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第20話 知略の果て

 ジョーはソファの上で息も絶え絶えの状態になっていた。

「くそ、情けねえな。このままこんな事で終わるのか……」

 ジョーが起き上がろうとした時、老人が部屋に飛び込んで来た。

「何だ?」

 ジョーはうつろな目で老人を見た。

「た、大変だ! あんたの連れがエフスタビードの暗殺隊に連れ去られちまった!」

「何だと?」

 ジョーはフラフラしながらソファから立ち上がった。老人はジョーの様子がおかしい事に気づき、

「あんた、毒でも盛られたのか?」

「らしい……」

 ジョーはまたソファに座ってしまった。立っていられないのだ。

「毒はどこから?」

 老人が尋ねた。ジョーは老人を見て、

「そんなことを訊いてどうする? あんた、医者か?」

「今は違うが、昔は軍医だった」

 ジョーは意外そうに老人を見た。

「その顔の傷と、肩の傷からだな。だとすれば……」

 老人はジョーの顔色と汗の状態、そして呼吸数を計った。

「呼吸器系の機能が低下しているな。ちょっと待っててくれ」

 老人はフロントへ行き、奥から大きなバッグを取り出して戻って来た。

「見立て違いでなければ、これで回復するはずだ」

 薬を取り出し、ガンタイプの注射器でジョーに投与した。

「これでいいはずだが……。あんた、その傷を負わされて、どれくらい経つ?」

「10時間くらいかな」

 ジョーの言葉に老人は仰天した。

「バカな……。そんなに経過していたら、普通は呼吸が停止してるぞ。何かの間違いだろう?」

「いや。間違いじゃない。俺の身体が間違いなのさ」

「!」

 老人も軍医だったので、その言葉の意味がわかった。

「あんた、ビリオンス・ヒューマンなのか?」

 ジョーはソファに横になりながら、

「今まではその事がとても忌ま忌ましかったが、この瞬間だけは感謝してるよ」

 老人は呆れて、

「感謝どころではないぞ。普通なら死んでいるんだからな」

 ジョーは苦笑いして、

「そうかもな」

と答えた。


 カタリーナが目を覚ましたのは、メストレスの艦の監禁室の中だった。

 ピティレスはなく、ホルスターも外され、金属製の物は全てはぎ取られていた。靴の踵も調べられ、切り取られている。

「ここは?」

 カタリーナはヨロヨロとドアに近づいた。するとその時ドアがバッと開き、メストレスとエレトレス、そして暗殺隊の2人が入って来た。カタリーナは身構えて下がった。メストレスはカタリーナを見てニヤリとし、

「久しぶりだな、カタリーナ・エルメナール・カークラインハルト。士官学校の卒業式以来か?」

「貴方は誰?」

 カタリーナは眉をひそめた。メストレスはニヤリとし、

「私はメストレス・エフスタビード。エフスタビード家の当主だ」

「メストレス!?」

 カタリーナは士官学校の卒業式に来ていたメストレスを思い出した。嫌な奴という印象しかない男だ。

「お前を使って、ジョーを我々に協力させる」

「協力? そんなこと、出来るわけないでしょ?」

 カタリーナがそう言うと、メストレスは、

「奴は嫌とは言えない。お前の命と引き換えだと言えばな」

「……」

 カタリーナはジョーが自分を避ける理由がわかった。と言うより、それを認めたと言う方が正しいだろう。

( 私は足手まといにならないつもりでも、周りがそれを許さない。浅はかだった……)

 カタリーナは悲しくなった。

( また私がジョーを苦しめてしまう。もうこんなの耐えられない)

「奴は誰にも背中を見せないと言う。だがお前にはそんなことはあるまい。お前を操って、ジョー・ウルフを私の忠実な部下にしてやる」

 メストレスは狡猾な顔で笑った。


 ジョーはソファに横になったままだったが、呼吸が深くなり、顔色も回復を示していた。老人がフロントから戻って来て、

「いつの間にか伝言が残されていた。あのお嬢さんを返して欲しければ、町外れの岩山まで来いってさ」

 紙切れを差し出した。ジョーは半身を起こしてそれを受け取り、

「そうか」

と起き上がった。

「まさか、行くつもりか?」

 老人はビックリして言った。

「行くさ。カタリーナの命だけじゃない。奴らは俺がここで逃げたとしても必ず追って来る。だから、始末する」

「だ、大丈夫かね?」

「心配するな。じいさんには迷惑はかけねえよ」

 ジョーはまたふらついていたが、しっかりとした足取りでドアに近づいた。老人は唖然としていた。

「世話になったな。後で礼に来る」

 ジョーは言って部屋を出て行った。


 ジョーはホテルを出ると周囲を見渡した。岩山は左の方に見えた。

「あれか」

 ジョーはゆっくりと歩き出した。そのジョーを尾行する男がいた。ケン・ナンジョーである。

「奴め、どこへ行く気だ?」

 ケンは物陰に潜みながら、ジョーを追った。


 メストレスは調達した商業用の宇宙船に乗り換え、アーマンド星に降下し、ジョーが向かっている岩山に着陸していた。

「ジョー・ウルフがもうすぐ来るぞ、カタリーナ。楽しみだな」

 メストレスはブリッジの片隅の席に座っているカタリーナに声をかけた。カタリーナの目に生気はなく、何も見ていないように見えた。

( ジョー・ウルフを跪かせるなんて、絶対に出来っこないのに、兄さんは何を考えているんだ?)

