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拝啓、姉上様~異世界でも、元気です~  作者: 藤原 高彬
第三章:その機能を考えて、正しく使いましょう
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第03話 エリスが差し出すモノ

第01節 逃避行〔3/6〕

◇◆◇ 雫 ◆◇◆


 犬を連れた追手を()くことに成功してから、確かに辺りは静かになった。

 美奈の〔泡〕による広域走査でも、人間の気配はなく。

 そして気温も。標高が高くなれば、それだけ空気は冷たくなる。その一方で、標高が高くなれば、それだけ日光を浴びる時間が増えるのだから、雪融(ゆきど)けも早い。

 こうなるとエリスは馬の上だと退屈なようで、地面を駆けまわり、雪玉を作って投げてきたり、泥濘(ぬかるみ)に足を取られて転んで泥だらけになったり、元気いっぱいだ。

 獲物にしようと見つけた兎を、エリスが足で追いかけて、その所為(せい)でウサギに逃げられたことも二度や三度じゃない。でも誰も、エリスが狩りを邪魔したなどとは思わない。その一方で、小さな泉に(がん)が羽を休めているのを発見した時。エリスは(わきま)えて手出しをしようとしなかった。

 雁を原種とする家禽(かきん)が、鵞鳥(がちょう)。獲物としては1羽で充分だが、上手く群れごと捕獲出来れば、〔倉庫〕内の禽舎(きんしゃ)で飼うことも考えられる。ちなみに雁の風切羽は、矢羽根にも使える。またその羽毛も高級品。飼育出来れば、色々な意味で美味しいという訳だ。

 捕獲方法は、電撃。〔帯電〕をかけた矢弾(クォレル)を池の端に撃ち込むだけ。もしそれで捕獲出来なければ、(あきら)めて弓で仕留める。ガン(グース)は警戒心が強いので、あまり近付いたり直接狙いを付けたりしたら、一斉に飛び立ってしまうから。

 結果、3羽取り逃がし、1羽飛び出したところをあたしの大弓で仕留め、9羽電撃で失神(うち2羽はそのまま絶命)した。文句なしの大猟だ。


◇◆◇ ◆◇◆


 小さな尾根を越える。可能な限り直線に近いルートを通っている為、何度か尾根越えをしないと山脈東側のスイザリア領に入れない。

 そして、しばらく進んだその先は谷間になっており、下には川が流れていた。


「傾斜はそんなに厳しくない。日当たりも良いみたいだけど植生は(まば)ら。

 その一方で、谷の東側の傾斜はかなり厳しいな。谷を下って、それから改めて登る為には、登りやすいポイントを探す必要がありそうだ」

「あ、飯塚くん。それならいい考えがあります」

「武田、それは?」

「あ、ちょっと待って? 〝1〟、だから〝0〟」


 飯塚が武田の意見を聞く前に、美奈が敵影発見の1(コール)。だからミーティングの場を〔倉庫〕に移す。

 そして〔倉庫〕内で、王党派(ゲリラ)による追手が来たことを、美奈は報告した。


「で、武田。いい考えってのは?」

「手持ちの、『破城(はじょう)(つい)』。あれの屋根の部分を(そり)にして、一気に下ってしまえば、と思ったのですが、王党派(ゲリラ)接近中、となると――」

(いや)、むしろその方が面白いんじゃないか? 見つかっちまったのはアレだけど、連中は橇なんか持っているはずもないし。一気に距離を稼げそうだ。

 難点は、現在位置を失跡(ロスト)してしまうってことだけど、それは後で改めて測量すれば何とかなるだろうし。

 残りは、スピードが乗り過ぎるから岩や樹々にぶつかると危険だってことだけど、その辺りは美奈の〔泡〕に頼るという事で」

「うん、任せて。でも、ゲリラさんの行方を追いながら衝撃干渉って言うのは、結構難しいと思うよ?」

「それはそれで良い。橇を動かし始めたら、足跡を消すことだって出来ないんだし」


 方針が決まり、男子は破城槌の解体・改造作業。本来「屋根の部分に乗る」なんて、強度を考えたら危険極まりないが、たった6人という事を考えればそれほど心配する必要もないだろう。

