第15話 ベスドム・フレンチの挑戦
ベスドム・フレンチは、通信兵からの連絡を受けて愕然としていた。
「ドミニークス軍がこちらに向かっているだと?」
ベスドムは椅子から立ち上がり、
「詳細を調べろ。あの狸、今そんな余裕はないはずだというのに!」
「はっ!」
ベスドムは、ドミニークス軍がエフスタビードと帝国を相手にしていることを知っていたため、自国に攻め込んで来るとは夢にも思っていなかったのだ。
「ドミニークス軍が進撃中だと聞きました」
ビスドムがやって来た。ベスドムは椅子に座り直して、
「どうすればいいかな? 帝国に宣戦布告する場合ではなくなってしまったぞ」
「いえ、そんなことはありません。帝国と狸は同盟を結んでいるのです。帝国も動きます」
ビスドムは向かい合って座りながら意見した。
「そうなると、我々は2つの軍を相手にしなければならなくなる。それはまずい」
ベスドムは焦っていた。しかしビスドムは冷静な顔で、
「そうはなりませんよ。帝国とドミニークスは同盟を結んでいるとは言え、背中を向けられる程お互いを信用しているはずはないと思われます。それに私は正面切って戦うようなバカな戦略は立てません。必ず狸に一泡吹かせてやりますよ」
「そうか、わかった。お前に全軍を預ける。うまくやってくれ」
「はい」
ビスドムはニヤリとした。彼には秘策があったのである。
ドミニークス軍の新鋭戦艦「ラモンドール」は、砲門30、ミサイル孔20、レーダー網範囲周囲20万kmという、とてつもない戦艦である。その「ラモンドール」を中心に、総数500を超える大艦隊がフレンチ領を目指していた。
「フレンチ軍の第一警戒網です。機雷群のようです」
レーダー係が報告した。「ラモンドール」の艦長は、
「吹き飛ばせ」
と命令した。
「はっ!」
「ラモンドール」の全砲門が動き、前方の機雷群に向けられた。艦長は艦長席に深々と座って、
「狙い所を誤るなよ。一撃で殲滅せよ」
「了解しました!」
「ラモンドール」の全砲門が唸り、幾筋もの光束が機雷群に突き刺さった。機雷が次々に爆発し、周囲が明るくなった。
「両舷全速。針路、フレンチステーション」
ドミニークス軍の艦隊は、機雷群の残骸を後にした。
「ドミニークス軍の艦隊は、計画通り人工惑星域に向かって進軍中です」
ビスドムは通信兵の報告にフッと笑い、
「艦隊が人工惑星域の中心に到達すると同時に、作戦を開始する」
「はっ!」
「ラモンドール」の艦長は、周囲の人工惑星に何の動きも見られないのを不審に思い、
「人工惑星を調査せよ。罠の可能性がある」
しかし遅かった。すでに艦隊はビスドムの罠に嵌っていたのである。
「今だ。人工惑星を全て自爆させよ」
ビスドムはスクリーンを見ながら指示した。すぐに人工惑星は爆発を始め、ドミニークス軍の艦隊は爆雲の中に消えた。
「しまった、やはり罠だったのか! 各艦は個々に離脱!」
「ラモンドール」の艦長はそう指示したのだが、パニック状態に陥ってしまった艦隊は、味方同士で激突し、次々に爆発して行った。難を逃れたかに見えた艦も、その爆発に巻き込まれ、沈んで行った。
「何ということだ……」
「ラモンドール」の艦長は呆然としていた。結局艦隊は進軍前の50分の1、わずか10数隻に激減してしまったのだ。
「第一戦はこちらの負けだ。だがまだ我々には切り札がある。態勢を立て直せ。ロボテクター隊に連絡。先発してフレンチステーションに白兵戦を仕掛けさせろ」
「わかりました!」
ドミニークス軍の残存艦隊は、残骸をすり抜け、フレンチステーションがある星域に向かった。
「ドミニークス軍の残存艦隊がステーションに向かっております」
という報告を受けたビスドムは、
「連中はロボテクター隊を出して来るはずだ。軽身隊を出撃させよ」
「移動要塞」であるフレンチステーションから、無数の小型艇が発進し、「ラモンドール」に向かった。
