断章03 星を墜とす者
断章 魔王とギルマス・1〔3/3〕
◇◆◇ プリムラ ◇◆◇
ドレイク王国。
その領土(本領)は、竜の山の麓からその中腹にかけて。そしてその中腹の、現在『崑崙高原』と謂われているところは、かつては『竜の食卓』と謂われていました。そこは、『ベスタ大迷宮』と並び称される、世界二大迷宮のひとつです。
つまり、ダンジョンそのものを国として独立させたのが、ドレイク王国なのです。
だからこそ。そこは、ある意味冒険者にとっては天国です。それでいながら、生半可な実力をしか持たない冒険者は、一般市民同様町から外に出ることさえ難しい、とも言われています。
そんなドレイク王国の冒険者ギルド。その権限は絶大です。治安維持と平時の災害対策に関しては、領主を飛び越えて采配することが許されていると聞いたこともあり、それが地方のギルドでも、ギルド職員にとっては夢のような職場です。当然背負う責任も大きいでしょうけれど。
そしてそこに、しかも先方から乞われて招かれる。それは誇らしいことです。
けど。
私は、自分で見つけたあの五人の、その行く末を見守りたい。
「だが、お前がそう言うってことは、やっぱりあの五人はお前の関係者か?」
ギルマスは、そんな私の想いを尊重するといったアレクさんの言葉に、自分の推理をぶつけます。
「ああ。取り敢えず身元確認が出来たのは、うち三人。けど、残りの二人も、全くの無関係とは思えない」
「彼らは召喚魔法でこの世界に来たと言っていた。なら、その三人に巻き込まれただけ、という可能性は?」
「無い。それは、その召喚魔法〔縁辿〕を編み出した魔導師に直接確認した」
「〔縁辿〕を編み出した魔導師、というと、騎士王国の?」
「否。〔縁辿〕は、古代カナン帝国で、シロー・ウィルマーを召喚した術式だ」
「なんだって?」
「あの時代、シロー・ウィルマーは、この世界に何ら縁を持たなかった。というか、この世界に、異世界と通じる〝縁〟は、存在しなかった。だから、シロー・ウィルマー自身が、未来に向けたよすがとなった。
彼がこの世界に来たことは偶然だが、彼がこの世界に来たこと自体で彼に繋がる〝縁〟が生まれたのか。
後世この世界に縁を持つことになる人物の為に、彼の縁が礎になったのか。
その辺りは、更に後の歴史が判断する事だろうけれどね。
けど、どちらにしても、残りの二人も、この世界に何らかの〝縁〟がある」
「もしかしたら、お前の存在自体も、あの五人組の為の〝縁〟の礎に過ぎなかったかもしれない、と?」
「その可能性も否定出来ない」
ウィルマー卿に端を発する〝縁〟が、アレクさんやあの五人をこの世界に導いたのか、
あの五人がこの世界に来る為の〝縁〟を、七百年前のウィルマー卿からアレクさんに至るまでの人たちが築き上げたのか。そういう事なんでしょう。
「ちょっと待て。お前は、〔縁辿〕は七百年前のシロー・ウィルマーを召喚した術式だと言ったな? そして、それを編み出した魔導師に直接確認した、と。
あり得ないだろう? それとも、その魔導師は、七百年前から今に至ってなお健在、とでもいうのか?」
「それのどこに不思議がある? このモビレアのすぐ近くに、七百年前から変わらずに一人の賢者が棲んでいるだろう?」
「……旧帝都の、廃都の王。あの魔物の正体は、大賢者タギか!」
「ご明察。二十年前にあそこを訪れて以来の、彼は俺の飲み友達なんだ」
「……不死魔物の王を飲み友達と言えるのは、お前くらいだろうよ」
「誉め言葉と受け取っておくよ」
