第18話 決戦
ドミニークス軍の大艦隊は帝国領内に入り、エフスタビード領に進撃していた。
司令長官は艦隊全体に呼びかけた。
「エフスタビードのみを敵と思ってはいけない。常に後ろにも気を配れ。帝国が我々に味方するとは限らん」
エフスタビード領は混乱していた。誰もがもう終わりだと思った。しかしメストレスは違っていた。
「いいか、ここは適当に応戦して戦線を放棄し、中立領へと逃げ込むのだ。あそこには同志がたくさんいる。そして時期を見計らって、反撃に出る」
彼は全軍に指令した。
「とにかく今は耐える事だ。分が悪いからな」
エレトレスは兄と意見が一致した事を喜んでいた。
( 兄さん、嬉しいよ。兄さんは徹底抗戦と言い出すと思っていたから )
ジョーはフレンチ領から全速で離脱した。軽身隊の小型艇がこれを追っていたが、中立領に入る手前で停止し、撤退して行った。
「連中、態勢を整えて、進軍して来るつもりだな」
ジョーは自分の艇が着陸している惑星に向かった。彼は寒気がするのを感じた。
( 何だ? )
「この辺りだな」
彼は地形と緯度経度を確認しながら、地表に降下した。やがて肉眼でも確認できる位置にジョーの小型艇が見えて来た。
寒気は酷くなり、顔から血の気が引く感じがした。
「……」
ジョーは着陸するとすぐに小型艇に近づき、ハッチを開いた。
「ジョー!」
それとほぼ同時にカタリーナが飛び出して来て、ジョーに抱きついた。
「もう、酷いわ! 私を追い出すようにして!」
カタリーナは泣きながらジョーに愚痴を言った。そして、彼の顔を見上げて、
「でも良かった、無事で」
「ああ、何とかね」
「ジョー?」
彼女はジョーの様子がおかしいのに気づいた。
「どうしたの? 顔色が悪いわ」
「ああ」
ジョーはその場にドスンと座ってしまった。カタリーナは驚いて携帯用の医療器具をベルトから取り出し、ジョーの体温を測定した。
「凄い熱……。どういうこと?」
ジョーは苦笑いして、
「多分、ビスドムのバカがくれたんだよ。あの爪、只引っ掻くだけじゃなかったんだな」
カタリーナはギクッとして、
「ちょっと採血するわよ」
医療器具の中から注射器を取り出し、ジョーの手の甲から血液を採取した。
「何かの病原菌を爪に仕込んでいたのかしら?」
「いや、違うな。俺は親衛隊に所属していた時、あらゆる病原菌の抗体を取得した。今銀河系のどこに行っても感染する病原菌は存在しないはず。多分、毒だ」
ジョーは荒い呼吸をしながら答えた。
「呼吸器系の機能を低下させて、新陳代謝の速度を落としているんだろう。だから大した病原菌でなくとも、発症しちまうんだ」
「そんな……」
カタリーナはジョーから採取した血をすぐに検査機に入れ、分析をさせた。
「ダメだわ。わからない。何て事……」
彼女はガッカリして器具をしまった。そして、
「とにかく、休む所を探しましょう。ここは体力を消耗してしまうわ」
「……」
ジョーはカタリーナに手を貸してもらい、何とか立ち上がった。
「悪いな」
「何よ、他人行儀な。私達、そんな間柄なの?」
「……」
カタリーナはジョーが弱っているのは心配だったが、彼が素直に指示に応じている事は嬉しかった。
ドミニークス軍は遂にエフスタビード軍と接触し、交戦状態に入った。
「ハイパーキャノン艦は前へ。エフスタビード軍の前衛艦隊を叩くぞ」
司令長官が命じた。
ハイパーキャノン艦が前進して、一斉にハイパーキャノンを発射した。エフスタビード軍の前衛艦隊はたちまち全滅してしまった。
「何? もう全滅しとただと? 仕方がない、戦闘艇を出せ。あの化け物を叩かせろ。次が撃てるのは、まだ先だ」
メストレスは歯ぎしりした。
「思い通りにいかないのは、何とも歯痒いな」
「エフスタビード軍の戦闘艇が接近して来ます!」
レーダー係が伝えると、司令長官は、
「雑魚共に構うな。全速前進。目標は敵中枢だ」
「それにしても、帝国の艦が見当たりませんね」
副官が言った。司令長官はスクリーンを見て、
( そう言えば……。妙だな )
と考え込んだ。
メストレスの方も帝国の奇襲部隊がいなくなったという報告を受けていた。
「そうか。これはあの影の宰相の差し金だな。やはりここは我慢が正しいようだ」
「帝国がドミニークス軍を騙して、俺達と戦わせているって事か?」
エレトレスが尋ねた。メストレスはニヤリとして、
