた?」

 その時ピティレスが発射された。しかし光束は大きくずれて近くの建物の壁を崩しただけだった。テリーザの眼に涙が光った。

「あんた、誰だい?」

 ジョーが口を開いた。テリーザはキッとしてジョーを睨み、

「テリーザ・クサヴァー。ルイ・ド・ジャーマンのフィアンセよ!」

「……」

 ジョーは黙ってテリーザを見た。フレッドとバルトロメーウスは顔を見合わせた。すでに周囲には野次馬がひしめいていた。

「よしな。ピティレスはあんたみてえな(ひと)が撃つと、怪我をするぜ」

 ジョーはそう言ってテリーザに近づいた。バルトロメーウスが、

「ジョー、よせ」

 しかしジョーはテリーザの震える右手を握り、ピティレスを取り上げた。テリーザはガックリと膝を着いた。ジョーはピティレスを見て、

「ルイが帝国を追放された事は聞いてる。その原因が仮に俺にあるとしても、俺を怨むのは筋違いってもんだぜ」

「……」

 ジョーはフッと笑って、ピティレスをテリーザのホルスターに戻し、

「誰に言い含められたのかは察しがつくがね。こんな事したって、ルイは喜ばねえ。喜ぶのは影の宰相とかいうヤロウだ」

 テリーザは顔を両手で覆って、すすり泣いた。

(私は、私はまたバカな事をしてしまったのね……)

「ルイはこの星にまだいるかも知れねえぜ。探してみる事だな」

 ジョーは言い、バルトロメーウス、フレッドと共に歩いて行った。テリーザは地面に泣き伏してしまった。


 フレンチステーションの通路の一つに、多くの死体が横たわっていた。皆軽身隊のものである。親衛隊員は、ステーションの砲撃で半数が戦死していたが、圧倒的に有利であった。バッフェンを先頭に、親衛隊は奥へと進んで行った。その時奥からシルエットが現れた。

「マリアンヌ・フレンチだな?」

 バッフェンはヘルメットを取って言った。マリアンヌはフフッと笑って、

「その通り。帝国はまた私1人のせいで惨敗するのよ」

「それはどうかな? 七日間戦争には我々が参加していなかったからな」

「大きな口を叩くんじゃないよ!」

 マリアンヌが叫んだ。隊員が出ようとすると、バッフェンはそれを手で制して、

「お前らに勝てる相手ではない。私がやる」

 マリアンヌはニヤリとして、

「あんた1人じゃ相手にならないよ」

「そういう口は、戦ってからにしてもらおうか!」

 バッフェンの右ストレートがマリアンヌに向かった。マリアンヌはそれを直前で両手で受け止め、ジャキッと爪を立ててバッフェンの腕に食い込ませた。血が噴き出し、床に滴り落ちた。

「やるな」

 バッフェンの左フックがマリアンヌの腹部に決まり、彼女はそのまま後ろに飛ばされて倒れた。バッフェンはスッと右腕の血を拭って、

「毒か……。我々にはどんな毒も通用せんぞ。ジョー・ウルフに聞かなかったか?」

「くっ……」

 マリアンヌは歯ぎしりして立ち上がった。バッフェンは指をボキボキ鳴らしながら、

「さてと。今度は手加減はせんぞ」

 マリアンヌに近づいた。マリアンヌはフッと笑い、

「それはこっちのセリフだ!」

と叫び、バッフェンに突進した。バッフェンは身構えた。しかしマリアンヌが一瞬早くその爪をバッフェンの喉に突き立てていた。

「グオッ!」

 バッフェンは音とも声ともつかないような叫び声を上げ、後退した。マリアンヌはさらに追い討ちをかけた。彼女の右のハイキックが、バッフェンの顔面にクリーンヒットし、バッフェンは堪え切れずに後ろに倒れてしまった。親衛隊員達は信じられないという顔でその光景を見ていた。

