第31話 カタリーナの闘い
カタリーナとルイはしばらく黙ったままで互いを見ていた。
やがてカタリーナが、
「これは私の独断よ。ジョーには貴方が来た事すら伝えてないわ」
ルイはストラッグルをホルスターに戻して、
「そのくらいの事は察しがつく。しかし何故お前が来たのだ?」
カタリーナは自嘲して、
「私、貴方と戦うために来たんじゃないわ。もうやめてほしいの」
「何をだ?」
カタリーナはキッとルイを睨みつけて、
「ジョーを追い回す事をよ。貴方はジョーに勝てはしない」
するとルイはフッと笑って、
「ジョー・ウルフが勝つと思っているなら、私にそんな事を言う必要はなかろう」
カタリーナはハッとしてルイを見た。ルイはさらに、
「光栄だよ、カタリーナ。お前が私を恐れたのは、私ならジョー・ウルフを倒してしまうかも知れないと考えたからだろう?」
カタリーナは図星を突かれて何も言い返す事が出来なかった。ルイは目を伏せて、
「しかし、こればかりはやめるわけにはいかん。女のお前にはわからんだろうが、男には男の意地というものがある。私に銃を撃たせなかったのは、後にも先にも奴1人だ。だから奴を生かしておく訳にはいかないのだ」
カタリーナは無言のままストラッグルをホルスターに戻した。ルイは目を上げて、
「一つ訊きたい事がある。何故お前はそうまでしてジョー・ウルフを守ろうとするのだ?」
カタリーナはその言葉に両手をギュッと握りしめて、
「ジョーを愛しているからよ! この宇宙で一番大切な人だからよ!」
と大声で言い返した。ルイはその声の力強さに驚いたが、
「しかし、そんな事をすればジョー・ウルフはお前の事を嫌うのではないか?」
「嫌われてもいい! 蔑まれてもいい! あの人に生きていて欲しいの! 男の貴方にはわからないでしょうけどね!」
カタリーナの口調はやや皮肉めいていた。ルイはその時、テリーザの言葉を思い出した。
『いくら謝っても、許してもらえないのでしょうね。でも、私にはそれしか思いつかなかったのです。貴方に帝国にいて欲しかったから……』
( テリーザもカタリーナと同じように、私に嫌われようとも私の命を守ろうとしたというのか? )
「わからんな、全く」
ルイが言うと、カタリーナはルイに近づき、
「貴方は人を愛した事がないの? 人に愛された事がないの? もしあるのならわかるはずよ。少しはね」
「私もかつて私の恋人に恩を売られた。しかし私はそれに対して憎しみこそ感じたが、可愛いとは思わなかった。そんな事をしてまで命を守ってもらいたいとは思わんのでね。それは恐らくジョー・ウルフも同じだ」
ルイは答えた。カタリーナは思わず立ち止まって俯いてしまった。
ジョー達は町外れまで来ていた。そこからもう少し先に行くと、カタリーナとルイがいる廃工場がある。
「カタリーナさんはストラッグルを持って行った。何かあったと考えていい」
フレッドが言うと、ジョーは前を見て、
「この先に何がある?」
「暗くて良く見えんが、宇宙船のスクラップが山積みされた廃工場があるはずだ」
フレッドはハッとした。ジョーは頷き、
「決闘には持って来いの場所だな」
「ああ。しかし、何故決闘とわかる?」
「ストラッグルを持って行ったという事、俺達に黙って出て行った事。それだけで十分だ」
3人は廃工場へと走った。
ルイの顔は穏やかだった。
「私はジョー・ウルフが羨ましい。お前のような素晴らしい女と一緒にいるのだからな」
カタリーナは仰天してルイを見た。巫山戯ているのではない。ルイは本当にカタリーナに対して敬意に近いものを抱いているようだった。
「何故そんな事を……」
「私は女は殺さん。それも気に入った女は特にな。立ち去れ。ジョー・ウルフには改めて決闘を申し込む」
ルイが言った時である。ジョーの声がした。
「俺ならここにいるぜ、ルイ・ド・ジャーマン」
ルイとカタリーナはハッとして声がした方を見た。そこにはジョーとフレッドとバルトロメーウスがいた。ルイはフッと笑って、
「アーマンド星以来だな」
「そのようだな」
ジョーはフフンと笑って言った。彼はゆっくりとルイに近づき、カタリーナの前に出た。
