第29話 ムラト・タケルの追撃
テリーザ・クサヴァー。ルイの婚約者だった彼女は、地位も名誉も捨て、父親が激怒して止めても、双子の妹のマリーが泣いて懇願しても頑として聞き入れず、ルイを探す旅に出てしまった。
彼女は中立領に来ていた。今までルイとの生活のために蓄えていた財産を全て金貨に替え、小型の宇宙船を購入したのだ。
「ルイ……。どこへ行ってしまったの?」
彼女は情報屋から買った情報を頼りにある惑星に降り立ったが、そこにはルイはすでにいなかった。
「ルイ……」
彼女の大きな瞳が涙で潤んだ。
ルイはテリーザが自分を探している事を知っていた。知っていて避けていたのだ。テリーザが彼に会えるはずがない。
ルイはどうしてもテリーザを許す事が出来なかった。彼は別の惑星のホテルにいた。外は雨で薄暗くなっていた。
( テリーザ、お前とは二度と会わん。お前がどんなに詫びようと、私はお前を許さん )
しかしルイの言動は矛盾していた。そうまでして避けているテリーザの事を何故思い出してばかりいるのか?
ルイはカタリーナと話して以来、テリーザの事を頻繁に思い出すようになっていた。
( カタリーナ・パンサーとテリーザなど、比較にならんと言うのに……。どうしてテリーザの事を吹っ切れないのだ? )
ルイは自分の感情が理解できなかった。
フレッドの艦は、中立領のラルミーク星系の第4番惑星に降下していた。バルトロメーウスがのそりと席から起きて、
「何だ、もう着いちまったのか?」
寝ぼけ眼で言うと、フレッドは彼を見て、
「寝てても構わんぞ。どうせお前には何も用はないんだからの」
「いちいち突っかかるなよ、フレッド」
バルトロメーウスは苦笑いして応じた。ジョーはジッとスクリーンに映る惑星を見ていた。カタリーナはそのジョーを見ていた。
「タイミングが良かったよ、ジョー。あんたに渡したいものがたくさんあったんだ」
フレッドが操縦桿を動かしながら言った。ジョーはフレッドを見て、
「渡したいもの?」
フレッドもジョーを見て、
「着陸してから見せるよ」
まもなくフレッドの艦は惑星の宇宙港に入港した。フレッドはジョー達を格納庫に案内した。そこには小型艇が三隻あった。フレッドはそのうちの一隻に近づき、
「ジョー、こいつはストラッグル所持者専用の小型艇だ。後部のラックに特殊弾薬や替えの薬室などの部品をたくさん搭載している。それに銃座と操縦席が一体になっているから、いちいち移動する必要がない」
「なるほど」
ジョーは小型艇に近づき、中を覗いた。フレッドはハッチを開き、
「操縦系はかなりシンプルになっている。フルオートシステムも充実しているから、敵の攻撃をかわしながらの銃撃も以前よりスムーズに出来るようになっているよ」
自信たっぷりに言った。ジョーは中に入り、操縦席に座って操縦桿を動かしてみた。フレッドはカタリーナに続いて中に入り、
「遊びは極力少なくした。反応速度を上げるためにな。ま、あんたにゃいらぬ世話だろうがな」
「いや。宇宙戦では一瞬の差が勝敗を分ける事が多い」
ジョーはギュッと操縦桿を握りしめた。フレッドはカタリーナに小さな機械を渡し、小声で、
「これはこの小型艇の位置がわかるGPSだ。これでもうジョーに逃げられる心配はなくなるよ」
するとカタリーナは赤面して、
「や、やだ、フレッド! 私はそんなつもりでジョーを……」
反論した。フレッドは大笑いしたが、カタリーナはムスッとした。バルトロメーウスは肩を竦めた。当のジョーは操縦系を確認していて、聞いていなかったようだ。
「他の2隻はカタリーナさんとバルの専用艇だ。これは3隻に共通している事だが、火力は今までのものより50%アップしているし、加速も良くなっている。武器もミサイルを装備しているしな。ジャンピング航法も、今まで以上に長い距離跳べるはずだ」
フレッドは付け加えた。ジョーは、
「ここにも迷惑をかける事になるかも知れねえ。ムラト・タケルに見られちまったからな」
「そんなことは構わんよ。わしゃ、最近酷く退屈していたんだ。血沸き肉踊るっていう場面に久しぶりに出会えるかと思うと、ワクワクして来るぞ」
フレッドは昔を懐かしむように目を細めた。
ルイは惑星の宇宙港に来ていた。彼はそこでジョーの名前を耳にして立ち止まった。
「それで、ジョー・ウルフはどこにいるんだ?」