「そうだ。影の宰相ならやりかねない」
と答えた。
( しかしドミニークスとてこれが罠と気づいているはず。それなのにどうして戦争を仕掛けたのだ? )
メストレスはその方が気になった。
「ロボテクター隊出撃。エフスタビード軍の中枢部に、白兵戦を仕掛けろ」
司令長官は新たな指令を下した。
( 帝国が企んでいるとは思ったが……。我々にやらせるつもりか、エフスタビードを……)
ロボテクター隊の小型艇が次々に発進し、エフスタビード軍の中枢部に向かった。
エフスタビード側も白兵戦専用の兵が小型艇で発進し、ロボテクター隊を迎え討った。
壮絶な肉弾戦だった。たくさんの爆発、たくさんの死者。戦場は拡大し、エフスタビード軍の中枢部が崩壊し始めた。
「総員、退却だ。ドミニークス軍は、返す刀で帝国に行く」
メストレスが叫んだ。
エフスタビード軍は一斉に戦線を離脱し始めた。
「エフスタビード軍が撤退して行きます!」
レーダー係が伝えると、司令長官は眉をひそめて、
「どういうことだ? 我々の戦力ではエフスタビードを追いつめる事などできないというのに……」
彼はハッとした。
( そうか、連中は我々に帝国を叩かせるつもりだな? )
「エフスタビードの策略だ。全軍、エフスタビード軍を追撃し、殲滅せよ!」
司令長官は全軍に指令した。
その頃ルイは、中立領にいて、ケン・ナンジョーの行方を追っていた。
( 奴は何かを知っている。そして何者かが奴を操っている。それは一体誰なのだ? )
彼はバーの一つに入った。何故かカウンターには誰も座っておらず、皆ボックス席に座っていた。ルイはそれが気になったが、構わずカウンターに座った。
「ストレートをくれ」
ルイがバーテンにそう言った時、ドヤドヤと人相の悪い連中が10人程店に入って来た。
( なるほど。こいつらが予約していた席なのか )
「おい、早くしてくれ」
ルイがバーテンに声をかけると、バーテンはガタガタ震えて、
「い、いえ、その、あの……」
するとルイの右肩を一団の1人が掴んだ。
「ここは俺達の指定席なんだよ。どきな」
ルイは鬱陶しそうにその男を見た。顔中ヒゲだらけで、清潔感の欠片もないような汚らしい男だ。
「どく必要はない。指定席なら、そう書いておけ。何も書いてなかったぞ」
ルイは前を向いて言い返した。ヒゲの男はムカッとして、
「いい度胸してるじゃねえか!」
銃に手をかけたが、腹に何か押し当てられたのに気づいて動きを止めた。それはストラッグルの銃口だった。いつの間にかルイは男の方を向いていて、彼にストラッグルを押し当てていたのだ。
「ぐっ……」
男はその銃が何かを知っていたようだ。全身から汗を噴き出した。そして、
「じょ、冗談ですよ、旦那。お好きになさって下さい」
まるで態度を変え、ゆっくりと後ずさりして、
「で、出直すぜ」
仲間と共にバーから逃げ出してしまった。ルイは苦笑いをした。
( ストラッグルの威力は大したものだな。大方連中はジョー・ウルフと勘違いしたのだろう )
ルイは今まですっかり忘れていたジョーの事を思い出した。
( そう言えば奴は今どこにいるのだろう? )
考え事をしているルイを店の隅のボックス席で見ている男がいた。ルイが探しているケン・ナンジョーだった。
「ルイ・ド・ジャーマン、あんたを殺せば、俺はトムラー軍の正規兵になれるんだ。何の怨みもないが、死んでもらうぜ」
彼は呟いた。
エフスタビード軍はドミニークス軍の追撃で混乱していた。
「何という事だ。連中、どうしても我々を潰すつもりらしい」
メストレスは意外な展開に焦っていた。
「どうするんだ、兄さん?」
エレトレスが不安そうに言った。メストレスは険しい顔をして、
「仕方がない。中立領にいる同志に救援を求める。まさかここで決戦になるとは思いもしなかったぞ」
一方ドミニークス軍の司令長官は、ドミニークス三世からの直接通信を受けていた。
「エフスタビード軍をそれほどまで追撃してどうするつもりなのだ?」
語気は穏やかであったが、明らかにドミニークス三世は司令長官を非難していた。司令長官は、
「帝国の奇襲部隊がいなくなっておりますし、エフスタビード軍があまり抵抗せずに撤退するのは解せません。ここはエフスタビード軍を叩けるだけ叩いておき、その上で帝国に向かうつもりであります」
「なるほど。わかった。好きにするがいい。但し、失敗は許されんぞ」
