第21話 狼 VS ハイエナ
「これだけの人数を相手に、姫を守りながらどこまで戦えるかな、ジョー・ウルフ?」
ケン・ナンジョーは狂気じみた顔で言った。カタリーナは「姫」と言われた事に腹を立て、
「人をバカにしないでよ。私だって戦えるわ!」
ホルスターに手をかけた。ジョーがそれを見て、
「ピティレスはメストレスに細工されてる。使えない」
「えっ?」
カタリーナはその言葉にビックリした。ケンはニヤリとして、
「やっぱりお前は足手まといなんだよ、お嬢さん。怪我したくなかったらどいてな。俺は女は撃ちたくねえんだ」
銃を構えた。他の10人の部下達はジョーとカタリーナをグルリと取り囲んだ。
「カタリーナ、奴の言う通りにしろ。離れてるんだ」
「そんな、ジョー……」
ジョーにまで邪魔者扱いされて、カタリーナは泣きそうになった。しかし、銃が使えない以上、確かに彼女は「足手まとい」でしかなかった。カタリーナは仕方なくジョーから離れた。ジョーはケンを見て、
「お前がそんな性格だったとは知らなかったぜ。ジェットのバカの方がひでえ奴だったな」
「あんな狐ヤロウと一緒にするな。俺はあそこまで腐ってねえよ」
ケンはフッと笑って言った。しかしジョーはその言葉を信用していなかった。
( カタリーナを離れさせたのは、俺を確実に仕留めるためだろう。俺を殺した後、殺すつもりか。ジェットといい勝負の腐れヤロウだ )
「どちらにしても、てめえがもう終わりなのは一緒だ、ジョー・ウルフ。神にでも祈りな」
「俺には神なんかいねえよ」
ジョーはホルスターに手をかけた。彼はチラッとカタリーナを見た。
「えっ?」
カタリーナはそれに気づいてハッとした。
( 今のは? )
カタリーナはそれが何かの合図だと理解した。
「やれっ!」
ケンは部下達に一斉射撃を命じた。その次の瞬間、ジョーはストラッグルを地面に向けて撃った。カタリーナがそれと同時に走り出し、その場から離れた。
「何?」
ケンはジョーが何をしたのかわからなかった。部下達もストラッグルの閃光にビックリして、身じろいだ。
「ウワァッ!」
部下達がいきなり倒れた。ケンはギョッとして上を見た。ジョーはストラッグルを地面に向けて撃ち、空に舞い上がっていたのだ。彼は落下しながら次々にケンの部下を撃ち、地上に降り立った時は、すでに部下は全員撃ち倒されていた。
「……」
ケンは蒼ざめていた。ジョーはケンを睨んだ。ケンは一歩二歩と後ずさりした。
「しつけえんだよ、てめえは。消えろ」
「くっ」
ジョーのストラッグルが吠え、ケンの右耳を吹き飛ばした。
「うぎゃあッ!」
ケンは銃を放り出して、地面をのたうち回った。ジョーはストラッグルをホルスターに戻し、
「今回限りだ。今度また俺に近づいたら、その時はその腐った頭を吹き飛ばす」
街に向かって歩き出した。カタリーナがそれを追うように走った。
「大丈夫なの、ジョー?」
「ああ。すまなかったな」
「えっ?」
カタリーナはジョーの意外な言葉に驚いた。
「俺はあんたが俺のそばにいると危険だと思った。だが、連中にはそんなことは関係ねえようだ。どこにいようとあんたは俺のせいで狙われちまう」
「ジョー」
ジョーはカタリーナを見ないで立ち止まり、
「一緒にいた方がいいかも知れねえな」
「ジョー……」
カタリーナは嬉しそうにジョーを見上げて彼の腕に自分の腕を組んだ。
「危険な事に変わりはねえぜ」
「かまわない。貴方と一緒にいられるのなら」
「……」
ジョーはカタリーナの腕をスッとほどいて歩き出した。カタリーナはニッコリしてジョーの後ろを歩いて行った。
「畜生、ジョー・ウルフめ。このままではすまさねえぞ!」
ケン・ナンジョーは出血を止血剤で止めながらそう呟いた。
