第02話 山中行軍
第01節 逃避行〔2/6〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
ベスタ山脈は、それほど標高の高い山はないようだ。
マキア市街から見た雪渓の位置や植生変化からすると、最も高い山でようやく1,000m級といったところ。なら、雪中行軍をする必要はない。
けれど、俺たちは地図など持っていない。マキアに進軍する際にも、ちらりとも見せてもらえなかった。だからその辺りは自分で何とかするしかない。所謂、白地図だ。
白い紙の一点を、現在位置と定義する。
そして、視界内の複数の目立った特徴を決定して、その方角を測り、その角度で紙に線を引く。
その後、一定方向に一定距離を移動して、そのランドマークの方角を再計測する。とは言っても、今の俺たちには移動時間を計測することは出来ても、移動距離や移動速度を計測する方法はない。だから「馬の並足で5分」、つまりおおよそ1.5km移動したはず、という認識で移動距離を推定するのだ。
二箇所目で方角の再計測をすることにより、すなわち三角測量でそれぞれのランドマークまでの距離を算出する事が出来る。これを繰り返しながら、山中に於ける自分たちの位置を掌握するのだ。
「お、これ食える奴だ」
そしてその合間に、足元の野草から食用に足る山菜を見つけて採取する。この辺りは薬草採取の依頼絡みで色々勉強している。また、
「〝1〟、ウサギが2羽。うぅ、ユキウサギさん、可愛いけれど、今は美奈たちのご飯になってね?」
食用に足る獲物を見つけたら、積極的に狩っていく。カンポリデの丘攻略を想定して、大量の物資をオレたちの〔倉庫〕に備蓄していたことにより、実は狩りをしなくても生活に困らない程度の食糧は揃っている。西大陸で収奪した分を含めると、今回出兵したスイザリア軍全軍を、2ヶ月近く養える程度の分量だ。その他にも、モビレアで作った塩漬け肉や干し肉、燻製肉、その他未加工の熟成肉や薬草採取時に一緒に収穫した山菜類と備蓄野菜・果物類も充分あるので、わざわざ狩る必要はないともいえる。けれど、「それはそれ、これはこれ」だ。現在逃走中、つまり「狩られる立場」だと考えると気が滅入る。だから、ウサギなどには申し訳ないけれど、憂さ晴らしの対象とさせてもらうのだ。
「あ、水だ。大丈夫かな?」
「生水だからな、安心は出来ない。取り敢えず煮沸すれば大丈夫だろうけれど、生水を飲みたければ、まず飯塚に飲ませて、24時間様子を見よう」
「……それで具合が悪くなったらどうするんだ?」
「〔病理魔法〕で解毒するから心配するな。因果関係が明白なら、一瞬で回復出来るだろう。ただその為にも、その24時間は他に一切飲み食いしてもらっては困るがな」
「……ひど過ぎる」
水は、結局汲んでから煮沸することに。人体実験に供されてたまるか!
ちなみにその小川には、充分なサイズの魚は棲んでいないようだ。
そして、
「〝1〟、〝0〟。犬の鳴き声が聞こえたよ。その向こうに人影が3。追手、だね?」
美奈のコール。
「犬と、追手か。逃げるか、一戦交えるか」
「どちらかだけなら簡単だ。唐辛子を乾燥させて粉末にした奴があるから、犬の鼻を潰すことも出来るし、追手だけなら先手必勝。気付かれる前に弩で仕留め切れる自信はある。
けど、両方同時、となるとな」
「だが犬がいるのなら、逃げ切れないんじゃないか?」
「なら、誘引戦だ。奇襲して犬の鼻を潰す。即座に引いて、馬に乗って逃走。距離を置いたうえで、追撃してくるのなら迎撃。その上で距離を詰められたら、また逃げる。それを繰り返す」
「どこまでも追いかけてきたら?」
「それは無い。犬連れで、徒歩で俺たちに追いついてきたという事は、警戒すべきは近くに拠点を持っている、ってことだ。その一方で、今回接近してきている連中は、大した物資を持っていない。おそらく野営の用意もないだろうし、そうでなくても食糧だって三日分が精々だ。定時連絡の事情もあるだろうし、丸一日以上は追撃出来ないだろう」
そして、迎撃。
一定距離を挟んで、投擲紐で粉末唐辛子を詰めた袋(錘代わりの石入り)を犬に向かって投げる。犬は俺たちの居場所を認識していたみたいだけど、追手の方はまだ正確な位置を把握していなかった為、この奇襲は完全に成功した。そして俺たちは、すぐ騎乗して逃走。
対して追手は石弾の魔法や火矢の魔法を撃ち込んでくるが、こちらが騎乗していることを想定していなかった所為か命中しない。また短弓を取り出して射かけて来るも、武田の〔プレスド・エアー〕で逸らされて命中射はなし。むしろオレたちの逃走する時間を作ってくれた形になった。
慌てて追うも、徒歩で馬に追いつけるはずもなく。
けどここで、俺は一つの欲が出て、〔倉庫〕内のミーティングで提案してみた。
「追手を逆に尾行して、連中のベースキャンプを特定して襲撃する、というのはどうだろう?」
「いいな、成功すれば、しばらく追手を気にする必要がなくなる」
柏木は賛成なようだ。
「反対だ。向こうに犬がいる以上、奇襲に失敗する可能性の方が高い。それに、ベースキャンプのひとつが音信不通になれば、王党派の本部はこの辺りにあたしたちがいる事を特定出来る。むしろ捜査網が縮まる結果にしかならないだろう」
松村さんは反対。横で美奈も一所懸命首を縦に振っているから、美奈も松村さんと同意見なのだろう。
残るは武田だが。
「基本的には、松村さんの意見と同じです。けど、飯塚くんの懸念もわかります。
なら折衷案。ベースキャンプは潰しません。けど、偽の情報を持って帰ってもらいましょう。
具体的には、ボクらはこれから真直ぐ北に丸一日以上逃げます。そして追手が追撃を諦めて更にしばらくしてから、大回りして南に進路を取りましょう。つまり、追手には『追い付かなかったものの、向かった方向だけは確認出来た』と思わせるんです」
北には、ベスタの峠を通る街道がある。つまり俺たちが南に逃げたのは、北を手薄にする為。山狩りで一定数の兵を南に向かわせた隙に、街道を突っ切り峠の関所を強行突破する。
それが、俺たちの作戦だと、連中に思わせる訳か。そして地元の人間でもない余所者である俺たちが、現在位置を正確に把握しているなんて思わないだろうし。
確かに余計な欲をかいた挙句、藪蛇になっても仕方がない。ここは武田の案で行くとしよう。
ある程度の距離を置いた逃避行。けれど、後方視程ギリギリの距離を追撃してくる追手の存在など、美奈の〔泡〕でもない限り普通認識出来ない。だから連中は、自分たちの姿は捕捉されていないと確信しているに違いない。そして俺たちは、外界で休息をとる必要もない。トイレ休憩や食事、野営さえ必要としないのだから、俺たちを見失わないように追撃すること(特に夜間)は、連中にとって想像を絶する困難だろう。
丸一昼夜の逃走の結果、追手は追撃を諦めることになった。その為俺たちも、馬首を返して南に進路を取ったのであった。
(2,959文字:2018/02/02初稿 2018/08/01投稿予約 2018/09/26 03:00掲載予定)
・ ノウサギは雪の上に足跡を残しますが、ある程度進んだ後、自分の足跡を踏んで(新しい足跡を作らないように)戻り、その後大きく跳躍して本来の目的地に向かう、等ということをするそうです。今回武田雄二くんが提案した作戦も、それと同じ。




