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第16話 すれ違う愛

 ルイ・ド・ジャーマンは、銀河の端から戻り、中立領に来ていた。

( ジョー・ウルフに出くわすとすれば、この星域しかない )

 ルイはそう考えて惑星の一つに降下した。

「何か適当に見繕ってくれ」

 彼はバーに入ってカウンターに座り、メニューを見ずにバーテンに告げた。

「こんな暗がりの中でサングラスとは、只者じゃないな」

 隣の席に座った男が言った。ルイは声に応じて男を見た。

( この男、どこかで…… )

 隣に座っていたのは、ケン・ナンジョーだった。彼はジョーに返り討ちに遭いドミニークス軍を去ったが、トムラー反乱軍に拾われて、何とか食い扶持だけは確保していた。

( ストラッグルを持っているのか。誰だ? )

「まだ俺が誰かわからねえか、ルイ・ド・ジャーマン?」

 ルイはキッとしてケンを見た。バーテンは2人の間に殺気が立ち込めているのに何となく気づき、後ずさりした。

「何故私の名前を知っている?」

「あんたは有名人だよ。ジョー・ウルフに怨みを持つ者の間ではな」

「何?」

 ルイはそう言われてようやくケンの正体に気づいた。

「貴様、ケン・ナンジョーか? 噂では、ジョーに敗れて、ドミニークス軍を追われたとか」

「おいおい、他人聞きの悪い事言わないでくれ。俺の方からおさらばしたんだからさ」

 ケンはニヤリとしてルイを見た。そして、

「お前さんこそ、ジョーを取り逃がして、追放されたんだろ?」

「……」

 ルイは鋭い眼でケンを睨んだ。ケンは肩を竦めて、

「そう睨むなよ。俺とあんたは、ジョー・ウルフって言う共通の敵がいる、言わば味方同士なんだからさ」

「私はお前とは違う」

 ルイは冷たく言い放った。そしてグラスを手にし、

「ドミニークスが接触して来ている。帝国も私を呼び戻そうとしている。私は今は誰とも組むつもりはない」

 ケンはクククと低く笑い、

「そうかい。じゃ、彼女の努力も水の泡だな」

「何の事だ?」

 ルイはケンを再び睨んだ。ケンはニヤリとして、

「何だ、知らなかったのか? 婚約者だったテリーザ・クサヴァーが皇帝に取り入って、あんたの追放を取り消してもらったって聞いたぜ」

「何!?」

 ルイはその言葉に衝撃を受けた。彼はケンに詰め寄り、

「それは本当か?」

「本当だよ。俺の昔の友人がまだ帝国情報部にいてな。そいつから聞いたのさ」

「……」

 ルイはテリーザに激しい怒りを感じた。

( テリーザ、何という事を……。私に負け犬になれというのか? 私に生き恥を曝せというのか? )

 ルイはサッと立ち上がると、金貨をカウンターに置き、バーを立ち去った。

「へへへ、引っかかりやがったぜ。お前は帝国にいるのがお似合いなんだよ」

 ケン・ナンジョーはニヤリとして呟いた。

 

 トムラー反乱軍は、ドミニークス軍と接している領域が多く、今以上にドミニークス軍が力をつけると、とても領域を維持する事ができないのである。

 トムラー軍は、ケン・ナンジョーを始めとして、多くの傭兵を使っており、それが事実上の正規軍である。そして、帝国の親衛隊、ドミニークス軍のロボテクター隊、フレンチ軍の軽身隊と並ぶ、殺戮集団である。

 傭兵の欠点は、条件が良い方に流されてしまう事だ。だからこそ、トムラー軍の総帥であるブランドール・トムラーは、ケン・ナンジョーにルイの帝国帰還の手引きをするように命じたのである。


 ルイはジャーマンで帝国領を目指していた。

「テリーザ……」

 彼の怒りは収まらなかった。


 その頃テリーザは、双子の妹マリーと邸の居間で寛いでいた。

「テリーザ様、ルイ様からメールが届いております」

 執事がトレイに小型のコンビュータを載せて現れた。テリーザはニッコリして、

「ルイから?」

 彼女はルイが戻ってくれると思っていたので、連絡をくれたと考えていた。

「国境の宙域で待っている? どういうことかしら?」

 テリーザが首を傾げていると、マリーが、

「姉さん、とにかく出かけましょう。ルイ様がお待ちよ」

「え、ええ」

 テリーザは一抹の不安を抱きながら、マリーと共に自分達の専用艦に向かった。


 ジョーは中立領に戻っていた。

「カタリーナ……。助け出せなかったか」

 彼は小型艇を停止させ、考え込んだ。

( どうする? 軽身隊は手強いぞ…… )

