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人はこれをや恋といふらむ  作者: 寿すばる
3/3

人はこれをや恋といふらむ

これで最終頁です!


超短編ですが楽しんでいただけたら幸いです♪



 ……女子トイレ呼び出しなんてドラマとかでしか見たことなかったのに、まさか自分がされるとは。

 でも私、伊達に長年ぼっちやってないよ。囲まれたって怖くないし、今なら誰かがいじめられてるのを見過ごしたりしない。そう、自分自身も。

 怖いというより、この状況が嘘っぽくて、なんかもう可笑しくなってくる。みんな怖い顔で睨んできてるのに、笑っちゃいそう。


「何なの? いまの。ってかここんとこずっと喋ってるよね」

「あのさ、まさかとは思うけど、吉本さんってなぎゅのこと好きじゃないよね?」


 ここで好き、って言ったらどうなるんだろ。笑われるだろうな。うん、きっと笑われる。でもなんか一刻も早くこの空気を壊したい。

 私どうかしてるのかな。恥ずかしいとか、そういう普通の感情が出てくるかわりに、もうぐちゃぐちゃにしたい衝動に駆られた。


「……だったらどうするの?」


 私がそう答えた瞬間のみんなの顔、絶叫マシーンの最後で撮られる写真みたいに貼りだしてやりたいと思った。それくらい目をまんまるにして、頬を真っ赤にして、口も半開きで、すごい表情だった。


「きゃはははは! うっそでしょ、まさかと思ってきいたのに! ウケんですけど!」

「はぁーアタマ大丈夫? 勉強しすぎでそうゆう距離感みたいのが逆にわかんなくなっちゃったの?」

「気持ちはわかるよ、うん、かっこいいもんねぇ。でもあんたじゃねぇ」


 一瞬の沈黙のあと、揃いも揃って大爆笑。これにはちょっとカチンときたけど、うん、想定内。


「あんたなんか告白したって無駄だからね」


 ウチの学校の女子の間にはなぎゅさ協定みたいなものが暗黙としてある。みんなのなぎゅさっていう感じでぬけがけ禁止というか。

 だけどそれはたぶん、いま私に低い声で言い放ったこの子がいるせいなんだ。


 一言でいうと女子版なぎゅ、ってとこ。

 美人で、読モやってて、頭も良くて、割とお金持ちで、そう、プライドが高い。普通ならこんな地元の子しか入らないような公立高にはいない部類のはずなんだけど、その理由は不明。

 とにかく男子からはモテモテ、女子には芸能人のサイン、予約で何か月待ちとかの人気スイーツとか、そんなコネアイテムをばら撒いて、姫、なんて呼ばれてる。


 彼女も、その周りにいる子たちも、何が楽しいんだか。


 で、そのお姫様がなぎゅさを好きになったと。だ

 から他の女子は彼女を押しのけてまで十中八九フラれるってリスクのある人に告白なんかできなくて、じゃあ彼女がまず告白すればいいのに、ってハタから見て思うんだけど、もし万が一フラれたら彼女のプライドが許さないだろうなぁっていう図式。


 そうか。


 その彼女たちからしてみれば、私はそのしがらみの中にいないから、だから気になるんだ。

 私が告白してもどうせフラれるだろうけど、あたしたちはその告白すらできないのよ、みたいな? それとも万が一にもなぎゅさがOKなんかしちゃったら、って思ってるのかな。



「私、自分のことぐらいわかってるから。告白なんかしないよ。だから安心して」

「なっ! なんであんたなんかに不安になんなきゃいけないの! 好きにしなよ! バッカじゃないの! どうせ振られて傷付くだけなんだからね!」


 完全に図星つかれた反応。バカみたいなのはどっちよって感じ。

 でも……改めて言われるとズキンとくる。どうせフラれて傷付くだけ、か。そうだよね、その通りだと思うよ。


 バタバタとトイレから出ていく彼女たちを見送って、ふう、と一息。

 キシキシと古びた音がする蛇口をひねると、クールダウンにうってつけな真冬の水。軽く腕を捲ってそれを両手で掬い、パシパシっと顔をたたいた。



 それから私は相変わらずのなぎゅさに今まで以上のそっけなさで接することにした。

 女子たちにまた何か言われるのも面倒だし、やっぱりいっそ嫌われてしまったほうが気が楽だと思ったから。

 彼と話すのは嬉しいし楽しいけど、恋なんて私に必要ない。


 もうすぐクリスマス。街中が楽しげに彩られて、商店街でも軽快な音楽に合わせてサンタたちが笑顔を振りまいてる。

 私には恋人と過ごすクリスマスは無縁だけど、この時期が好き。街はキラキラ賑やかで、ファミレスやケーキ屋さんの特別メニューも可愛いから。

 だけどそんな少し浮足立った日常に小さな事件が起きた。


 姫がなぎゅさに告白して、フラれた。

 私がそれを知ったのは、左頬に彼女の平手が飛んできた後だった。


「姫、なぎゅにトイレで女の子いじめる子とは付き合えないって言われたんだよ! なにチクってんの!」


 きつく唇を結んで涙目で私を睨む彼女の横から、あのとき一緒にいた子が私に言ってきた。


「チクってなんかないよ」

「嘘! じゃあなんでそんなことなぎゅが知ってるの!」


 ていうか、あれだけ大声で笑ってたら、トイレの外まで聞こえてても不思議じゃないよ。そこに本人がいたか、誰かから聞いたんじゃないの、って思ったけど。


「……知らないよ。私たち勉強の話しかしないし」

「ちょっと!」

「知らないってば。それとも、叩かれた、って、先生に言ってきていい?」


 くっ、と言葉に詰まる彼女たちを横目に、私は日常に戻ることにした。

 だけど彼女たちの、しかもなぎゅ、好きな子いるって、なんて声が聞こえて心臓が大きく飛び跳ねた。そっか、好きな子、やっぱいるんだ……


 姫のあの泣きはらした真っ赤な目、恋する女の子だった。

 そう思うとなんだか少し可哀そうな気もしたり、好きな子がいるなら私も彼女と同じなんだよな、って勝手に同志みたいな気持ちになった。


 結局、どんなにそっけなくしても彼を嫌いになれなかったし、彼も私を嫌いにはならないみたい。期待してたわけじゃないけど、好きな子いるってわかるとこんなにもズキズキするんだ、って思い知った。