猫背の男が尋ねた。するともう1人の男が、
「ラルミーク星系さ。フレッド・ベルトと合流したらしいぜ」
「フレッド・ベルトって言えば、中立領じゃ名の通った闇商人で、修理屋じゃねえか」
猫背の男が言うと、もう1人の男は、
「そうさ。フレッドはジョーとは昔からの知り合いなんだよ」
ルイはサッと歩き出した。
( ジョー・ウルフ……。またあの惑星にいるのか……)
彼は自分の宇宙艇に向かった。すると話をしていた2人がニヤリとしてルイの後ろ姿を見た。
「これで隊長の思惑通り、ジョー・ウルフはルイかムラト・タケルによって殺されるってワケだな」「
2人は親衛隊員で、ルイを挑発するためにわざとジョーの話をしたのだ。そうとは知らないルイは、宇宙艇で衛星軌道上にある彼の専用艦ジャーマンまで行き、ラルミーク星系に向かった。
一方ムラト・タケルは、帝国情報部とドミニークス軍の情報網の双方から、ジョーがラルミーク星系の第4番惑星に戻っている事を知らされていた。
「今度こそ、奴を殺す……。奴に名乗る必要はない。それは俺の負けを意味しているだけだ」
ムラト・タケルは、ホルスターの銃を抜き、安全装置を解除した。
「奴を殺さなければ、俺は身動きが取れなくなる」
ムラト・タケルは脇道から大通りに出て人混みに紛れ込んだ。彼もまたジョー達と同じく、第4番惑星にいたのだ。
ジョー達は宇宙港から出て、フレッドの修理工場に向かっていた。
「昔を思い出すな。まだ儂が若くて、ジョーの親父さんが帝国軍の幹部だった頃の事をよ」
とフレッドが言うと、ジョーはムスッとして先に立って歩き出した。フレッドはそれを知ってか知らずか、
「あの頃は良かった。ジョーも子供で、今よりずっと愛想が良くて、カタリーナさんも可愛い嬢ちゃんでよォ。二人共、仲良く手をつないで、ジョーの家の庭を走り回っていたっけ」
カタリーナは赤面して俯いたが、ジョーは無表情だった。
「あんたとカタリーナさんは、その後も長い間一緒だったよなァ。それが突然……」
浮かれ過ぎたと気づいたのか、フレッドは口を噤んだ。
「いや、こりゃすまんかった。こんな話、あんたらには不愉快だったな」
ジョーは黙って歩き続けた。カタリーナはニコッとして、
「いいのよ、フレッド。本当に久しぶりなんだもの、昔話に花が咲くのは当然よ」
するとバルトロメーウスも、
「俺もあの頃は楽しかったなァ。片思いだったけど、ずっとカタリーナさんのそばにいられたからさ」
思わず口を滑らせ、ハッと我に返って口を手で覆った。フレッドとカタリーナはビックリして顔を見合わせた。バルトロメーウスは真っ赤になって、
「い、いや、その、カタリーナさんはその、ただ憧れていただけで、好きだとか、そういったもんじゃなくて、その……」
シドロモドロになってしまった。
「ありがとう、バル」
カタリーナがウィンクしてお礼を言うと、バルトロメーウスは頭を掻いて照れ臭そうに笑った。
「!」
その時ジョーがピタッと立ち止まった。バルトロメーウスが、
「どうしたんだ、ジョー?」
ジョーは黙ってストラッグルに手をかけた。カタリーナとフレッドもハッとして周りを見た。ジョーは上目遣いに当たりを見回し、
「出て来いよ、狸の犬ッコロ」
あたりには人影はなかったが、異様な殺気が漂っているのは、カタリーナ達にもわかった。次の瞬間、ビームがジョーを襲った。ジョーはスッとビームをかわし、逆に撃ち返した。建物の一角が吹き飛び、その向こうにムラト・タケルが現れた。
「まだ懲りていねえようだな、てめえは」
ジョーが言うと、ムラト・タケルはニヤリとし、
「お前を殺すまでは何度でも現れる」
「じゃあ俺がてめえを殺さなけりゃ、この勝負決着が永遠に着かねえってワケか?」
「そういうことだな」
ムラト・タケルは再び銃を撃った。ジョーはそれをかわし、地面に伏してストラッグルを撃った。ムラト・タケルも負けてはいない。彼はすでに他の場所に走り、サッと立ち止まるとジョーを撃った。ジョーは地面を転がってこれをかわし、サッと飛び起きると、ストラッグルを撃った。
「あっちに行って見てるしかないな」
フレッドはバルトロメーウスとカタリーナを促して隅に行った。
その頃、テリーザもラルミーク星系第4番惑星に来ていた。彼女は宇宙港の中で、自分の前を歩いているマントをはおった男に目を惹かれた。
