第06話 生還
第01節 逃避行〔6/6〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
三日かけて山を下り、二日でモリスへ。
この世界に来てから291日目。あたしたちは、ようやく人里に辿り着けた。
そして、このモリスに来たら、最早定番となった(というか当然の義務として)冒険者ギルドへ。そして、毎度同じ受付嬢の窓口に並ぶ。
「……依頼の、受注ですか?」
「否、生還報告と、素材の買取要求に」
「『生還報告』とは?」
「マキア方面派遣軍への出征依頼を請けました。けど、全部隊全滅でしたので、生還を報告する必要があるかと思いまして。ここで報告すれば、モビレアのギルドにも連絡が行きますよね?」
「ちょ、ちょっと待っていてください。すぐギルマスに連絡します」
あたしたちは、モリスのギルマスの執務室に呼ばれ、そこで事情の説明を要求された。
スイザリアが把握しているマキア紛争の結末は、悲惨なものだった。
けれど、命冥加な冒険者は、ロウレスの町が再奪還された際に、派遣軍の未来を予期して個別に離脱していたのだそうだ。実際、その後本陣に再集結した冒険者は『エンデバー号』の砲撃を受けて全滅している訳だから、その判断は賢かったと言えるし、それを以て「敵前逃亡」と評することは出来ない。
その一方で、『エンデバー号』の砲撃を受けた本陣での、生存者報告は未だ0。つまり、あたしたちはあの戦況を報告出来る、唯一のスイザリア兵という事が出来る訳だ。
勿論、それを報告する為には、あたしたちが『エンデバー号』で捕虜となり、且つその艦長であり魔王国のリンドブルム女公爵に(理由はよくわからないが)無条件で釈放されたことも話さなければならない。
けれど、その辺りは武田が、上手く言い繕ったようだ(捕虜にして本国まで連行する手間を惜しんだ、と説明していた。その場で殺されなかったのはその価値さえない鉄札冒険者だったから、という説明は、説得力があったのだろうか?)。
あたしたちの報告を聞いたギルマスは、取り敢えずその内容で報告書を作ったようだ。そして、王都スイザルとあたしたちの本拠であるモビレアのギルドに、その報告書を送ることになったという。もっとも、「お前たちの方が速いだろうがな」と付け加えられたが。
そして素材等を売却し、当座の資金にした。
実は、同じギルドの買取であっても、モビレアのギルドとモリスのギルドでは、その値付けが違う。
例えば、食肉。モビレアのギルドでは、生肉(熟成肉または熟成前の枝肉)の方が好まれた。加工肉(燻製等)は、直接食肉卸業者に卸した方が、良い値が付いた。
けれど、モリスのギルドでは、加工肉は業者に卸すのとほぼ同じ値段で買い取ってもらえた。
これは、モリスが『ベスタ大迷宮』の門前町でもあることから、長期保存が可能な加工肉なら、直接ギルドが冒険者に対して販売する事が出来るからである。一方モビレアのギルドは、買い取った食肉は業者に卸すのが前提だから、下手に加工されると買い取り業者が限られてしまうので好まれなかったという訳だ。
同じように、薬草類も、下処理済みの物の買取価格は結構良い値が付いた。薬草や、それを素材とした魔法薬は、〔治癒魔法〕〔回復魔法〕の代替、またはその効力を増強する効果がある為、迷宮探索には必須なのだそうだ。
その結果。食肉類や薬草類で買取要求に出せるのは、モビレアで加工したモノとなり、今回の山中突破で獲得した獲物は、全て保留することとなった。
けれど、充分な値が付いたので、今日一日はモリスで一番グレードの高い宿を借りて泊まることにした。ちなみに、久しぶり(この世界に来てから始めて)の個室。
◇◆◇ ◆◇◆
翌一日を休養日に充て、293日目にモリスを発った。
もう三度目となる、モリスからモビレアに至る街道。急ぐ旅ではないけれど、でもやはり生存報告は早めの方がいいという事で、ハイペース気味に馬を走らせる。
「停まれ、てめぇら! ……がっ」
盗賊の襲撃に対し、飯塚が問答無用で矢弾を放つ。最近、飯塚は何か考えていることがあるらしく、いつもの快活さはない。エリスもそれを気にして距離を取っているが、逆に美奈は気にしていないようだ。
「ショウくんはね? あまり意味の無いことで考え過ぎているんだよ? でも周りからそれを指摘するんじゃなく、自分で気付いてほしいから、しばらくはそっとしておいてあげて?」
ある時美奈はあたしにだけそう言ってきた。あたしらの中で、「命を背負った決断」が出来るのは実は飯塚だけ。あたしらはその重さに耐えられない。だから、その飯塚が変に悩んでいるのが気になったので、美奈に相談したのだ。けど美奈は、その悩みも、その無意味さも、理解した上で彼に「悩め」と言っていた。そう考えるとこのカップルは、妙にバランスが取れている。
それはともかく、この道中の襲撃に際しても、足を止めること無く弩を撃ち放ち、何事もなかったかのように通り過ぎる。
「ま、待ちやがれ!」
膝を射抜かれた盗賊(おそらく一団の頭領)は、健気にも追撃する気配を見せるが。
「うわっ」
武田が投擲紐から散弾を放つ。本来スリングは「石を一つ」投げる物だが、スリングの石を置く籠の部分にカップを付け、そこに「複数の小石」を入れて同じ要領で投げたのだ。
当然威力は分散するし射程も大したことはないが、追撃者の足を止めるだけならそれで充分。マキア王党派のように、命懸けであたしらを追撃する理由もない盗賊程度なら、これで追い払える。ましてや一団の頭領格が負傷しているのだ。
連中の組織や人間関係がどうなっているのかはあたしらの知ったこっちゃない。トップが負傷した時に、下の連中が考えることは、その傷を治療することか、見捨てて代わりのリーダーを選ぶことか、止めを刺して成り代わることか。
けど、どうであってもあたしらのような戦闘力を有する相手と一戦を交えて自分たちの側に被害が増えるリスクを取るより、優先すべきことがあるのだろう。だからそれが小石の散弾でも、「足を止める言い訳」があれば、それ以上の追撃はしない。まぁ薬を撒いて害虫を追い払ったようなものだ。
そして302日目。
出征依頼で町を出てから、ちょうど100日ぶりに、あたしらはモビレアに帰還したのであった。
(2,654文字:2018/02/06初稿 2018/09/01投稿予約 2018/10/04 03:00掲載予定)
・ 「負け戦」となった以上、戦力の保存は至上命題。だから「ロウレス空襲」以降に本隊から離脱して個別に帰還した冒険者は、その英断を讃えられこそすれ咎められることはありません。
その上、追撃部隊のほとんどは、松村雫さんたちを追いかけていましたから、他の冒険者たちは結構逃走に成功しました。