 宇宙空間は音が伝わらない。とても静かだ。

「どちらにしても、フレンチが諦めたとは思えねえ。何度でもちょっかいを出して来るだろう」

 彼は何よりもカタリーナの安否が気になった。

「全ての元は俺の判断ミスと甘さ。何があっても、彼女だけは必ず助け出す」

 ジョーは再びフレンチ領を目指した。


 テリーザとマリーの乗る専用艦は、ルイが指定した宙域に到着していた。

「ルイ?」

 テリーザは接近して来る艦に気づいた。それは紛れもなく愛しいルイの乗るジャーマンだった。

「ルイ」

 テリーザはいても立ってもいられなくなり、ブリッジを飛び出して行った。

「姉さん!」

 マリーも慌ててテリーザを追った。

「ルイ」

 テリーザはハッチに着艦したジャーマンの小型艇に近づいた。中からルイが現れた。

「ルイ!」

 テリーザは大きな声でルイに呼びかけ、駆け寄った。ルイはテリーザに気がついて彼女を見たが、全く表情を変えなかった。

「ルイ、また会えて嬉しいわ」

 テリーザが満面の笑みで言うと、ルイは無表情のままテリーザを見て、

「テリーザ、君は私を帝国に戻れるように皇帝に頼んでくれたそうだね」

「え、ええ。貴方に帝国にいてほしかったから……」

 テリーザは恥ずかしそうに答えた。ルイは不意にテリーザに近づくと、その左の頬に平手打ちを浴びせた。テリーザは勢い余って後ろに倒れた。

「ル、ルイ?」

 彼女は打たれた左の頬を押さえてルイを見上げた。ルイは氷のように冷たい目で、

「迷惑な事をしてくれたな」

「迷惑な事?」

 テリーザにはワケが分からなかった。

「そうだ。君は私のメンツを潰してくれた!」

「……!」

 テリーザはハッとした。

( 良かれと思ってした事だけど。私、考えなしに…… )

「ごめんなさい。私、私……」

 テリーザはその場に泣き崩れてしまった。しかしルイの視線は冷たかった。

「君がいくら泣いても、私のメンツは元には戻らない」

 ルイは許せなかった。テリーザは自分のことを理解してくれていると思っていた。だから帝国を追放された時も婚約を解消する事だけを伝えてそれ以上の事は告げなかったのだ。しかし彼女はルイが思ってもみない行動をとった。彼はテリーザに全幅の信頼を置いていたのに、それを裏切られた気がした。だから余計に腹が立ったのだ。

「私、愚かでした。あなたの気持ちになって考えられなかった……」

 テリーザはゆっくりと立ち上がり、ルイを見つめた。しかしルイはまるで道端の石ころでも見るような目で彼女見ていた。

「いくら謝っても、許してもらえないのでしょうね。でも、私にはそれしか思いつかなかったのです。貴方に帝国にいて欲しかったから……」

 ルイは背後に気配を感じて振り返った。そこには涙を流しているマリーが立っていた。

「ルイ様、姉を許して下さい。姉には貴方が必要なのです。姉には貴方しか頼れる人がいないのです」

 ルイは黙ってマリーを見た。マリーはその視線に赤面し、俯いた。ルイは目を伏せて、

「許す、許さないの問題ではないと思うがな」

 再びテリーザを見た。

「皇帝陛下に伝えてくれ。私は帝国に戻る事はない。そして、ドミニークス軍に加わる事もない。帝国に対して、まだそれくらいの恩義は感じている、とな」

 ルイはマリーの横をかすめるようにして歩き、小型艇に乗り込んだ。

「ルイ様……」

 マリーがルイを見送る目は、恋する女の目であった。


 エリザベートは皇帝の間で皇帝の椅子に座り、物思いに耽っていた。

( 私は一体何のために皇帝になったのだろう? バウエル様のため? いいえ、それだけではないはず。始めは確かにそうだったけど、次第に思う所あって……)

