第09話 打って反省、打たれて感謝
第02節 魔王国から来た少女〔3/3〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
魔王国のメイド、ソニアさん。
彼女があたしたちと行動を共にすることになるという。
あたしたちには秘密が多く、一応敵対している魔王国側にそれを悟られたくはないから、日常から行動を共にするのは、あまり歓迎したくない。それにエリスのこともある。彼女の異常性を含め、いつまでも隠し通すことは出来ないだろうけれど、どのタイミングでどういう風に紹介するか。
けど、はっきり言って先方はあたしらのことを敵と見ていない。敵と目するだけの脅威と認識していない。それが、腹立たしい。
「ソニアさん。同行してくれるのは有り難いけれど、お互い隠し事もあると思う。
探り合いや相互監視なんてことはしたくないから、ちゃんと一線を引いたルールを設けるべきだと思うけど、どうだろう?」
飯塚が言う。確かに、それが無難でしょう。
「おっしゃる通りと思います。私が最初にすべきことは皆様との間に信用を築くことであって、それを強要することではありませんから。
皆様の定宿はどちらですか? 同じ宿に、私は個室を取りたいと思います」
「俺たちの定宿は『青い鈴』だ。ならあとの詳しいことは、宿に入ってからにするか?」
けど、あたしはもう一つ、確認したいこともある。
「その前に。ソニアさん。貴女の得意な武器は? まさかその手に持つ箒で戦う訳ではないのでしょう?」
「否、この箒が主武器です。勿論、戦況に応じて穂先を交換しますが。あとは、隠し武器として投げナイフがあります」
「……箒で戦う、か。ちょっと想像出来ないんで、良かったら立ち会ってもらえないだろうか?」
「構いません。貴女様の武器は?」
「あたしの名前はシズ。武器は大弓と薙刀だ」
「薙刀ですか。私の武術の師も薙刀を使っていました。ではそれで。
ギルドマスター、練武場をお借り出来ますか?」
「構わない。が、その試合は俺も見たいな。使用料は俺が持つ。公開試合とさせてくれ」
「わかりました」
そして場を移し。
「〝大弓使い〟が薙刀で、新入りと試合うんだって?」
「あの新入り、銀札だって話だぜ?」
「本当かよ。だが、どの程度戦えるんだ?」
「というか〝大弓使い〟が弓無しで、ってハンデ戦かよ?」
あっという間に観客が。
ともかく、あたしは薙刀の鞘の上から更に布を巻き、怪我をしないようにする。
ソニアさんは、あたしの薙刀を見て少々驚いたような顔をしたのちに、その箒からワンアクションで穂を外し、金属製のキャップのようなものを同じくワンアクションで接続。そして同じようにその上に布を巻いた。
「あれ、QD? あの機巧自体も場違いな工芸品ですよ?」
武田の言葉。『エンデバー号』を建造した国の技術、と考えれば、今更驚くに値しない。
準備を済ませたあたしたちは、練武場の中央に進み出た。
「では、宜しくお願いします」
「宜しくお願いします」
試合の前に、礼を交わす。この世界では初めてのことのはずなのに、ソニアさんにとっては当たり前のことのようだ。
そして、開始の合図はギルドマスター。
「はじめ!」
◇◆◇ ◆◇◆
数合打ち、理解した。彼女の業の原型は正統派の棒術、否、警杖術の流れを汲む「杖道」。現代日本武道の一、「剣道」「居合道」と並ぶ〝三道〟のひとつだ。
おそらく、師範は免状持ちじゃないだろう。書物に書かれたその理念と理論を、肉体的運動能力と感性で再現した疑似流派。伝えられなければならない、けれど書物になどは記せない(門外不出、という意味ではなく、言葉では伝わらない、という意味)、その思想は正しく伝承されたとは言えない状況のようだ。
この世界の武、として考えれば、それで良いのかもしれない。けれど。
武道家としての、欲が出た。
距離を取り、持ち方を変えた。薙刀道の構えから、杖道の構えに。
敵を制する為の武術ではなく、競い合うことを通じてお互いに高め合う為の武道。
「打って反省、打たれて感謝」という、武術とは違う日本武道特有の思想を、この試合で示そう。
ソニアさんの打ち込みを、型で流し、返す。
中途半端な打ち込みなら、迅い返しで。
また受け太刀に隙があれば、型通りに打ち込む。
刃先は鞘で包み、更に布を巻いてあるから、怪我の心配はない。打たれても死ぬ心配はないからこそ、己の未熟を学べる。それでも怪我をさせるのなら? 或いは型を崩さないと打ち込めないのなら? それは打ち込むあたしの業が未熟だからだ。
そして何本か打ち込み、ソニアさんが膝をついたところで、あたしは薙刀を立てその石突を床に付け、試合終了を示した。
「有り難うございます。何というか、凄く勉強になりました。
でも、どうしてわざわざ棒術の業で立ち合ってくださったのですか? あのまま薙刀術の業でも圧倒出来たと思いますけど」
「ソニアさんという人のことを、知りたかったから、かな? あと、多分、ソニアさんの先生も知らないことを、教えてあげたかったから」
「この短い時間で、これまでの10年を超える学びがあったような気がします。
あの。その薙刀、『鵺』ですよね?」
「『鵺』?」
「違う、訳ありませんよね。お師匠様が持っていたのを見たことがあります。その日緋色の輝き、見間違えるはずがありません」
「……ごめんなさい。この薙刀については、ちょっとこの場では」
「あ、そうですね。失礼しました」
この薙刀は、エリスに貰った物。エリスのお母さんの使っていた物だと言っていた。
そしてそれが、ソニアさんのお師匠様が持っていたという事は。
……ソニアさんのお師匠様が、エリスのお母さんだという事?
ただでさえ正体不明の、エリスの素性が更にわからなくなったような気がするわ。
そんな、エリスの正体に思考を巡らしていたら。
「二人とも、見事だった。
試合としてはシズの勝ちだが、ソニアの実力もここにいる全員が認めるだろう。
けど、少し気になることがある。
その、棒の業。だがそれでは、実戦での制圧力に欠けるんじゃないか?」
ギルマスが、ソニアさんに問いかけた。
「穂先は交換可能です。例えば……」
そう言って、幾つかの穂先のバリエーションを披露してくれた。
槍の穂先や、斧の穂先。所謂方天画戟のような穂先。また、ブラシやモップ、高枝切バサミの穂先もあった。
確かに長柄武器は携行性に難がある。けど、目的に応じて穂先を変えるというのは、面白いのかもしれない。
その穂先の交換も、ワンタッチで外せるけれど、嵌めたあとそのリングを回してロックすることで、接合部の補強もしているのだとか。
それを見て。先日ハンマーヘッドを喪失してしまった柏木が、何かを思いついたような表情をしていた。
(2,912文字:2018/02/07初稿 2018/09/01投稿予約 2018/10/10 03:00掲載予定)
・ 杖道の試合は、演武の型(寸止め)で評価され、剣道のように打ち合うモノではありません。なお、杖道の「構え」は、薙刀道の「構え」と酷似しており、素人が初見で見分けることは不可能かと。
・ ソニアさんのお師匠様は、魔王陛下の王妃の一人と目される人(?)物。いつもは遊んでいるけど、時たま後進の指導に精を出すようで。
・ ソニアさんの「箒の穂先」のバリエーションは、当然それ単体でも使えます。例えば槍の穂先を、そのまま小ぶりなナイフとして使う事も。また、柄の部分の交換パーツもあります。