「さっきまでの大口はどうしたのかな、アウス・バッフェン? 親衛隊はその程度かい?」

 マリアンヌは得意満面にそう言ってのけた。するとバッフェンはスッと立ち上がり、

「簡単に殺してしまったら、ショーは面白くないだろう、マリアンヌ」

「まだそんな事を言っているか、バカめ!」

 マリアンヌは再びバッフェンに突進した。バッフェンはマリアンヌの爪が届く寸前でそれをかわし、彼女の長い髪を掴んだ。

「くうっ!」

 マリアンヌは突進の勢いをかわされた上に髪を掴まれて突然動きを止められたため、顔を引きつらせた。バッフェンはニヤリとして、

「お楽しみはこれからだよ、マリアンヌ!」

と言うと、そのまま彼女の身体を振り回し始めた。

「ウオオオッ!」

 マリアンヌは抵抗して足をバタつかせていたが、そのうちに身体全体が浮き上がってしまい、全くどうする事も出来なくなってしまった。バッフェンは回転をさらに速めて、

「これで終わりだ、マリアンヌ!」

と掴んでいた髪を放した。

「オオオオッ!」

 マリアンヌの身体はその遠心力で通路の壁まで飛ばされ、足から激突して半分がめり込んでしまった。

「くっ……」

 マリアンヌは近づいて来るバッフェンを見て壁から抜け出そうともがいた。

「なかなかな芸術作品になりそうだぞ、マリアンヌ」

 バッフェンは愉快そうにそう言い、壁から出ているマリアンヌの上半身を壮絶なパワーで壁に叩きつけた。

「グギャッ!」

 マリアンヌは上半身も壁にめり込んでしまった。バッフェンはマリアンヌの顎を掴んでその顔を上げ、

「美しいよ、マリアンヌ。素晴らしい芸術作品の完成まであと一歩だ」

「な、何をする気だ……?」

 マリアンヌはやっとそれだけ言う事が出来た。バッフェンはフッと笑い、

「もう少し色合いにインパクトが欲しいな」

「!」

 バッフェンはそう言うとマリアンヌの頭を力任せに壁に叩きつけた。

「ギャッ!」

 それがマリアンヌの最後の声だった。彼女は頭蓋骨をバッフェンの握力で潰され、息絶えてしまった。血がベットリと壁に着いて広がった。

「完成だ」

 バッフェンは狡猾に笑った。そして隊員達を見て、

「これが近いうちにジョー・ウルフが辿る運命だ」

と言い添えた。そしてヘルメットを拾うと、

「ベスドムの首を獲りに行くぞ」

と奥へと進んだ。隊員達は呆然としたまま、これに続いた。


 病院の一室でカタリーナは目を覚ました。ベッド一つの個室である。脇には心配そうに彼女を見ているフレッドとバルトロメーウスがいた。

「ジョーは?」

 フレッドは窓の方を見た。カタリーナがそちらに目を向けると、ジョーが窓の外を見ているのが見えた。

「ジョー……」

 ジョーはカタリーナを見た。カタリーナは弱々しく微笑んで、

「ありがとう。また助けてくれたのね」

「……」

 ジョーは何も言わずにドアに近づいて病室を出て行ってしまった。カタリーナはフレッドを見て、

「私、夢を見ていたのかしら?」

「えっ?」

 フレッドとバルトロメーウスはキョトンとしてカタリーナを見た。カタリーナは、

「ジョーに口移しで薬を飲ませてもらったような気がするの。口にジョーの唇の感触が残っているような……」

 唇に右手の人差し指を当てた。フレッドとバルトロメーウスは顔を見合わせて、

「ええっ?」

 カタリーナはその時自分がとんでもない事を言ってしまったのに気づき、

「や、やだ……」

 毛布を引き上げて顔を隠した。

(もし現実だったら……。でもそんな事あるわけないわよね。あの人は私の手も握ってくれないのだから……)

 カタリーナは少し悲しくなった。


 ベスドムはマリアンヌ戦死を聞き、仰天した。

「そ、それでは親衛隊は防ぎようがないではないか!」

 側近は跪いて、

「奴らがいるスペースを切り離し、その後で砲撃するしかありません」

 ベスドムは頷いて、

「わかった。そうしてくれ」

と答えた。


「何だ?」

 バッフェンは通路の隔壁が閉じたのを見てハッとして立ち止まった。隊員達も顔を見合わせた。やがて大きな金属音がして通路が動き始めた。バッフェンは上を見て、

「そうか、パーツを切り離しているのだな」

と呟くと、ヘルメットを被った。そして隊員達を見て、

「全員脱出準備だ。もうすぐこのパーツはフレンチ軍の集中砲火を浴びる」

「はっ!」

 親衛隊員達は、各々隔壁や天井、床をステルスで攻撃し、破壊した。しかし一向に脱出には至らなかった。バッフェンは業を煮やして、

「どけ、私がやる!」

と言うと、一撃で隔壁をぶち抜き、穴を開けてしまった。と同時に中の空気が漏れ出した。

「出るぞ」

 バッフェンを先頭に親衛隊は脱出を開始した。その切り離されたパーツはフレンチステーションから500m程離れた所を漂っていた。ステーションからの攻撃が始まり、パーツは爆発した。何十人かの親衛隊員が爆発に巻き込まれて死に、残った親衛隊員達はブースターを作動させて爆発から逃れた。バッフェンは撤退して行くステーションを睨みつけて、

「このままではすまさんぞ、ベスドム・フレンチ!」

と叫んだ。


 そのベスドムは、司令室の中で困り果てていた。

「一体どうすればいいのだ? ビスドムもマリアンヌもいない今、我々は詰めに欠けてしまう」

 すると側近がニヤリとして、

「知将がおります」

「知将? 誰だ?」

 側近は深々と頭を下げて、

「メストレス・エフスタビードです」

「!」

 ベスドムは仰天した。

「バカな! 奴は戦いから身を退いたと聞いている。そんな男を一体どうやって……」

「奴はジョー・ウルフに弟エレトレスを殺されています。それをうまく利用すれば、必ず動きます」

 側近は答えた。ベスドムは、

「うーむ」

 唸ったまま黙り込んだ。側近は顔を上げて、

「ご決断を」

「わかった。お前の好きなようにしろ」

「ありがとうございます」

 側近は敬礼した。


 その頃ジョーはカタリーナの病室に戻っていた。ところがそこにはカタリーナしかいなかった。ジョーはハッとして出て行きかけたが、

「ジョー、待って」

 カタリーナに呼び止められた。彼はピタッと立ち止まった。カタリーナは少し赤くなって、

「私、貴方に口移しで薬を飲ませてもらった気がするんだけど……。夢だったのかしら?」

 ジョーはビクッとした。カタリーナはそれに気づき、

「夢じゃなかったのね? 現実なのね?」

 ジョーはドアを開いて出て行ってしまった。カタリーナはニッコリして、

「彼があんなに恥ずかしそうにしたのって初めて見たわ」

 カタリーナは嬉しかった。ジョーが自分の事を愛してくれているのを知れて。


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