「はっ!」
ドミニークス軍はエフスタビード軍をもう一歩というところまで追い込んで行った。ところが突然エフスタビード軍が盛り返して来た。
「どういうことか?」
司令長官が怒鳴った。すると部下の1人が、
「援軍が現れました」
「何!?」
司令長官はスクリーンに映る無数の敵艦を見た。
「まさか、我々はおびき寄せられたのか?」
そうではなかったが、結果的にそうなったのかも知れない。
「ハイパーキャノン用意! 一気に殲滅する!」
ハイパーキャノン艦が前進し、砲塔を展開させた。
メストレスはもちろんこの動きを把握していた。
「ダミー艦射出しろ。全滅したフリをし、ジャンピング航法でこの宙域を離脱する」
ダミーの艦隊が前面に出て来た。メストレス達の艦はその後方に隠れ、ジャンピング航法に入った。その瞬間、ハイパーキャノンがダミー艦を貫き、爆発が起こった。
「エフスタビード軍、反応消滅」
「うむ」
もちろん司令長官もそんなはずはないと考えていた。しかし深追いは危なかった。
「帰還する。全艦反転」
「了解」
ドミニークス軍は、自領に向かった。
ジョーはカタリーナの支えを借りて、街に来ていた。2人はあるホテルの前に来た。
「部屋、空いてる?」
カタリーナがフロントで居眠りしている老人に尋ねた。老人は片目だけ開いてカタリーナのホルスターのピティレスを見ると、
「ねえよ。あんたらのような危ない人間を泊める部屋はな」
「一つもないのか?」
ジョーがカタリーナから離れて老人に詰め寄った。老人はビックリして立ち上がった。
「あっ、あんたは……」
「空きはねえのかと聞いているんだよ」
ジョーは静かに言った。老人は苦笑いをして、
「あ、あるよ。一番いい部屋が空いてるのを忘れてたよ」
「そうかい」
老人はフロントのカウンターから出て来て、
「こ、こっちだ」
と先導した。カタリーナはまたジョーに手を貸して歩き出した。
「こ、ここだ」
老人は部屋のドアを開いて中を見せた。ベッドが2つあり、ソファ、冷蔵庫、バストイレと全て揃っていた。ジョーが、
「なるほど、いい部屋だ」
老人はホッとして、
「これがキーだ。何か用があったら、インターフォンで呼んでくれ」
カードキーをカタリーナに渡し、フロントに戻った。カタリーナはジョーを見上げて、
「随分有名のようね、ジョー?」
ジョーは苦笑いをした。
「人を化け物みたいに恐れやがって……」
彼はソファに座った。カタリーナは向かいのソファに座り、
「大丈夫、ジョー?」
「大丈夫さ。俺は人間じゃねえからな」
ジョーは自嘲気味に言った。カタリーナは悲しそうな顔で、
「そんな言い方やめて。貴方は人間よ」
ジョーは天井を見上げて、
「しかし、俺がビリオンス・ヒューマンだとわかったんで、あんたの親父さんは俺とあんたを会わせないようにした」
「それは……。父は古い人間だったから。もし、父のせいで私を避けているのなら、それはもう理由にならないわ。父はもう逝ってしまったから……」
ジョーはゆっくりとカタリーナの方を見た。
「あんたを避けているのは、そんな理由じゃない。俺のそばにいると、ロクな事がないからさ。危険な目に遭う」
ジョーはそう言うと照れたように背中を向け、ソファに横になった。カタリーナはニッコリした。
( ありがとう。嬉しいわ、ジョー )
「大丈夫よ。私もピティレスを持つ女よ。貴方の足手まといになんかなりはしない」
カタリーナはジョーに近づき、彼の肩に顔を寄りかからせた。ジョーは一瞬ハッとしたが、動かなかった。
( ありがとう、カタリーナ )
ジョーは目を瞑るとすぐに眠り込んでしまった。カタリーナはそれに気づくと立ち上がり、ベッドの毛布を引き抜いてジョーにソッと掛けた。
「疲れているのね、ジョー」
彼女はキーを持ち、
「解毒薬を探して来るわ」
部屋を出た。
ドミニークス三世はエフスタビード軍の挙動を不審に思い、殲滅命令を出した。
「メストレスという男は、生き延びるためなら、死んだフリもできる男だ。エフスタビード軍はまだ滅んではいない。全滅させろ。その上で帝国を頂く」
ドミニークス三世はニヤリとした。
( これで銀河系統一という、フランチェスコ家の夢が叶う )
彼は立ち上がると窓に近づいた。
「ブランデンブルグが気になるが。奴らが来る前に……。それより儂の命は保つのか?」
ドミニークス三世の額に深い皺が寄った。