「フレンチステーションから小型飛行物体が出ました」
「ロボテクター隊を出撃させろ。ラモンドールはハイパーキャノン発射のため、停止する」
艦長は艦長席から身を乗り出した。
「ロボテクター隊、敵と接触しました!」
艦長はスクリーンを睨んだ。
( まさか、軽身隊ではあるまいな…… )
艦長の予感は的中していた。
「ハイパーキャノンの展開を急がせよ。そして完了次第、ロボテクター隊を気にせずにフレンチステーションを砲撃」
艦長は非情な作戦に出る覚悟を決めていた。
( 相手が軽身隊ならば、ロボテクター隊は半滅は免れない。ならばそれを見越しての砲撃は必ず効果がある )
ロボテクター隊の乗る小型艇と、軽身隊の乗る小型艇の戦いは、圧倒的に軽身隊の小型艇が優位に立っていた。ロボテクター隊の小型艇はそもそも宇宙で戦うための仕様ではなく、移動手段に過ぎないのだ。白兵戦になれば優位に立てるが、宇宙戦では完全に不利だった。
「ロボテクター隊、苦戦しています」
「ハイパーキャノンはどうだ?」
「発射OKです。照準合わせます」
「了解。発射レバーを私の席に回せ」
「はっ!」
艦長席の肘掛けに発射レバーが現れた。
「戦争に勝つためだ、悪く思うな」
艦長はモニターに映るロボテクター隊を見て呟いた。
「発射!」
「ラモンドール」の艦底部に備えつけられた巨大な砲門が唸り、光束がフレンチステーションに向かった。
ロボテクター隊も軽身隊も、その多くが光束に巻き込まれて消し飛んだ。
やがて光束はステーションに達し、その全体を揺るがす爆発を引き起こした。
「やるな。しかしそう早く次の発射はできまい。戦いは先に切り札を使った者が負けるのだ」
ビストムは呟き、
「全砲門開け! 目標、敵主力艦! 雑魚には目もくれるな」
フレンチステーションの各部にある砲門が展開し、一斉に光束を放った。そしていくつものミサイルランチャーからミサイルが発射された。
「フレンチステーションの反撃が来ます!」
「迎撃ミサイル発射と同時に回避運動! ハイパーキャノンの充填を急がせよ!」
艦長は立ち上がって命令した。
「怯むな! 接近戦に持ち込み、白兵戦だ!」
ステーションに取り付ければ、必ず勝てる。艦長はそう考えていた。
「艦隊を出せ。敵艦をこれ以上近づかせるな!」
ビスドムは立ち上がって言った。その横で彼の指揮官ぶりを見ているベスドムは落ち着き払って座っていた。
「それより気になるのは、ジョー・ウルフ接近という情報だな」
ビスドムは父親の言葉に頷き、
「はい。ジョー・ウルフにはこのステーション内での接待が用意されています。ご心配なく」
「そうか……」
ベスドムはスクリーンに映る「ラモンドール」を見た。フレンチ軍の艦隊はラモンドールのみを狙い撃ちしていた。他のドミニークス軍の艦は、主力艦を守ろうと必死に反撃していた。
その時だった。いきなり横から閃光が走ったかと思うと、フレンチ軍の艦が一隻爆発した。ジョーのストラッグルだった。
「フレンチのバカ親子、聞こえるか? お誘いがあまり強引なんで、来てやったぜ!」
再びストラッグルが吠え、フレンチ軍の艦が爆発した。
「一体何があったのだ?」
「ラモンドール」の艦長は誰にともなく尋ねた。するとレーダー係が、
「ジョー・ウルフです。ジョー・ウルフが現れました」
「何? ジョー・ウルフだと?」
艦長はスクリーンに映るフレンチ軍艦隊の爆発を眺めた。
「よし、チャンスだ。ハイパーキャノンで、ジョー・ウルフも一緒に吹き飛ばしてしまえ!」
「了解です」
フレンチ軍の艦隊は、ジョーの小型艇に攻撃を仕掛けたが、相手が小さ過ぎて、全く当たらなかった。
「そんなでかい図体の奴にやられるかよ」
ジョーは宇宙服姿で銃座に座っていた。
ストラッグルがまた吠え、艦が爆発した。
「むっ?」
