第01話 逃走
第01節 逃避行〔1/6〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
「いたぞ、あそこだ!」
ボクらがロウレス東方のスイザリア軍野営地があった場所が、魔王国の軍艦『エンデバー号』の砲撃で、氷河に沈んでしまった事実を前にして呆然となっていますと、そこにマキア王党派の落ち武者狩りに見つかってしまいました。連中は笛を吹きながら、こちらに迫ってきます。
可能なら、何かスイザリア兵や冒険者の遺品でもと思いましたが、そんな余裕はなく。即座に〔亜空間倉庫〕を開いて作戦会議をします。
「この氷河地帯を抜けなきゃ話は始まりませんけれど、抜けたら馬を出して全力で走りましょう」
「けど、馬が全速で走れる時間は高が知れている。すぐに追いつかれるぞ?」
「そうですね。全速で5分。すぐに〔倉庫〕を開いて馬を休ませ、また馬を乗り換えて外界に戻り、また全速で5分。5頭乗り継げば、かなりの距離を稼げます。
それから普通に馬の速足でも、追手を引き離すことが出来るでしょう」
「どうかな? 確かに追手は引き離せるだろうけれど、連中は笛を吹いていた。そしてあちらこちらからそれに呼応する笛の音もしていた。
俺たちが逃げる方向は東で、ベスタの峠を抜けるという事が予測されている以上、音より速く走れない限り、先回りされるはずだ」
確かに飯塚くんの言う通り。どれだけ速く走れても、先回りされていれば同じこと。
なら、残る選択肢は。
「あとは、山中突破、か?」
そう。道なき道を走破して、山越えする。それだけ。
「山中走破なら、使える知識がある。〔亜空間倉庫〕と〔マルチプル・バブル〕はともに、その環境下では比類なきアドバンテージになる。そして物資に不安が無い現状は、山狩りを恐れる必要もない。
暦の上では2月頃だろう? 一番雪が深い時期、といっても、逆に雪が融け始める時期だ。出来れば雪が融ける前に国境を越えたいけど、雪が融けるまで待てば足跡も消える。どっちにしても俺たちの方が有利だ」
その飯塚くんの言葉で、山中走破が決定しました。そうしたら。
「ねえ、馬を出す時。エリスちゃんも一緒で構わないかな?」
と、髙月さんが言い出しました。
「だが、山中で寒いし、しかも、逃避行だぞ。その方が可哀想なんじゃないか?」
松村さんの懸念。ボクも、そちらに一票です。
「行軍中は、同行しているってこと自体周りに知られる訳にはいかなかったけど、もう美奈たちの単独行になるんだから、可能な限りの時間、エリスちゃんと一緒に居たいよ。
街中で依頼を受けている時みたいに、依頼主に迷惑を掛けるって訳でもないし、襲撃があったらどっちにしてもすぐに〔倉庫〕を開くんだから、その時エリスちゃんにも〔倉庫〕内に避難してもらえば良いんだし。
美奈の勝手な考えかもしれないけれど、エリスちゃんをあんまり仲間外れにしたくはないよ」
さて、どうすべきでしょう? 多数決を、と言っても、ロリコンで髙月さん至上主義者の飯塚くんの答えは聞くまでもありませんし。となると。
「……いいんじゃね? オレたちがちゃんと守ってやればいいだけだし」
柏木くんが、賛成に一票投じます。これで三対二。
「意外だな。お前がそっちに賛成するなんて」
「髙月の言う事の方が正論だ。それに、エリスを危険に曝すリスク、と言っても、オレたち五人のうち誰かにもしものことがあれば、その後オレたちの方からエリスに会いに行くことは出来なくなる。ならやっぱり、一緒にいるようにした方が良い。
但し。エリスは髙月と一緒の馬だ。飯塚と一緒だとエリスの貞操が危険だし、それ以前に飯塚が戦えなくなる可能性も出てくるからな」
「エリスの貞操云々は余計だ」
ともかく、これで方針がまとまりました。そして、逃走経路。
地理的には、実はそんなに難しくありません。
このマキア地方は、西側が海、北側がリュースデイル山脈、東側がベスタ山脈、南側がマキア河(ベスタ山脈の南端を迂回してマキア湾に注ぐ大河。山脈の東側では「アザリア河」と呼ばれています)。
つまり、一旦南方に進路を取り、けれど河を渡らないように山中に入り、山脈の尾根を越えて東側に出れば、そこはスイザリアなのです。
それはけれど、追跡者も理解していること。ボクらが南方に進路を取ることはすぐにばれますから、当然河に向かって包囲網を敷いてくるでしょう。人海戦術を使える王党派と、外界では24時間活動出来るボクら。どちらが有利かは、一概には言えません。
そしてスイザリアに入ってからは、街道に出るのも一苦労でしょうけれど、でも追跡者を気にしないで済む分気が楽です。つまり、まずは山を越えることが先決です。
また、春分が近いという事を考えると、日の出の方角が真東。それが無くとも、腕時計やスマホにはコンパスアプリは標準搭載されています。船乗りならともかく、この時代の陸上生活者はそれほど正確な方角知識は無いでしょう。
もっとも、地球史では「羅針盤が齎されたことで、大航海時代が幕を開けた」と謂われますが、一方で中国では紀元前から方位磁針の原型となるモノが使われていました。だからこの世界では「無い」と言い切ってしまうのは、少々危険かもしれません。
何にしても、山中でも正確な方位を確認し続けられるのは、立派なメリットです。
また、スマホアプリには水平計や気圧高度計などもあります。バッテリーの消耗が気になりますが、それでも正確な位置を測定する役には立つはずです。
◇◆◇ ◆◇◆
方針を決定したボクらは外界に出て、氷河地帯を走って抜けます。そして抜け出たところで〔倉庫〕を開き、馬(とエリスちゃん)を連れ出して騎乗。方位にして南東方向に走らせました。とはいえ位置関係は、野営地の南に港湾区があり、すなわちマキア領都が広がっています。今回のスイザリア派遣軍の全滅で、領都周辺のスイザリアによる統治能力は消滅したと言って過言ではないのでしょう。つまり南は、敵の勢力圏。その鼻先を突っ切ることになります。
ただそれが、今回は功を奏しました。時間はまだ朝靄の中、しかもロウレス近くに強烈な冷気の塊が生まれたことで、より一層霧は深く。だから敵はこちらの蹄の音で探知するしか出来ない状況ですが、その音源が敵か味方かを判断する必要があります。一方こちらは〔泡〕による探知が出来ます。そして周りに味方がいないことを既に知っていますから、判断の必要もありません。
攪乱の為に、一旦早朝のマキア市内を走り抜け、適宜馬を変えながら東の山中に突入したのです。
(2,605文字:2018/02/02初稿 2018/08/01投稿予約 2018/09/24 03:00掲載 2021/02/18誤字修正 2021/04/14衍字修正)