 その日は授業も全然頭に入ってこなかったし、夜も眠れなかった。

 枕元の写真の中で、10年前の小さな私が笑ってた。


「ぎゅうちゃん……」


 幼い記憶は朧げで、まだサンタさんを信じてたあの頃のクリスマスにうちへやってきたハムスターのことも、断片的にしか思い出せない。


 ぎゅうちゃん、って名前は、まだ上手く喋れなかった私が可愛いくて抱きしめることを「ぎゅう~」って言ってたのを両親が名前にしたものだった。


「ぎゅうちゃん、ぎゅうちゃん、ぎゅうちゃん……」


 恋が実らない悲しさと、思い出がどんどん薄れていく悲しさで、この日私は泣きながらいつの間にか眠っていた。


 何日経ったか、あれ以来すっかり色が消えたクリスマスも土日で終わった感の月曜日が終わろうとしている。


 日直仕事で後ろの黒板に描かれたツリーのチョークアートを消しながら、本当は今日が25日なのに、今日まではクリスマスなのにな、と妙に淋しくなる。

 ただでさえ憂鬱な月曜日なのに、とため息をつくと、ひとりきりの教室はとても広く感じた。


「よ、し、も、と」


 聞きなれた声がして振りむくと、ノートをひらつかせて彼がドアによりかかっていた。


「もしかしてまた和歌?」

「おう」



『きみにより 思ひならひぬ世の中の 人はこれをや恋といふらむ』



 やっぱり。


 和歌といったらこんな恋の歌ばっかり。他にもいろんなのあるのに。もしかして、私の気持ち気付かれてる? やっぱり本当にからかって面白がってるのかな。


 なんか……もう涙出そうだよ。


「これはね、あなたが私に世間でいう恋というものを教えてくれたんですよ、って告白みたいな歌だよ」

「……なあ、お前さ、鈍いの? それともわざとはぐらかしてからかってるの? お前のこと好きだ、って、何度も言ってんだけど」

「う、そ」


 予想外すぎて、なんて言っていいのかわからない。

 なんで私? どこが? なんで? 好きな子いるって言ってたじゃん?

 頭の中が疑問符でいっぱいになる。


「え、と、からかってなんかなくて、むしろ私がからかわれてるのかとっ」


 カミカミでなんとか返してみたけど、やっぱり現実が受け止めきれない。

 今日ってエイプリルフールじゃないよね? ドッキリとかでもないよね?


「おいぃぃ。鈍すぎかよ! 気付けよ、クリスマス終わっちゃうだろ、マキちゃん」

「あ、その呼び方……」


 一緒に下校してた頃の呼び方だ。すっかり忘れてた。そして私は……うん、これならきっと言える。


「わ、私も、ぎゅうちゃんが好き」

「ばっか。渚だ俺は」


 そう言って私の髪をくしゃくしゃって掻きまわした大きな手が、すごく、熱かった。

 信じられないけど、こんなの、クリスマスの奇跡だよ。


「だけど、なんで私なの?」


 その熱い手から、本当にあったかい気持ちが伝わってきてすごく嬉しくなった。

 同時に、少し気持ちが落ち着いて、最初の疑問が沸き上がる。だから、思い切って訊いてみた。


「だって、変わらなかったの、お前だけだから」

「え?」

「昔も優しくて好きだと思ってた。でもそれが恋愛感情かって言われるとわかんねーけど、痩せてから周りが手のひら返したみてーになってたから、ガワだけに寄ってくるヤツとかもううんざりなんだよ」


 イケメンにはイケメンの悩みがあるんだ……うん、でもすごくわかる気がするよ。

 みんな本当に態度ひっくり返ってたもんね。


 「だから俺がどんなでも変わらないお前が好きだ。……もうあんまり言わせんな」

 

 そう言って横を向いた彼の顔は真っ赤で、私よりうんと立派で大きな体の男の人が照れてる姿に、1000年前のますらおが恋に狼狽える様子を重ねた。

 

 そうなんだ、これが、恋、なんだね。


「ありがとう。私、すごく嬉しい。私も……渚が大好きです!」


 この日、二人で久しぶりに遊歩道を歩きながら帰って、なぎゅさのぎゅ、が、ハムスターのぎゅうちゃんのぎゅ、だったってことを教えてもらった。


 よく考えたら、今日ってぎゅうちゃんが来た日と同じ日なんだ。

 忘れられないクリスマスの思い出が、またひとつ……




END



読んでくださりありがとうございます!



たちまちクライマックス!胸キュン賞、入賞できたらいいなぁ

応援よろしくお願いします(≧∇≦)


ご感想、アドバイス、古典好きさんからのダメ出し(←ドキドキ……)などなど、なんでもいいので絡んでくれたら喜びます!


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