第08話 異国の文化
第02節 魔王国から来た少女〔2/3〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
「メイドさん、キタ━━━(゜∀゜).━━━!!!」
台詞の後で、AAが踊っていそうな勢いで、武田が興奮している。
「五月蠅い、黙れ」
松村さんがお冠だが、さすがにフォロー不可能。つぅか空気を読んで欲しい。
「〝メイド〟?」
ギルマスが、理解出来ない言葉を聞いたとばかりに首を傾げる。久しぶりの異世界語だ、説明をしないと。と思っていたら。
「私の国で、専門教育を受けて正規の資格を取得した女使用人は、〝メイド〟と呼ばれます。下から、『I種メイド』、『II種メイド』、『特種メイド』とランク分けをされており、私はそのうちの『特種メイド』です。
また、それぞれの専門によりハウスメイドやキッチンメイド、レディースメイド、その他の区分もありますけれど。その区分に従えば、私は万能メイドに該当します」
異世界用語のはずなのに、このメイドさんの出身地では公用語になっている。
というか、それを公用語にする国。つまりこの娘は。
「彼女の紹介の前に、済ませなきゃならないことがあったな。
お前たちの、マキア出征依頼の精算だ。
第一に、お前たちは銅札に昇格となる」
「どういう事情でしょうか? 俺たちは、ギルドが指定した試験の受験を拒否しています。そして特例が適用される状況とも思えませんが」
「出征依頼を請け、生還した。それで充分だ。お目付け役がいなかったから、お前たちが実際に人を殺す事が出来たのかどうかは不明だが、戦場で生き残り、且つ生還出来た以上、常識で考えれば何人かの敵兵を斬り捨てているはずだ。そして、その環境で一人も殺さずに生還出来たというのであれば、敵を殺さずしかし自分と仲間の安全を確保出来るだけの技量があったという事。どちらにしても、銅札の基準を余裕でクリアしていると評価出来る。
またお前たちが部隊の後方で震えていたんじゃない、ってことは、既に報告が来ている。ロウレス攻城戦では最前線を護衛無しで駆け抜けて勝利のきっかけを作り、ドレイクの飛竜による襲撃に際しては殿軍を守り多くの兵が退避する時間を作った。もし勝ち戦なら、功第一等は間違いなくお前らだろうし、負け戦になった現状でも、お前たちの功績だけは否定出来ない。
他の生存者にその功を讃える対象がいない分、むしろ宣伝の為に大々的に持ち上げてくるかもしれないな」
「それは、あまり嬉しくありませんね」
「そうだな。だから、お前たちの存在は、俺の立場で利用させてもらう。
俺の名で、お前たちの情報を可能な限り貴族どもから遮断する。
そうすれば、お前たちと接触したい貴族たちは、旧弊を無視して俺との関係を改善する必要が出てくる、って訳だ」
つまり、ギルマスが俺たちの立場を守ることで、俺たちは静かな冒険者生活を送る事が出来、一方でギルマスはこじれた貴族たちとの関係を改善出来る、と。
利用されているのは事実だけど、こういう利用のされ方は厭じゃない。ただ、当然ながら貴族とギルマスが一定の和解を済ませたら、俺たちは貴族の依頼を請けざるを得なくなるかもしれないけれど。
「そして報酬だが、当然ながら銅札ベースで計算される。増員加算は4人分だ。また今回の場合、生還報奨金も加算される。結構な額になるな」
実際、出征依頼は報酬だけ見ると美味しい。クエスト報酬自体が鉄札の一般的なクエストの10倍を超える。それに増員加算が付く。更に参加者全員に、日当が支払われる。この場合、モビレアに帰還するまでの100日間が、日当の対象となるのだ。日当はそれほど高くはないが、それだけでもかなりの額に達する。一気に左団扇になりそうだ。この出征で破損した武具の代替品の購入と、鎧の注文で全部吹っ飛びそうだけど。
「で、だ。銅札となるお前ら【縁辿】に、彼女を随行させてほしい。彼女の名は、ソニア。こう見えても銀札の冒険者だ」
銀札。それはつまり、貴族から直接依頼を請ける事が出来る立場の冒険者、という事だ。確か、銅札からの昇格試験の内容は、礼儀作法。
「拒否権は、無い、という事ですね?」
「否、拒否してくれても構わない。それでどうこういうつもりはない。ただ……」
「魔王国のメイドさんを拒否するという事が、〝魔王〟の心証を害するかもしれない、と」
「身も蓋もない言い方だが、そう思ってくれて構わない。〝アイツ〟は臆面もなく、お前たちの中に密偵を送り込みたいなんて言っていたけどな」
……密偵。そう言えば、まぁ聞こえはいい。
「心配だから保護者たり得る人材を送り込んだ」。そう言われるよりは。