「どうなさいました、陛下?」

 影の宰相の声がした。エリザベートはハッとして、

「いえ、別に。それより、エフスタビードとドミニークス軍のこと、うまくいっているのですか? どちらにも動きがないようですが?」

「もうしばらくお待ちを。仕掛けるのはドミニークスに任せましょう。奴が仕掛けさえすれば、メストレスも必ず反撃に出るはずです」

「そうですか。わかりました。任せます」

「はい」

 エリザベートは皇帝の間を出た。侍女達がついて来たが、彼女は、

「しばらく1人になりたい」

と言って下がらせ、宮殿の中庭に出た。そこにはたくさんの花が咲き乱れていた。彼女は真っ赤な花を見て、バウエルが死んだ時の事を思い出した。

「人の死とは、ああも儚いものかと思わされた。私なんて、本当に無力だわ」

 彼女は花に顔を近づけて、

「なろうことなら、戦争などしたくないというのに」

 エリザベートは目頭を押さえた。その時、近衛兵が近づいて来た。

「1人にしてと言ったはずですよ」

 彼女はキッとして近衛兵に言った。近衛兵は深々と頭を下げ、

「はい。しかし、テリーザ・クサヴァーが火急の用とかで参っておりまして」

「テリーザが? わかりました。ここに連れて来なさい」

「はっ!」

 まもなくテリーザが中庭に現れた。彼女は泣いていた。エリザベートはビックリして、

「どうしたのです、テリーザ?」

 テリーザは近衛兵がいるのを気にして、話そうとしない。エリザベートは目で合図し、近衛兵を下がらせた。

 テリーザは近衛兵がいなくなったのを確認して、ようやく話し始めた。エリザベートは大きく頷いて、

「そうですか。ルイのような気高い男性なら、そういうことを言うでしょうね。テリーザ、そのくらいの事は承知していたのではないですか?」

「いいえ。私は只、ルイを帝国に戻したい事しか考えていませんでした。彼の気持ちになれなかったのです」

 テリーザの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。エリザベートは彼女に近づいてそれを指で拭い、

「そう。でもね、テリーザ。このまま貴女がルイから離れたら、ルイはずっと貴女を憎んだままでいると思います。貴女がルイの心に訴えかけなければ、ルイは貴女を許してくれませんよ」

 テリーザはエリザベートを見た。しばらく2人は何も言わずにお互いを見ていた。

「さ、テリーザ、もう一度ルイに会いなさい。そして自分の非を詫び、許してもらいなさい。もしそれが叶わない時も、ルイが許してくれるまで耐えなければなりませんよ」

 テリーザは大きくゆっくりと頷き、お辞儀を深々とすると、中庭を去った。エリザベートはニッコリしてテリーザを見送った。

「私にもできることがあるのですね、バウエル様」

 彼女はテリーザに感謝した。


 ジョーの小型艇はフレンチ領に入っていた。すぐさま国境警備隊の艦が接近して来て、ジョーの小型艇と確認すると、攻撃を仕掛けて来た。

「てめえらに用はねえよ」

 ジョーは反撃せずに警備隊の艦を振り切り、フレンチステーションを目指した。


 ビスドムはジョーが戻って来た事を知り、カタリーナを監禁している部屋に行った。彼女はまだ縛られたままである。

「カタリーナ・パンサー、喜ぶが良い。ジョー・ウルフが戻って来たぞ」

「ジョーが?」

 カタリーナは複雑な気持ちだった。嬉しくもあり、辛くもあった。

( ジョーが私を助けに来てくれたのだとしたら、それは嬉しい。でも私のために危険な目に遭うのは……)

「奴にはここまで来てもらう。そしてこの私が、奴を殺す。言いなりにできない者は、始末するしかないのでね」

「何ですって!?」

 カタリーナはビックリして叫んだ。ビスドムはカタリーナの髪をグッと掴み、

「お前の目の前で、ジョー・ウルフを八つ裂きにしてやる。楽しみにしていろ」

「そんな、そんなことができるものですか! ジョーは、ジョーはビリオンス・ヒューマン……」

 カタリーナはそこまで言ってハッとして息を呑んだ。ビスドムは彼女の言葉に驚愕し、

「ビリオンス・ヒューマンだと? 奴は10億分の1の確率で生まれると言う、新人類の1人なのか?」

 カタリーナに問い質した。しかしカタリーナは顔を背けて何も言わなかった。ビスドムはニヤリとして、

「その話が本当だとすれば、殺しがいがあるというものだな」

と呟いた。


 ルイは中立領の宙域をジャーマンで進んでいた。彼は1人の従者も連れていない。彼についているだけでその身が危うくなる事を恐れ、全員信頼の置ける帝国の軍人に働き口を世話したのだ。

「それにしても、タイミングが良過ぎる」

 彼はケン・ナンジョーの出現を訝しんでいた。

( 罠か? だとすれば誰が? 奴が個人的に私に接触して来るはずがない。何者かが後ろにいるはずだ )

 ルイはトムラー反乱軍の事に思い当たらないまま、中立領の中枢に進んだ。


 その頃、ドミニークス三世は着々と帝国との戦争の準備を進めていた。

 数え切れない程の戦艦。ロボテクター隊の再編成。軍人の訓練強化。

 まさにドミニークス三世は、帝国に総力戦を挑もうとしていた。


 他方、エフスタビード家も、帝国打倒を果たすため、軍事力の増強を進めていた。

 ドミニークス軍に勝るとも劣らない戦力が、エフスタビード軍にはあった。

 

 そしてその2つの勢力を、影の宰相は同時に潰そうと画策しているのである。勝利はいずれの手に。それは宇宙の神のみぞ知る。

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