ジョーはコンピュータがアラームを鳴らしたので、モニターを見た。
「何だ、この高エネルギー反応は?」
ジョーは「ラモンドール」のハイパーキャノンに気づいた。
「狸の軍の艦か……。でかい砲塔を着けてるな」
ジョーは小型艇を「ラモンドール」に向かわせた。
「ジョー・ウルフ、接近して来ます!」
「ハイパーキャノン、発射!」
ハイパーキャノンが発射された。ジョーの小型艇は素早くこれをかわし、「ラモンドール」に迫った。フレンチ軍の艦隊はこれをまともに喰らい、全滅してしまった。
「ジョー・ウルフめ、妙な時に現れおって! 軽身隊、ジョー・ウルフを捕えよ。どんな犠牲を払ってもだ!」
ビスドムは怒鳴った。
「ジョー・ウルフが!」
部下達が慌てふためくのを見て、艦長は、
「狼狽えるな、愚か者。たかがジョー・ウルフ1人に、このラモンドールがやられるものか! ロボテクター隊を各ブロックに配備しろ。奴は突入して来るはずだ!」
と命令した。
「反撃しないのか? 俺を待っているってことか?」
ジョーは銃座を格納し、操縦席に戻った。
「それならお望み通りにしてやろうじゃねえか」
ジョーの小型艇は、真っ直ぐ「ラモンドール」のブリッジに向かった。
「ジョー・ウルフはここに向かっています!」
レーダー係が叫んだ。艦長は立ち上がって、
「総員宇宙服着用。ジョー・ウルフの抹殺に全力を注げ!」
「ジョー・ウルフの小型艇の後方に軽身隊の小型艇が……」
「何!?」
艦長は驚いてスクリーンを見た。ジョーの小型艇はグングン接近して来ている。その後ろに軽身隊の小型艇が見え隠れしながら、ミサイルを放ったのが見えた。
「全速降下! ミサイルをかわせ!」
「ラモンドール」は、その大きさからは想像できない程の俊敏さで降下した。ジョーは自分の横や下をミサイルがすり抜けて行くのを見て振り向いた。
「軽身隊め、俺を爆発に巻き込もうっていうのか?」
しかし 「ラモンドール」はかろうじてミサイルをかわし、さらに急上昇して来た。ジョーはこれに気づいて銃座を出し、
「終わりだ!」
ストラッグルを構えた。
「おおっ!」
艦長はジョーの小型艇が肉眼で確認できる距離まで近づいてしまっている事に気づいた。
「甲板砲塔、何をしている!? ジョー・ウルフを撃ち落とせ!」
しかし砲塔が動くより早く、ブリッジはストラッグルの光束に貫かれていた。艦長は炎の中に倒れていた。
「ジョー・ウルフめ……。奴は本当に人間なのか……」
「ラモンドール」に亀裂が走った。ジョーは脱出しようとしたが、軽身隊の小型艇に行く手を阻まれた。
「こいつら、この艦と心中するつもりか?」
「ラモンドール」のブリッジが爆発し、甲板の砲塔も火を噴き始めた。ジョーの小型艇と軽身隊の小型艇は炎の真っ只中にいた。
「こんな連中と心中なんて無粋な話はごめんだぜ」
ジョーは銃座を格納し、操縦席に着いた。軽身隊が攻撃を仕掛けて来た。
「ヤロウ、どけ!」
ジョーは巧みに攻撃をかわし、軽身隊の小型艇の間をすり抜けた。
「逃がすな! 何としても捕えろ!」
軽身隊の隊長の声が通信機から響いた。隊員達は操縦桿を握りしめ、ジョーを追った。
その瞬間、ついに「ラモンドール」が爆発した。軽身隊の小型艇も、ジョーの小型艇も、爆圧に煽られて大きく揺れた。
「何とか抜け出せたか」
ジョーは一気にその場を離れた。
「ジョー・ウルフはもういい。しばらく放っておけ。今は狸が仕掛けて来る時を考えた方がいい」
ビスドムは言った。
一方「ラモンドール」撃沈の報告を受けたドミニークス三世は、
「フレンチがジョー・ウルフ獲得を一時諦めたのなら、これ以上フレンチに関わる必要はない。帝国攻略に集中しろ」
「はっ!」
ドミニークス三世は側近が退室すると、
「ジョー・ウルフが暴れてくれたおかげで、フレンチの脅威が多少なりとも緩和されたようだ」
と呟いた。