( 何であのような格好を? )
その時男は向かいから来た女とぶつかり、バサッと襟を倒した。テリーザは男の顔を見てハッとした。サングラスで目はわからなかったが、髪格好と背丈から、ルイとわかった。
( ルイ! )
彼女は心の中でそう叫ぶと、ダッと駆け出した。しかし人が多くいる港の中、彼女はその男を見失ってしまった。
「……」
テリーザは途方に暮れて、立ち止まった。
「フレッド・ベルトという男の家はどっちだ?」
マントの男が、港の片隅にいる修理工に尋ねた。修理工は顔も上げずにマントの男の左側を指差した。
「ありがとう」
マントの男は港から出て、フレッドの修理工場を目指した。男はルイ・ド・ジャーマンその人であった。テリーザの目に狂いはなかったのである。
「確かこの方向は……」
ルイは以前この先にある銃工の家に行ったことがある。ジョーに教えられて、ストラッグルを買ったところだ。
「そうか、あの老人がフレッド・ベルトか……」
ルイはフッと笑った。
ジョーとムラト・タケルの戦いはまだ続いていた。ビームが飛び交い、建物のあちこちを破壊した。だが確実にムラト・タケルは追い込まれていた。
( このままでは犬死にだ。何か逆転する手はないのか? )
彼は周囲を見た。しかし付近にいるのはカタリーナ達だけだった。
(もはやこれまでか……)
彼は歯ぎしりした。そして銃を投げ捨てた。ジョーはそのままストラッグルを構えていたが、カタリーナとフレッドはムラト・タケルの行動にハッとした。バルトロメーウスが、
「ジョー、気をつけろ。奴は何か企んでいるぞ」
しかしムラト・タケルには戦意は全くなかった。彼はガックリと膝を着き、地面に両手を着いた。ジョーはストラッグルをホルスターに戻した。ムラト・タケルは顔を下に向けたまま、
「俺の負けだ、ジョー・ウルフ。だが、死に際だけは潔くしたい。さァ、撃て」
ジョーはニヤリとして、
「わかった。望み通り殺してやる。脳天ぶち抜くのがいいか、心臓をぶち抜くのがいいか?」
ムラト・タケルはピクリともせずに、
「どっちでも構わんさ。さっさとやってくれ」
ジョーの手がホルスターにかかった。するとカタリーナが、
「やめて、ジョー! 殺さないで!」
ムラト・タケルはハッとしてカタリーナを見た。バルトロメーウスは、
「カタリーナさん、奴は今生き延びるためにこんな事を言ってるが、後で必ずジョーを殺そうとするはずだ。ぶっ殺しておいた方がいい」
しかしカタリーナはジョーに近づき、
「ジョー、お願い、やめて。例え嘘だとしても、無抵抗の人間を撃つなんていう事はしないで……」
「……」
ジョーは何も言わずにホルスターから手を放した。カタリーナは喜びで顔をほころばせ、
「ありがとう、ジョー」
バルトロメーウスはムラト・タケルの銃を拾って、
「ジョーを殺す気がないのなら、これはいらないな?」
「いや、今度は俺が親衛隊と狸の諜報部員に狙われる。それは持っていたい」
ムラト・タケルは立ち上がって言った。バルトロメーウスは仕方なさそうに銃を渡した。そして、
「さっさと失せろ!」
と怒鳴った。ムラト・タケルは歩き去りながら、
「この借り、必ず返す。礼は言わんぞ、ジョー・ウルフ」
ジョーは無表情にムラト・タケルの後ろ姿を見ていた。
ルイはフレッドの修理工場を目指して歩いて行くうちに、騒ぎに出会った。何十mか先で、戦いが始まっていたのだ。
「何だ?」
それはムラト・タケルと帝国親衛隊の戦いであった。親衛隊員の持つステルスという銃は、連射式の銃である。いくらムラト・タケルでも、ステルス所有の親衛隊員3人を相手では、苦戦する。4人は周りの人々を巻き込んで撃ち合っていた。やがて野次馬達は逃げ出し、ルイの目に4人の姿がはっきりと見えた。
(あれはムラト・タケルと帝国親衛隊……)
ムラト・タケルの銃が弾き飛ばされた。ステルスが一斉にムラト・タケルに向けられた。
( 親衛隊は何故奴を? )
ルイはすぐにストラッグルを抜き、たちどころに親衛隊員3人を撃ち殺した。ムラト・タケルは、仰天してルイの方を見た。ルイはムラト・タケルに近づき、
「ムラト・タケルだな?」
ムラト・タケルはハッとして、
「その声はルイ・ド・ジャーマンか?」
ルイはサングラスを取り、ムラト・タケルを見た。2人は黙ったまま睨み合った。