 そして、木の板をスキーのように()かせ、(かじ)取りの為にある程度の遊びを持たせる。これで準備完了。


「ヨシ、行くぞ!」


◇◆◇ ◆◇◆


 むしろ安全の為、追手との距離がある程度縮まってから、橇を滑らせた。

 犬たちは橇の滑走速度に追いついてくるが、追手のゲリラは無理。更に「犬は追いついて」という事は、相対速度に大差ないという事。(クロスボウ)の格好の標的(マト)だ。

 この状況になると、追手の放つ矢や魔法は気にする必要もなく、ただ淡々と犬を始末して斜面を下って行った。


 その後、(さわ)を下りながら登攀(とうはん)可能な東斜面を探していると。


 通常より大きい、(ヒグマ)が現れた。


「……まだ、冬眠から()めるには早過ぎやしないか?」

「冬眠し損ねか、途中で叩き起こされたか。どっちにしても、飢えもあって気が立っているでしょうね」

「それにしては図体(ずうたい)がでかい。魔獣の可能性もあるぞ」

「……だとすると、どうする?」


 魔獣の多くは、通常の野獣に比べてその皮膚が硬化している。それも魔羆(マッドグリスリー)ともなると、矢や矢弾(クォレル)は刺さりもせず、生半可な打撃ではダメージが浸透し(とおら)ない。かといってあたしたちの魔法は付与魔法を中心に組み立てていたから、このクラスの魔獣に通用する攻撃魔法は無い。

 今のあたしたちの手持ちで、通用するであろう攻撃は、投擲紐(スリング)を使った〔火弾〕と、微塵(みじん)を使った〔帯電〕。それに柏木の長柄(ポール)戦槌(ハンマー)に〔振動〕を付与するのは、まだ試していないからいい機会かもしれない。


 けど、あたしには手札が無い。あるのは、〝ゴブリンドロップ〟の長剣(ロングソード)。とはいえ、(ソード)(かたな)は使い方が違う。もっとも飯塚や武田が使うよりはマシかもしれない。なら。


 と、悩んでいたら。


「しずくおねーちゃん。これ、使う?」


 エリスが。どこから取り出したのか、立派な薙刀(なぎなた)を抱えていた。

 刀身(とうしん)二尺(60.6cm)の(しずか)(がた)、柄は四尺四寸(133.32cm)。

 〝ゴブリンドロップ〟の長剣よりも深い、緋色の燐光を帯びた、一目で業物(わざもの)とわかる名刀だ。


「エリス、これ、何処(どこ)から?」

「ままが持っていた奴。でも使ってないから、しずくおねーちゃん使っていいよ?」


 一瞬逡巡(しゅんじゅん)したものの、誘惑に(あらが)えず手に取ってみる。

 実家にあった、本身(ほんみ)(真剣)の薙刀より、やや重い。けど、重心はこれまで使っていた大刀より手元に近く、はるかに使い易い。

 ちょっと振ってみると、その重さが消えたかの如く軽い。


 有り難く、使わせてもらうことにした。

(2,634文字:2018/02/02初稿 2018/08/01投稿予約 2018/09/28 03:00掲載予定)

【注:「業物」とは「見事な刀」「名刀」の意味だと一般には謂われますが、実際は試し斬りをしてその斬れ味を試し、その上で格付けされることになります。その為何も斬ったことのない「無垢な業物」は存在しません。また「刀の銘」ではなく「それ自体(名)」で評価されることから、同じ刀工・同じ銘の刀でも「業物」でないものもありますので、「一目で業物と」判断することは難しいでしょう】

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