ケン・ナンジョーが傭兵として属しているトムラー反乱軍の領域は、ドミニークス軍によって相当狭められつつあったが、それでもまだ何とか抵抗していた。
そんな時、最前線のドミニークス軍が移動を始めたので、ブランドール・トムラーは妙に思っていた。
「フレンチがジョー・ウルフ獲得に失敗し、エフスタビード軍がドミニークス軍に敗退した。恐らく狸は帝国に向かうつもりだな」
彼は艦隊の旗艦のVIPルームの椅子に座り、天井を見つめた。そして、机のインターフォンに手を伸ばし、
「兵の集結を急がせろ。ドミニークスの狸が帝国に気を取られているうちに、我々も十分力を蓄えるのだ」
「はっ」
ブランドールは立ち上がり、窓に近づいて宇宙を眺めた。
( ケン・ナンジョーめ、ルイを殺したともジョーを殺したとも報告して来ないところを見ると、失敗したな )
艦隊は、軍の中枢がある銀河の辺境域クワトナ星系第4番惑星に降下して行った。
ジョーとカタリーナはホテルに戻った。老人は真っ青な顔をしてジョーに駆け寄り、
「あっ、たった今、別の客が来ていたんだ。ストラッグルを下げて、見覚えのある顔だったが、誰だったかな……」
「ストラッグル?」
ジョーはルイだと直感した。
( あの男、まだこの星にいたのか )
老人は心配そうに、
「大丈夫かね?」
「ああ、大丈夫だ。その男なら、分別がある。軽身隊のバカ共とは違う」
老人はホッとした表情になって、
「それで、その男があんたの事を訊いて、さっき出て行ったところだ。会わなかったところを見ると、反対の方角に行ったらしいな」
「奴にエフスタビードの事を話したのか?」
ジョーが尋ねると、老人は肩を竦めて、
「まずいと思ってね。町外れの森と答えた。だからあの男は全く逆の方に行ったんだ」
「なるほど」
ジョーはフッと笑った。老人はビクッとして、
「な、何だね?」
「また今夜も厄介になるぜ」
「あ、ああ」
ジョーはカタリーナに目配せして、部屋に向かった。カタリーナは老人を見て、
「医者なら医者って教えてよね」
文句を言ってからジョーを追った。老人は苦笑いをした。そして、
「どう見たってあの2人、男と女にしか見えないが、そんな感じは全然しないな」
と呟いた。
ジョーは部屋に入るとソファに腰を下ろし、たちまち眠ってしまった。カタリーナはクスッと笑い、毛布をジョーに掛けた。
「ジョー。いつまでも一緒にいたい。追われるのはもうたくさんだわ」
カタリーナはジョーの隣に座り、肩に顔を寄せた。
( 温かい。他人は貴方の事を血も涙もない男だって言うけれど、そんな事ないわよね )
その日の真夜中近く、鍵のかかったホテルの玄関の前にケン・ナンジョーが立った。右耳は、止血のための白い布が張られている。
「ジョー・ウルフめ。てめえの命だけは、どうあっても頂くぜ」
ケンは玄関のドアのガラスを打ち壊して中に入り、奥へと進んだ。
「誰だ!?」
物音を聞きつけて、老人が懐中電灯を持って現れた。彼は電灯でケンを照らした。
「てめえか、このホテルの持ち主は?」
「あ、ああ、そうだ……」
老人は侵入者に鉢合わせしたので、狼狽えていたが、何とか応じた。ケンはズイッと前に出て銃を構え、
「ジョーの部屋はどこだ?」
「そんなもの突きつける奴に教えられんな」
老人は気丈にもそう言ってのけた。ケンは老人の足下に威嚇射撃した。老人は仰天して、尻餅をついた。
「どこだ?」
銃を鼻先に押し当てられて、老人は真っ青になり、ガタガタ震え出した。ケンは大声で、
「出て来い、ジョー・ウルフ。てめえが出て来ねえと、このじじいの顔をぶち抜くぞ」
「かまわんさ。やれ」
ジョーがケンのすぐ後ろで言った。ケンは仰天して振り向いた。
「い、いつの間に?」