 エレトレスは怯えた目で兄を見ていた。メストレスはカタリーナの顔をグイと引き上げて、

「ジョー・ウルフとまともに撃ち合ったら勝てるわけがない。しかし知恵だったら私は奴に勝っている。ジョーのような化け物に対抗するには、頭脳で立ち向かうしかない」

「ジョー・ウルフが現れました」

 通信兵が言った。メストレスはニヤリとし、

「わかった。ここへ来るように誘導しろ」

 

 ジョーはメストレス達の乗る商業船に近づいた。

「あれか。メストレスめ、何か企んでいるな」

 ジョーは警戒しながら、商業船から伸びているタラップを昇った。

「あれは……」

 ケンは近くまで来ていたが、不審な船に気づいて立ち止まった。

「何だ、あの船は?」

 彼はジョーを尾行するのをやめ、その船を監視し始めた。


 ジョーはタラップを昇り終えたところで、メストレスの部下に出迎えられ、

「こちらです」

と先導された。彼は妙に丁重な扱いに呆気に取られた。

( どういうつもりだ? )

 やがて彼は船のブリッジに着いた。2人の兵はメストレスに敬礼して退室した。

「良く来たな、ジョー・ウルフ」

 メストレスはニヤリとして言った。ジョーはそのメストレスの隣に立つカタリーナの様子が変なのに気づき、

「てめえ、何をした?」

 メストレスは肩を竦めて、

「ちょっと催眠術をかけさせてもらった」

「何?」

 メストレスはカタリーナの耳元に口を近づけて、

「さァ、カタリーナ。お前を拉致監禁したのはあいつらだ。あいつらを撃て。そうすればお前は解放される」

 暗殺隊の2人を指差した。カタリーナは虚ろな目のままピティレスを構え、暗殺隊を狙った。

「どういうつもりだ?」

 ジョーは理由(わけ)がわからず叫んだ。メストレスはジョーを見て、

「ピティレスを良く見てみろ、ジョー・ウルフ」

「!?」

 ジョーはピティレスの銃口が塞がれている事に気づいた。メストレスは狡猾な笑みを浮かべて、

「どうなる? カタリーナがピティレスを撃つと?」

「貴様!」

 ジョーはメストレスに歩み寄った。メストレスは、

「さァ、カタリーナ。躊躇う事はない。その2人を撃て」

 カタリーナの人差し指が引き金にかかった。ジョーは焦った。

( ピティレスが暴発したら、カタリーナは間違いなく死ぬ)