何にしても、これが現実。俺たちは〝魔王〟に敵対するどころか、〝魔王〟に保護されている立場。確かにこの現状では、いつまで経っても〝魔王〟には届かないだろう。
「わかりました。ソニアさん、ご一緒してください。
でも、ソニアさんは何が出来るのですか?」
「万能メイドですから、女使用人に求められるおおよそ全ての事が出来ると思ってもらって間違いありません。
戦闘から身の回りの世話まで、何でも熟して見せましょう」
「夜伽も?」
「夜伽は駄目!」
武田のツッコミに、美奈が激しく反応した。
「我が国では、夜伽は女性の側に拒否権と実行権があります。
我が国は、難民となった者たちが作った国です。労働者世代の男性は、妻子の安全の為にその身を礎としました。
だから、不均衡な男女比を前提に国家を成立させる為に、女性の社会進出並びに、重婚や婚外出産が奨励されるようになったのです。
それに伴い、〝夜這い〟という文化も生まれました」
「夜這い?」
「はい。これは女性が男性の寝室に忍び、その胤を戴くことを言います。
勿論これには厳格なルールがあり、まず男性側から女性を夜這うことは、禁止されています。仮令夫婦間であれ、訴えられたら性暴力と認定されます。
また夜這う側も、ドアや窓を破壊したり、ピッキングに類する非合法的手段を用いて男性の寝室に忍び込んだりすることは許されません。だから男性側は、それを拒む場合はしっかりと施錠をし、或いは特定の女性に対してのみそれを許すのであれば、その女性に合いカギを渡すなどとすることになっています。
そして、夜這いの結果生まれた子供は、その相手となった男性の嫡子として認知を求めてはならないことになっています。あくまでも夜這いをした女性の子供に過ぎません。
だから、我が国では王位継承権を持たず公式にはそうと認められない国王陛下の御子の数は、10人とも20人とも言われています」
国ごとに文化は違うというけれど。
(2,971文字:2018/02/06初稿 2018/09/01投稿予約 2018/10/08 03:00掲載予定)
・ クエスト報酬に関し、具体的な数字を出すと。
○ 木札の報酬は銀貨5枚~銀貨50枚程度(個人)
○ 鉄札の報酬は銀貨10枚~金貨10枚程度(個人またはパーティ単位)
○ 銅札の報酬は金貨5枚~100枚程度(パーティ単位)
木札は一日に複数のクエストを請けられるものもあります。一方銅札は複数日を要するクエストが前提の為、成果報酬の他に日当があり、日当は一人あたり銀貨50枚~120枚、という感じです(鉄札以下のクエストには日当はない。また銅札のクエストにも、日当が設定されていないモノもある)。
銀貨100枚が金貨1枚、日本円でおおよそ10,000円程度と換算出来ますが、物価が違い、価値基準が違います(たとえば衣服。鹿革のコートは麻の外套より安い)ので、日本円換算では通じない部分もありますが、銀貨5枚程度が一般市民家庭の(倹約した)一日分の生活費で、銀貨20枚あれば木賃宿の宿代プラス食事代程度にはなります。言い換えれば、「銅貨」は一般市民が日常で使うお金、「銀貨」は一般市民が一日に働いて得られるお金、「金貨」は富裕層が日常で使うお金、という感覚です。
・ 旅団のランクについて:銅札までは、メンバーの最低ランクがパーティのランク(鉄札以下のメンバーは領外活動が出来ない等の制限がある為)になりますが、銅札以上はメンバーの最高ランクがパーティのランクになります。「銀札パーティ」は貴族から直接依頼を請ける事が出来ますが、それはパーティメンバーの誰かが相応の作法を身に着けていればいいのですから。だから銀札以上と鉄札以下のメンバーが混在するパーティの場合、パーティを二つに分け、その2パーティを統括する氏族、とした方が行動し易いという事になります。つまり、銀札のソニアさんを迎える【縁辿】は、「銀札パーティ」となります。
・ 「メイド・オブ・オールワークス」は、普通「雑役メイド」と訳されます。雇い主が裕福なほど、たくさんのメイドを雇用出来、結果仕事が専門化していきますから、専門職メイドの方が実際は格上です。が、同程度の仕事を同水準でこなすのであれば、「それしか出来ない」メイドと「何でも出来る」メイドでは、やはり後者の方が高付加価値を認められるでしょう。
・ 夜這いの成果としての妊娠の結果:ドレイク王国の場合、生まれた子供の系譜に関しては、子供同士の近親相姦のリスク回避という側面から、戸籍要件(相続権の有無)としての父系の認知と血縁要件(劣性遺伝問題)としての母系で判断されます。つまり、非認知の異母兄妹・異母姉弟間での結婚は合法(同腹の兄妹・姉弟間の婚姻は父親による認知の有無に関わらず違法)となります。