「お前には本当に良い恋人がいるな、ジョー・ウルフ。私の元の恋人も、カタリーナの半分程も分別があれば良かったろうに」
ルイは言った。ジョーはニヤリとして、
「あんたはこの俺にそんな事を言うために呼び出しをしたのか?」
「そうではない。お前と決闘するためだ。受けて立つのだろうな?」
「もちろんだ」
するとカタリーナが2人の間に割って入った。
「やめて、二人共! 命のやり取りはやめて! どうして殺し合わなければならないの!?」
彼女はジョーにすがりついた。ジョーはカタリーナを突き放した。カタリーナは地面に倒れた。彼女は、
「ジョー!」
と叫んだ。しかしジョーとルイはストラッグルを抜き、構えた。カタリーナはサッと立ち上がると、もう一度2人の間に立ち塞がった。
「やめて! お願いだから! ルイ、貴方の恋人だって、貴方が死ぬのを喜びはしないわ!」
カタリーナはルイを見た。だがルイは毅然として、
「そこをどけ、カタリーナ。男と男の闘いを邪魔するな!」
カタリーナはジョーを見た。ジョーもカタリーナを睨みつけていた。カタリーナは一瞬怯んだが、
「いいえ、どかないわ。撃ち合いをしたければしなさい! 私は決してどかないわ!」
カタリーナの眼が涙で光っていた。ジョーはルイを見た。
「行くぞ、ルイ!」
「来い、ジョー・ウルフ!」
2人はダッと走り出し、カタリーナから離れた。そしてストラッグルの引き金に指を掛けた。カタリーナは絶叫した。
「いやァァァッッッ!」
光束が月光の下をよぎった。しかし2人の放った光束は互いに向かったのではなかった。光束はスクラップの山に命中し、破壊した。カタリーナとバルトロメーウスとフレッドはハッとしてそちらを見た。残骸の向こうから、親衛隊員が2人現れた。ジョーとルイはストラッグルをホルスターに戻した。
「お前らは確か宇宙港にいたな」
ルイが言った。すると親衛隊員の1人が、
「記憶力がいいな、ルイ・ド・ジャーマン」
2人はステルスを構えた。途端にジョーの顔が怒りに燃え出した。ルイもジョーの殺気に気づいて彼を見た。ジョーは、
「てめえら、親衛隊だな?」
と言ってストラッグルに手をかけた。もう1人の親衛隊員が、
「そうだ、ジョー・ウルフ。貴様にとって憎みても余りある親衛隊だよ」
ルイはハッとしてジョーを見た。
( いつも軽口を叩いて表情をほとんど変えないこの男がこれほど怒るとは、一体何があったのだ? )
「俺とルイを戦わせて相討ち、もしくは勝者を殺すつもりだったんだな?」
ジョーが言うと、最初の隊員が、
「良くわかっているじゃないか。ルイには仲間を殺された怨みがあるのでね」
ジョーとルイはほとんど同時にストラッグルを構えた。親衛隊員はせせら笑って、
「ストラッグルでステルスに対抗できると思っているのか?」
とステルスを連射した。ジョーとルイは走ってこれをかわした。カタリーナ達も物陰に隠れた。フレッドが、
「ステルスは始末が悪い。ピティレス並みの光球を連射できるから、防弾服を着ていてもほとんど無意味だ」
「カタリーナさん、ストラッグルを貸して下さい。奴らはジョー達に気をとられている」
バルトロメーウスが言った。カタリーナは黙ってストラッグルを差し出した。フレッドがピティレスを出して、
「ほら、こんな事もあろうかと、あんたのも持って来たよ」
「ありがとう」
カタリーナはピティレスを構えて、バルトロメーウスと共に走り出した。
「むっ?」
親衛隊員の1人がバルトロメーウスに気づいた。
( バカめ )
彼はバルトロメーウスがストラッグルを片手で構えているので、まだ余裕があると思い、ゆっくりとステルスを彼に向けた。次の瞬間彼は頭を吹き飛ばされていた。ストラッグルはステルスより早く発射されていたのだ。
「バ、カ、な……」
死ぬ直前に彼はそう呟いた。もう1人の親衛隊員は相棒がやられたのを見て、形勢不利と判断し、サッとその場から姿を消した。
「待て!」
バルトロメーウスが走った。
「追えはしない! 連中は暗殺のプロだ。待ち伏せされて反対に仕留められるぞ」