「俺もお前も戦争で生きて来たんだぜ。敵に気づかれずに接近するくらい、造作もねえ事だろ?」
「くっ」
ケン・ナンジョーはジョーがストラッグルに手をかけるのに気づいた。
( やられる! )
ケンは老人を楯にした。
「銃を捨てろ、ジョー・ウルフ。でないと、本当にこいつを殺すぞ」
「ヒィィッ!」
ケンは老人のこめかみに銃口を押し当てて叫んだ。ジョーはニヤリとして、
「だから構わねえって言ってるだろ? 早く撃てよ」
「……」
ケンは歯ぎしりした。
「俺にはそういう脅迫は通用しねえよ。じいさんはてめえにとっては切り札だ。本当に殺しちまったら意味がねえもんな」
「……」
ケンの負けだった。
( 何か逆転する方法はねえのか? )
「俺の負けだな。じいさん、向こうに行け」
ケンは老人を解放した。老人は転がるようにしてその場から逃げた。ケンは肩を竦めて、
「好きなようにしろ。俺の完敗だ」
ケンは銃を投げ出し、床にドスンと腰を下ろした。ジョーはケンの行動を怪訝に思ったが、ケンが投げ捨てた銃を拾った。
「切り札は他にもあるんだよ、ジョー・ウルフ!」
ケンはバッと立ち上がり、背中から銃を取り出した。そして間髪入れずにジョーを撃った。
「グッ!」
ビームがジョーの脇腹をえぐった。ケンは畳みかけるように接近し、その傷口に膝蹴りを食らわせた。
「くっ!」
ジョーはその衝撃で後ろに倒れてしまった。ケンはジョーが落とした自分の銃を拾ってジョーの額に2つの銃の銃口を押し当て、
「油断は禁物のはずだぜ、ジョー。相手が死ぬまで気を抜いちゃ行けねえのが戦場だったよな」
せせら笑って言った。ジョーはケンを見上げて、
「そういう下らねえ事を言ってると、相手がその隙につけ込むぜ」
「何ィッ!? 強がりを言うな、くたばり損ないが!」
ケンが引き金を引いた時、すでにジョーはそこにはいなかった。ビームは虚しく床を貫いた。
「はっ!」
次の瞬間、ジョーのストラッグルがケンの胸に押し当てられていた。ケンは顔面蒼白になった。
「てめえのような腐れヤロウは、殺すのももったいねえ。二度と銃が撃てねえようにしてやるぜ」
ジョーはストラッグルでケンの両手を撃ち抜いた。
「ウギャアアアッ!」
ケンは両手から血を滴らせて膝を着き、床の上を転げ回った。ジョーはケンを見下ろして、
「どうも俺はファンを大事にしちまうな。殺すって言ったはずなのにな」
「くっ、くそっ」
ケンはジョーに追い立てられるようにしてホテルから逃げ出した。
「ジョー・ウルフめ、この怨み、必ず……」
ケンは両手を庇いながら、街から逃げ去った。
「くそ……」
ジョーも力尽きて、その場に倒れてしまった。彼の身体の下から、大量の血がしみ出した。
「ジョー!」
そこへ老人と共にカタリーナが走って来た。彼女はジョーの出血を見て真っ青になった。老人は、
「すぐに医療器具を取って来る!」
フロントに走った。カタリーナはベルトの携帯用医療器具から止血剤を取り出し、ジョーの脇腹にスプレーした。
「血は止まったかね?」
老人がバッグを片手に戻って来た。カタリーナは涙声で、
「ダメ。止まらないわ……」
老人はバッグから大型の止血剤スプレーを取り出し、
「これを」
カタリーナに渡した。カタリーナはそのスプレーを噴射した。ようやく傷口が塞がり始め、出血は治まったが、床にしみ出した血の量は、すでに手遅れに近い状態を表していた。
( ジョー、死なないで! )
カタリーナはジョーにすがりついた。老人はジョーの血液を採取し、
「輸血すれば助かるかも知れん。血液型はわかるかね?」
「ええ。私は違うの」
カタリーナは悲しそうに言った。老人は、
「儂やあんたの血ではダメだ。若い男の血がいいんだが……」
2人は途方に暮れていた。