くだけてものを思ふころかな
続きです。お納めくださいm(__)m
…………彼と初めて会ったのは小学校の入学式のあと。
近いエリアに住んでる子で班を組んで登下校するために集められた中に、彼がいた。
ぽっちゃりして、色白で、ハーフっぽいアニメみたいな目鼻立ちの小動物的な可愛いさと、淡い茶色の柔らかそうな髪が当時死んじゃったばっかりのハムスターにそっくりで、ある意味じゃ一目惚れなんだけど、異性を意識するっていうよりいわゆるペットロスの延長線上だったんだと思う。
桜の花びらが彼のゆるい巻き毛にたくさんひっかかってて、それを一生懸命つまんで取ってあげたのを憶えてる。
彼はすごくおとなしくて、なにを血迷ったか私がハムスターの名前で呼びたいなんて言っちゃったものをすんなりとOKしてくれるような子だった。
私はその頃から既に内向的で、幼稚園でも絵本とお絵描き、動物の世話が大好きな友達ナシ子だったけど、彼のことは自分のハムスターが人間になったみたいで気軽に話すことができた。
彼が周囲から浮いてることには割とすぐに気がついてたと思う。最初のほうは子供らしい、みんなと同じじゃない姿かたちへの違和感くらいの程度。
へーんなの、みたいな。でも、太ってることへの嫌悪が強くなる年頃になってそれがどんどんエスカレートしてってた。
私は、彼と話すことはやめなかったけど、その状況を咎めることも、先生に伝えることもできなかった。ハブられるような友達も最初からいなかったし、何に怯えてたのか自分でもよくわからないけど、とても臆病だった。
もうその頃くらいになると、イチャイチャしてるとか囃したてられるのが気まずくて、だんだん話さなくなってたけど、帰り道で二人になってから話すのは楽しかった。
そうだ。漢字のしりとりとか、詩の暗唱、元素記号とか歴史の年号クイズ、そんなこともしてた。やっぱり彼、頭良かったんだと思う。
そんな時間が、いつしかハムスターの代わりなんかじゃなくって、倉持渚そのものとして大切になってるって気がついて、ああ、私は彼のことが好きなんだってわかった。
でも、そんなときに彼が転校するって知って。本当にショックだったけど、結局なにも伝えられなくてお別れした。
だから、もう一度会えるなんて思ってなかったから、本当は、ちゃんと好きって言いたい。こんなそっけない態度じゃなくって、勉強の話ばっかりじゃなくって、女の子として接したい。
でも相手は今や海外にもファンがいる人気モデル。そりゃ無理だよってなる。
自分のことはわかってるつもりだから。
冴えない見た目な上、人見知りで友達もいなくてガリ勉で、本ばっかり読んでる地味な女子。そんな子に告白なんかされたら、彼だって困るよね。
私とは友達みたいなところはあるから、きっと酷いフリ方とかはしないと思う。噂でも来るもの拒まずじゃなくて、今は誰とも付き合ったりしてないみたいだし。
他の学校の子が告白したときも、振られたけど優しかった、って、聞いたことある。
「よーしもとぉ」
子供の頃のことをボーっと思い出してたら、彼の声がいきなり頭の上から降ってきた。
「うやあっ」
私はびっくりして、飛び上がった拍子に芸人みたいなオーバーリアクションで椅子から落ちてしまった。
「驚きすぎー♪さすが吉本、芸人並のリアクション頂きましたっ。つかどっから声でてんの、面白すぎだから。あはは」
彼はごく自然に軽々と片腕で私を支えながら愉快そうに笑った。背が高いぶん、腕も長くて、胸も広くて、おっきい……。
どうしよう。
超近い。
顔を上げたら、彼の顔があるってわかる。
背中を支えてる腕、脇まで届いてるから胸に指先が触れそうで恥ずかしい。
すごいドキドキしてる。
体が熱い。
周りの音が遠ざかる。
その上、
「(大丈夫かよ)」
こんなにもうテンパってるのに、耳元でこんなこと囁かれた!
普通に話してるときとぜんぜん違う、甘くて柔らかくて、綿菓子みたいな、マシュマロみたいな声。
無理無理!ごめんホント無理!私、免疫ないので!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!
「だっ、大丈夫っ!ありがとっ」
どうしようもなくこの上もなくたまらなく恥ずかしくて彼の胸をぐっ、と両手で押し返して、だけど平静を装って席についた。でもやばいよ、こんなドキドキしてる。どうか気付かれていませんように!
「……おう、じゃ今日もコレ訳してよ」
『風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ くだけてものを 思ふころかな』
ひょい、と差し出してきたノートには、今度は百人一首。良かった。気付かれてないみたい。久しぶりに例の古文現代語訳依頼だ。そしてまたしても恋の歌。だけど最初のときほど驚かないで済んだ。
でも、さっきの出来事でまだドキドキしてる……。鎮まれ私の心臓。
「うんとね……簡単に言うと、つれない女性に当たって波みたいに砕けちゃって、思い悩んでますよ、って感じかな」
「へぇー、しげゆき、女に振られたのかぁ」
「ぷっ、しげゆきって。友達みたい」
「知んねーけど、昔の奴も俺らと同じで恋してたんだなーとか思うとさ、なんかダチっぽい気分じゃね」
1000年も昔の、しかも歌なんか詠んじゃうくらいのセレブに親近感を抱く彼の素直さというか、垣根のなさに思わず「カワイイ」とか思ってしまって、焦る。
そのドキドキを隠すために、わざとノリの悪い返事をした。
「ふーん。そういうもの?」
「こう、なんていうの? 当たって砕けるのはやっぱキッツイよなーってさ。特に俺みたいなますらおはさ、告られることには慣れてっけど告る方はなぁ」
「自分で告られ慣れてるって言えちゃうくらいなのに何言ってんの。だいたい倉持君、恋、してるの? 誰とも付き合わないって噂じゃん」
誰かに告る予定があるの? って焦って思わず訊いてしまった。自分のこと、ますらお、って。こないだから気に入ってるみたいだけど、けらけらと笑いながらこんなことを言えるようになっちゃってる彼は、やっぱり昔の彼とは別人なんじゃないかなって思う。
「どうだと思う?」
あ……質問返し。どきっとした。バレてないかな。
上から見られてるのに、くっ、と顎を引いた上目遣い。心を射抜くみたいなストレートな眼差しに、息が止まりそうだった。
こんな顔で告白されて、断る子なんかいないよ。
天下のなぎゅ様が当たって砕けちゃうなんて、あり得ないでしょ。
「えっ、と……」
「なーんてな、あはは! さんきゅー。またな」
てか私、もしかしてからかわれてる? ほんっと、サイッテー。
あんなやつ、当たって砕けてしまえ! 砕け散ってしまええぇぇ!
「吉本さん、ちょっといい?」
……はあ。
一難去ってなんとやら、ですか。
頬に当たる風の冷たさがキレを増して来てるけど、そんなのよりずっと、今、目の前にいる女子たちの鋭い目のほうが冷たくて身が切り裂けそう……。
読んでくださりありがとうございます!
あと1話更新で完結!のあと少し加筆したりすると思います
応援よろしくお願いします(≧∇≦)