第05話 物資の補給
第01節 逃避行〔5/6〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
魔羆との戦いが終わって。
終わってみれば、全員ほぼ無傷。何度か危険な瞬間はあったものの、以前イノシシ狩りをした時に比べればはるかに安全な狩りが出来ました。
魔羆は皮も肉も、骨も爪も、素材として使えます。またかなり品質の良い魔石が採れるので、丸ごと〔収納〕して、解体してから納品すればかなりの収益が見込めます。
だから、疲れた身体に鞭打って、魔羆を〔亜空間倉庫〕に収納しました。
そういえば、この〔亜空間倉庫〕。いつの間にやら初めの頃とはずいぶん様子が違っています。
当初は、学校の体育館のイメージのままでした。
けど、〔倉庫〕の開扉に「扉を開ける」イメージが不要とわかってから、所謂エントランスホールから外界に通じる扉が消えました。
各種収納並びに作業場を必要としてから、そのエントランスホールの奥行きがどんどん伸び、両サイドに各収納、各作業スペースへ通じる扉が作られていきました。
更に攻城兵器を収納するに至って、高さは10m超(高さ10mの攻城櫓を入れても余裕がある)、その面積は館内とほぼ同じ大きさになっています(ちなみに館内は美奈たちの生活スペース並びに武術の訓練スペース、そして縫製等の作業スペース)。
そしてそのエントランスホールの奥、館内に一番近い所におトイレがあり、その脇に地下と二階に通じる階段。但し、二階は現在立ち入り禁止で、地下に通じる階段には動物たちを連れていけるようにスロープがあります。
地下は、厩舎・畜舎・禽舎。
厩舎には、騎士王国から押収した軍用馬が80頭。禽舎は現在、雁が7羽。畜舎はまだ何も入っていません。普段は地下全体の時間が凍結されるので、どの子をどれだけ働かせ、どれだけ休ませ、いつ食餌をあげたかなどは、ちゃんと記録しておかないと困ったことになってしまいます。
また、解体して食肉加工中の枝肉を熟成させる為の、冷蔵庫。これは今武田くんが整備している最中ですが、丁度いい機会だからと山の雪を可能な限り大量に冷蔵庫に運び入れることにしました。
雪は、「溶け易く融け難い」という、矛盾した性質を持っています。空気を多く含むことから溶け易く、つまり気化冷却で多くの空気を冷やします。けれど既に冷たい空気を内包していることから、溶けた雪はすぐ凍結して氷になるので、結果融け難いのです。その為、保冷剤としては氷より優秀と言うことが出来ます。氷で作った氷室より、雪で作った雪蔵の方が、保冷効果は高いとさえ謂われるのです。
その雪を、冷蔵庫を埋め尽くす勢いで運び込むのです。そのついでに谷でエリスちゃんと一緒に雪だるまを作ったりして、遊びました。
魔羆がいた谷に、人の足跡は見られません。これは現実的な意味の「足跡」ではなく、比喩的な意味の「足跡」です。その為薬草類や山菜類、川魚や小動物などが豊富で、七面鳥や雁もいました。おそらく、魔羆の存在が知れ渡り、近付いてはいけない場所と指定されているのかもしれません。
だから美奈たちは好都合とばかりに、この谷に四日間滞在し、これらの素材・食材並びに家禽・家畜目当ての鳥獣の捕獲を行いました。捕らえた川魚を保存する為に、水槽が必要になったらまた〔倉庫〕内に部屋(池)を作れる窪みのある部屋が増設されたのは、もう笑い話。
その一方で。美奈たちは検討しなければならない問題も抱えていました。
それは、騎士王国から支給された近接用武具のほぼ全てが、これで使用不可能となったことです。
支給されたのは、
○ 山刀兼用の小剣 5本
○ 槍 3本
○ 長柄戦槌 1本
○ 大刀 1本
○ 弩 5基
内、小剣1本、槍2本、長柄戦槌、大刀、が、使用不能となっています。
小剣はあと4本あるといっても、これはどちらかと言うと生活用刃物ですから、戦闘用と考えることは出来ません。クロスボウは全基健在とはいえ、近接戦では使えないことが魔王国の戦士との戦いで明らかになりました。
そして、美奈たちの旅団の前衛を務める二人の武具が両方とも破損。
代わりに、エリスちゃんから託された薙刀がありますが、言い換えれば今後の戦闘は、おシズさん一人に頼らざるを得ないという事になるのです。
ならあとは、〝ゴブリンドロップ〟の長剣をショウくんか柏木くんが使うことで、足りない攻撃力を補強するか。でも何故でしょう、二人に「剣」が似合わないのは? ショウくんは剣を振り回そうとして剣に振り回されるイメージしかありませんし、柏木くんはむしろ刀身を握って柄と鍔で敵を殴りそう。
また槍も1本残っていますが(美奈が使う為に支給されたモノ)、これも今更、という気もします。
つまり、国境を越えるまでは可能な限り戦闘を避け(小動物相手の食材調達は例外)、早急にスイザリア側の町に出て、武具を調達することを考えた方が良いようです。
◇◆◇ ◆◇◆
この世界に来て、287日目。ベスタ山脈に入ってからは、13日目。
『魔羆の谷』を離れます。
谷の東側も、やはり人の手が入った気配はなく、〔泡〕を飛ばしても追手の姿も樵の姿も見えません。
ウサギやシカなどを狩りながら、また山菜や薬草を摘みながら山を登り、時には谷を迂回し、そして更に6日ほど歩いて、19日目(293日目)の朝。
登り切った尾根の向こう、スイザリア平野の地平線の彼方から、昇る朝日が視界いっぱいに飛び込んできました。ここが、国境です!
「あれが、モリスの町かな?」
「『ベスタ大迷宮』は、その名の通りベスタ山脈の地下にあるから、多分そうだろう」
「そうすると、その向こうに見えるあの都市が、モビレアか?」
「……こっからじゃぁ見えませんよ。それなりに距離があるんですから」
「けど、想定通りとはいえ結構南に寄ったよね?」
「そうだな。だからまずはモリスの町に行こう。あそこに辿り着けば、あとは慣れた道だ」
「何にしても、人里に下りて、少しは休みたいな」
皆、それぞれに安堵の表情を浮かべて、スイザリアの地平を眺めていたのでした。
(2,638文字:2018/02/05初稿 2018/09/01投稿予約 2018/10/02 03:00掲載予定)
【注:日本語的には、「雪蔵」も「氷室」の一種です】
・ 髙月美奈さんはご存知ないようですが、「刀身を握って柄と鍔で敵を殴」るのは、戦場での長剣の作法のひとつです。鎧の上から刃で斬りつけるより、柄と鍔で殴った方が確実にダメージを与えられるので。