「よせ。貴様は俺に用があるんだろう?」

「フフフ。物わかりが良くなったな、ジョー・ウルフ」

 メストレスはカタリーナからピティレスを取り上げた。次の瞬間、ジョーは暗殺隊に挟まれるように取り押さえられた。

「ジョー・ウルフ、返事は明日だなどと言わせんぞ。この場で答えてもらう。私に協力するか、それともこのままここで殺されるか」

「協力だと?」

「帝国打倒のだ。まァ、当面の敵はドミニークスだがな」

「面白いな」

 ジョーはニヤリとしてメストレスを見た。メストレスはフッと笑い、

「では協力するのだな?」

「嫌だね」

「何? 貴様が逆らうと、カタリーナの命はないぞ」

 しかしジョーは怯まなかった。

「カタリーナを殺したければ殺せ。だか、次の瞬間てめえも間違いなく死ぬ!」

 メストレスはジョーの迫力に気圧されていた。彼はようやく、

「ハ、ハハ、バカな。お前は暗殺隊に挟まれているのだぞ。ホルスターからストラッグルを出すより、貴様の頭が砕ける方が早い」

「それはどうかね」

 ジョーはホルスターに手をやった。暗殺隊はジャキッと音を立てて鉄の爪を出した。ジョーはニヤッとして、

「バカか、てめえら。そんな爪で引っ掻いたくらいで、俺を殺せるか!」

「くわっ!」

 2人の暗殺隊がジョーに襲いかかった。ジョーはサッと身を屈めてホルスターから銃を取り出すと、連射した。1人は顔、もう1人は胸を撃ち抜かれて倒れた。

「次はどうする、メストレス!」

 ジョーはキッとメストレスを睨みつけた。メストレスはギクッとして退いた。彼はそれでも、

「お前はまだ手負いのはず。そろそろ体力が限界なのではないか?」

と言った。

「カタリーナが薬局に解毒薬を探しに行っていた事は承知しているのだよ。また毒が回り始めたのだろう?」

「……」

 ジョーは手早く片づけようと考えていたので、自分の手の内を見透かされた気がした。

「てめえの言う通りかもな。目がかすみ始めた。もう限界だ」

 ジョーはストラッグルを下ろして言った。メストレスは勝ち誇ったように笑い、

「ならば跪け。私に忠誠を誓うなら、お前の身体の毒を中和する薬を与えてもいいぞ」

「そうか」

 ジョーはふらついて片膝を着いた。メストレスはフッと笑ってジョーに近づいたが、エレトレスは別の事に気づいた。

「何!?」

 ジョーは急に立ち上がると、カタリーナに近づき、彼女を抱きかかえた。メストレスは虚を突かれて唖然とした。

「残念だったな。その情報は少しだけ古いぜ。俺はもう解毒してもらった。もう少しで全快するよ」

 ジョーはストラッグルをメストレスに向けた。

「くっ!」

 メストレスは焦っていた。

( バカな。この星には解毒薬などないはず。何故こいつは回復している? )

 メストレスはゆっくりと後ずさりしながら、

「貴様……」

 ジョーはカタリーナを背負い、

「メストレス、てめえのような奴に追い回されるのはごめんだ。帝国、狸、フレンチ、そしてケン・ナンジョー。これ以上俺のファンはいらねえよ」

「くっ……」

 ジョーはストラッグルを構え直し、メストレスを狙った。

( 兄さんが危ない。ジョーは兄さんを殺すつもりだ! )

 エレトレスは2人のやり取りをブリッジの隅で見ていたが、とうとう耐えられなくなった。

「くっ」

 メストレスは目を伏せた。

( やられる! )

 ストラッグルが唸った。しかしメストレスにはビームは当たらなかった。

 エレトレスがジョーとメストレスの間に入っていたのだ。彼は腹にビームを喰らっていた。ジョーとメストレスは唖然とした。そしてジョーはやっと、

「何故出て来た?」

「兄さんを助けるためだ……」

 ドオッとエレトレスはその巨体を床に転がした。メストレスはやっと我に返り、弟に駆け寄った。

「エレトレス……」

「兄さん……」

 メストレスは泣いていた。ジョーは何も言えなかった。エレトレスはニッコリして、

「兄さん、もうやめてくれ。これ以上の戦いは……。ジョーを追うのも……。でなきゃ、俺は死んでも死に切れない……」

「エレトレス!」

 ジョーはエレトレスに近づいた。エレトレスはジョーを見上げて、

「俺はあんたを怨んじゃいないよ。あんたは悪くない……。だから……。俺の命と引き換えに、兄さんを助けてくれ」

「わかった」

 ジョーはストラッグルをホルスターに戻した。エレトレスは力なく微笑んで、

「兄さん、さよなら……」

と言い残すと、絶命した。メストレスは涙を流したまま、エレトレスの身体を背負った。あれほどの巨漢が今は小さく見えた。

 メストレスはそのままブリッジを出て行った。彼は外に待っていた兵に、

「ジョー・ウルフとカタリーナ・パンサーを解放しろ。そしてお前達は好きなところに行け。エフスタビード家は、今日で滅んだ」

 そのままその場を立ち去ってしまった。

 兵は呆然としてメストレスを見送った。


 ジョーは来た時と同じように兵2人に先導され、商業船を降りた。

「あら?」

 カタリーナはようやく催眠術が解けた。彼女はジョーが自分を背負っているのに気づき、真っ赤になってしまった。

「気がついたか、カタリーナ」

 ジョーが声をかけた。カタリーナは火照る顔をジョーから隠すようにして、

「あ、ありがとう、ジョー。また助けてくれたのね。もう歩けるわ」

 ジョーから離れた。

( あーっ、ビックリした)

 カタリーナは胸がドキドキしているのを感じた。そして何とか呼吸を整えてから、

「大丈夫なの、ジョー? 毒はもう抜けたの?」

「ああ。あのじいさんが元軍医だったのさ。おかげで助かった」

 ジョーの言葉にカタリーナは少しムッして、

「何よ、あのおじいさん。私には何も教えてくれなくて……」

「そうか?」

 2人はそんな話をしながら街へと引き返した。その時だった。

「ジョー・ウルフ、今度こそぶっ殺してやるぜ」

 ケン・ナンジョーが待ち伏せしていた。彼は部下らしき連中を10人程引き連れていた。

「デート中悪いが、死んでもらうぜ」

 ケン・ナンジョーはニヤリとして言った。ジョーはどうするか思案していた。

( 俺1人なら何てことはないが。カタリーナの銃は使えない。どうするかな?)

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