そう、彼は二十年前、私に悪戯をした後に、廃都カナンに向かったのです。それから時を置かずに戻ってきたから、攻略を諦めたと思っていたら、魔物の王と友誼を結んでいたんですか。さすがと言いましょうか何と言いましょうか。
「そう言えば、お前、四年前に何やった?」
「何のことだ?」
「呆けんな、〝星落し〟。南の湿原に、あんなたくさんの星を墜して、ばれないはずがないだろうが」
「おかしいな。ヒトが住まない場所を選んだつもりだったんだが」
「阿呆。世間じゃ善神と悪神が雌雄を決したとかと大騒ぎになったわ。しかも〝星落し〟の雷名は世界中の為政者の知るところだ。お前があそこで何かをしたのは、ちょっと事情を知る者なら誰でもわかる。あれ以来、アザリア教国の動きが活発になっているしな」
「そうか。だとしたら、あの五人組の召喚も、それが直接のきっかけだったのかもな」
「で? まだ答えを聞いていないぞ。何をした?」
「いや、廃都の王と、ちょっとした力試しを、な」
「……なんだって?」
「昔、彼と約束したんだ。俺が作り出した新時代の魔法と、彼が生み出した精霊魔法。どっちが強いか勝負をしよう、ってな」
「そんな阿呆どもの遊戯が、あの大騒ぎか」
「迷惑にならない場所を選んだつもりだったんだがな。お互いの根拠地だと、一方的に有利になってしまうから、中立の場所を選んでさ」
「で、結局どっちが勝ったんだ? 今お前がここにいるってことは、お前が勝ったのか?」
「否、負けた。俺の魔法は、何だかんだ言っても戦術級・戦略級のモノが多くてな。対単体用の魔法が少なかったんだ。一方奴の魔法は、対単体戦用も多く用意されていた。ありゃぁ勝てねぇって」
「しかし、善神と悪神の対決どころか、魔王と冥王の決闘だったとはな」
「ちなみに、初代『悪神の使徒』とは、大賢者タギのことだぞ? 彼が精霊魔法を編纂した結果、多くの魔法使いが生まれ、多くの騒乱が起きた、っていうのが精霊神殿の考えらしいからな」
「……だとすると、それに対抗したお前は善神の使徒、か? 神殿の連中が発狂するな」
◇◆◇ ◇◆◇
とはいえ。これでアレクさんが、あの五人の歩む道を見守りたいと言っている理由がわかりました。けど。
「アレクさん。彼らは、元の世界に戻れるんでしょうか?」
「あぁ。その為の術式は、もう組み上がっている。けど、それは彼ら自身が習得しなきゃならない魔法だ。俺が、彼らを送り届けることは出来ない」
「何故?」
「簡単だ。俺は、もう向こうの世界に〝縁〟を残していない。前世の俺の人生は、あっちの世界で完結している。前世の記憶を残していても、前世の俺と現世の俺は、全くの別人だからな。それゆえ、俺は向こうの世界への縁を辿れない。
けど、彼らはまだあっちの世界に縁を残している。だから、彼らはその縁を辿れる。
とはいえ、立場上、無条件で力を貸すことは出来ないけどね」
だから。彼らは、「ドレイク王アドルフ」であるアレクさんに依頼する為の手札を用意しなければいけないのですね。
「で、だ。
この娘を、おっさんらに預ける。
彼らが戻ってきたら、彼らの旅団に同行させてやってくれ」
「構わないが、理由を聞いても?」
「戦闘力の底上げと、まぁ魔王国にとっては密偵として、かな?」
(2,995文字:2018/01/31初稿 2018/08/01投稿予約 2018/09/22 03:00掲載予定)
・ 一つの仮説:もし、この世界の某女神が、地球の20世紀の創作神話に語られる「ショゴス」と本当の意味で同一存在なら。その〝事実〟が、この世界と地球を繋ぐ〝縁〟だったのかもしれません。
・ 『魔王と冥王の決闘』は、〝決闘〟というよりも〝戦技競技会〟という様相を呈していたようで。