ルイが言った。バルトロメーウスは仕方なく立ち止まった。
「あの2人が潜んでいる事を知っていたのね?」
カタリーナはピティレスをホルスターに戻しながら尋ねた。ジョーもストラッグルをホルスターに戻して、
「ああ」
「酷いわ! 私を騙してたのね!」
カタリーナは口ではそう言いながらも、うれし涙を流してジョーの胸に顔を埋めた。ルイはカタリーナを見て、
「いや。お前がジョーの代わりに現れてくれたおかげで、別の殺気に気づく事が出来たのだ。礼を言う」
「……」
カタリーナはルイを見て、照れ臭そうに微笑んだ。ルイはサッと身を翻し、
「ジョー・ウルフ、勝負はお預けらしいな。また会おう」
「ああ」
ルイはバルトロメーウスとフレッドの間をすり抜け、廃工場から出て行った。
逃走した親衛隊員は、街のホテルの一室にいた。そこにはアウス・バッフェンと3人の隊員がいた。
「それでおめおめと逃げて来たのか、貴様は?」
バッフェンが椅子に座ったままで尋ねた。隊員はビクッとして、
「はっ、あの、報告義務がありますので、その……」
「報告義務、か」
バッフェンは立ち上がった。そして隊員の両肩をガシッと掴んだ。ミシミシと音がして、隊員の肩の骨が砕けた。
「ウギャギャーッ!」
隊員はそのままバッフェンに潰されてしまった。彼は他の3人を見て、
「どうやらジョー・ウルフとルイ・ド・ジャーマンはお前らが何人束になってかかっても殺せんらしい。私が行くしかないようだな」
3人の隊員は倒れている仲間を見て呆然としていた。
ジョー達は、フレッドの修理工場に向かっていた。その時、フワッと月光を遮る影が3つあった。
「むっ?」
ジョーとカタリーナはすぐさまホルスターに手をかけた。バルトロメーウスもストラッグルを構え、フレッドは当たりを見回した。影は4人の前に音もなく降り立った。それはマリアンヌと軽身隊員であった。マリアンヌは不気味に笑って、
「ジョー・ウルフ、カタリーナ・パンサーを頂きに来た!」
「何!?」
ジョーはストラッグルを抜き、マリアンヌを撃った。しかし光束は彼女の服を燃やしただけで、散ってしまった。服の下には、金属の身体が見えていた。
「貴様、何者だ?」
バルトロメーウスが怒鳴った。するとフレッドが、
「マリアンヌ・フレンチ。ベスドムの奥方だ」
ジョーはニヤリとして、
「何だ、バカ息子の敵討ちか?」
「そんなところだね」
マリアンヌはジョーの挑発を受け流し、フッと笑った。そしてカタリーナに近づいた。
「カタリーナさんに手を出すな!」
バルトロメーウスが右拳を振るった。しかしそれは虚しく宙を切り、次の瞬間バルトロメーウスはマリアンヌの右フックで遥か後方に吹っ飛ばされてしまった。ジョーはカタリーナの前に立ち、
「彼女に何の用だ、おばさん?」
「何がおばさんだ。そこをどけ、ジョー・ウルフ!」
マリアンヌの鋭い爪の出た右手がジョーに向かった。ジョーはそれをかわし、ストラッグルでマリアンヌの額を撃った。しかし光束は弾かれてしまった。マリアンヌは高笑いをして、
「ストラッグルなど何の役にも立たないよ」
と言い放ち、ジョーの首を掴んだ。
「ぐっ……」
カタリーナは絶叫した。バルトロメーウスはよろめきながら立ち上がった。フレッドはただ唖然としてマリアンヌを見ていた。マリアンヌはそのままジョーを高々と持ち上げ、地面に叩きつけた。
「ううっ!」
ジョーは呻いて立ち上がろうとしたが、軽身隊員の2人が彼を踏みつけた。マリアンヌはカタリーナにサッと近づくと
「寝てな、お嬢ちゃん」
と強烈な当て身を食らわせた。
「うっ!」
カタリーナはなす術無くそのまま気を失い、マリアンヌに抱きかかえられた。
「カタリーナを助けたければフレンチステーションまで来い、ジョー・ウルフ!」
マリアンヌはカタリーナを小脇に抱えたまま走り去った。軽身隊がそれに続いた。
「畜生、何て事だ……」
バルトロメーウスが叫んだ。ジョーは首に手を当ててヨロヨロと立ち上がった。
( ジョー・ウルフを舐めるなよ、マリアンヌ )
ジョーはマリアンヌが走り去った方を睨んだ。