断章02 戻ってきた冒険者
断章 魔王とギルマス・1〔2/3〕
◇◆◇ プリムラ ◇◆◇
マキア方面派遣軍全滅。
その報が伝えられた数日後。モビレアのギルドに、二人の冒険者が立ち寄りました。
男性は、一見20代前半の中堅冒険者。けれどその鎧や腰に佩いた細身の曲刀は、どれも一級品だとわかるモノ。間違いなく只者ではありません。
連れの女性は、10代中盤。その服装は、北の高貴な方々に仕える使用人のお仕着せ。と言えば聞こえは良いのですが、一部ではその衣装は有名です。「天を駆けて死を運ぶ」〝有翼の魔女〟の、制服です。その手にあるのは、箒。冒険者の装備と考えると、あまりに違和感がありますが、〝魔女の箒〟は遍く死を齎すモノ。一説には、一振りで城壁を吹き飛ばすとか。
知る者にとっては、物騒に過ぎる二人連れです。だから、隣の受付嬢に一声かけて、その二人を私の列に招きました。
そして。
「お久しぶりです、アレクさん。再登録ですか? 活動停止してから随分時間が経っていますから、本来なら登録抹消となっていますけど、アレクさんの場合は特例で、まだ籍を残していますから、再登録可能ですよ?」
私も、歳の割には若く見えるとよく言われますが、彼はそれ以上。私と彼は、一つしか歳が違わないなんて、誰が信じるでしょう? というか、私の方が幾つか年上に見えるのが、はっきり言って腹立たしい。えぇ、顔見知り、否、少女時代の私に悪戯をした張本人です。
「久しぶりだね、プリムラ。元気そうでよかったよ」
「シェイラさんはここにはいないのですか? また違う女を連れ歩いていると、報告しなければいけないのですが」
「彼女は違うよ。それに、シェイラは今二度目の妊娠中でね。ちょっと動けないんだ」
「奥さんの妊娠中に若い娘に手を出すなんて、ダメ男らしい振舞いですね」
「いや、だから違うって」
「どうでしょう?」
まあ、何だかんだ言っても、わからないこともないです。彼は、必要に応じて何人とでも何十人とでも結婚しなければいけないのでしょうし、好きであろうと無かろうと、女を抱いて子を成さなければならない立場ですから。
「まぁそれはともかく。俺はこの娘の冒険者登録の付き添いと、ギルマスに用があって来ただけだ。いるかい、おっさんは?」
「ギルドマスターは在室です。けど、昔アレクさんが『おっさん』と呼んでいた当時の叔父さまは、今のアレクさんより年下だったんですよ?」
「でもおっさんは昔から老け顔だったし。構わないんじゃね?」
「否、構いますから。他の若手の冒険者から、アレクさんも〝おっさん〟って呼ばれますよ?」
「そうしたら、そいつら相手に片端から決闘を申し込む必要があるな」
「しないでください。この町から冒険者がいなくなります」
まったく、もぉ。
変わらない、というか、随分変わった? やっぱり歳を取って、丸くなったのかな?
「ともかく、そちらの女性の登録ですね?」
「あぁ。ドレイク王国コンロンシティの冒険者ギルドからの出向だ」
「では冒険者証を提示してください」
少女の名前は、ソニア。そして少女が提示した冒険者証は、銀札。けど、それは別に不思議なことではありません。〝有翼の魔女〟たちは、騎士の爵位を持ち、王族や高位貴族に侍る教育を受けていると聞きますから。そして身元保証人は、アレクさん。これ以上を望めない身分です。
「確認しました。では、ソニアさん。モビレアギルド所属の銀札冒険者として登録させていただきます。冒険者証を用意しますので、しばらくお待ちくださいますか?」
少女は頷き、一歩下がる。そして。
「ではアレクさん。ギルドマスターの執務室にご案内致します。ソニアさんも?」
「あぁ。彼女にも関わりのある話だからな」
◇◆◇ ◇◆◇
「よう、〝サタン〟。こんな南の果てまで噂は聞こえて来るぜ。その半分は悪評だがな」
「ご挨拶だな、おっさん。随分人聞きの悪い呼び方をしてくるじゃねぇか。つぅか、呼び出したのはおっさんの方だろう? 手の込んだ真似しやがって」
ギルマスの執務室を開けた途端、この応酬。なんだかんだ言って、仲が良いのがわかります。
「それじゃぁ無事書状は届いたんだな。
しかし、やっぱり〝サタン〟ってのは、『人聞きの悪い呼び方』なのか?」
「あぁ。例えば『悪神の使徒』は、悪行を正当化する悪党でしかないけど、『〝サタン〟の使徒』は、世界を滅ぼそうと暗躍している連中、ってことになるからな」
「だが、〝サタン〟は〝神の敵〟、〝秩序に逆らうモノ〟、〝善に非ざる悪〟っていう意味の他に、〝その国に敵対する国の王〟という意味もあるって聞いたぞ。
それならスイザリアにとってマキア王党派は〝サタン〟だし、リングダッドにとってカナリア公国も〝サタン〟なんじゃねぇか?」
「おっさんに〝サタン〟という言葉を教えた子らは、正確にその語義を伝えたんだな」
「そうなのか?」
「誰だって、対立する相手がいたら、『正義は我にあり!』って大義名分を掲げるだろう? そして、自分が正義なら対立する相手は悪だ。その『悪』が〝サタン〟だよ」
「成程。納得した。それならお前は、間違いなくアザリア教にとっての〝サタン〟だな」
「否定出来ないな」
本当に、楽しそうに語っていますね。
「それはそうと、幾つか頼みがあって来たんだ」
「それは?」
「一つは、プリムラのこと」
え? 私?
「プリムラを、側室にでも迎えたいのか?」
「夜の相手は間に合っているよ。プリムラ自身が望まなければ、無理矢理求めるつもりはない」
「ほう、では本人が望めば良いのか?」
「……その話は、あとに廻そう。藪をつついたら蛇が出てきそうだからな。
実は、ドレイク王国内の、新しい町の、冒険者ギルドのギルドマスターの成り手がいない。という訳で、スカウトしに来た」
「プリムラは、女だが?」
「ドレイクの冒険者ギルドの総長も女だよ。少なくてもうちの国では、女という理由で差別されることはない。
プリムラは、幼い頃からおっさんに関わって、ギルドに縁を持っていた。その経験が、欲しい」
「だ、そうだ。どうする?」
聞かれて、瞬きする程の時間熟考し、返事をしました。
「嬉しいお誘いです。けど、今はまだ、見守りたい冒険者がいますので」
「勿論、今すぐとは言わないよ。早くても一年以上後の話だ。
それに、プリムラが見守りたいと言っている冒険者に関しては、俺も同じ思いだしね。
彼らが、無事俺の許まで辿り着いた後の話だよ」
(2,766文字:2018/01/30初稿 2018/08/01投稿予約 2018/09/20 03:00掲載予定)
・ ソニア嬢の初出は、『転生者は魔法学者!?』(n7789da)第八章第36話(第360部分)です。




