第41話 女帝の船
第08節 嵐の女帝〔4/4〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
美奈が、何故無条件(に見えるほど)の信用を、あの女艦長に向けているのかはわからない。けれどあたしは、最悪の事態を想定する必要がある。
「まず、改めて装備を確認しましょう。武田、時計は?」
「無事戻って来てます。時計は9月30日を指していましたから、今日はこの世界に来てから274日目、ですね」
「ロウレスの町で飛竜の襲撃を受けたのは271日目だから、丸三日船の中にいた、という事か」
「気絶していたのと、光が差さない船の中だから時間の感覚がなくなっていた所為で、随分時間が経過したように思いましたけどね」
「そうだな。念の為、このあと〔倉庫〕で4時間仮眠を取ろう。
他に、何か気付いたものはある?」
と、飯塚が。
「ギルマスから預かった、〝お守り〟と称する書状がない。もしかしたら、ギルマスはこの状況を想定してあれを渡してくれたのかな?」
「だとすると、オレたちはギルマスに助けられたことになる」
「それはどうかしら? ギルマスは別の人に宛ててあの書状を認めたのかもしれない。艦長は、それを宛名の相手に読ませる訳にはいかないと判断して没収したのかも」
「まぁその辺りは、戻ってからギルマスに聞けば良いな」
結局そのあたりのことは、わからずじまい。だけど、確かに柏木の言うとおり、モビレアに戻ってからギルマスに聞けばいい。ただ、あのギルマスが素直に教えてくれるとは思えないけど。
「あと、槍の穂先が完全に駄目になっていますね。やっぱり〔赤熱〕は一回限りみたいです」
それはつまり、あたしの大刀もという事だ。同時に、〔赤熱〕でも傷付ける事が出来なかった、〝魔王〟の国の鎧の恐ろしさの証でもある。
「つまり、現状ではどんなに頑張っても、オレたちの刃は〝魔王〟には届かない。努力とか奇跡とかで届くような、そんな程度の低い相手じゃないってことか」
「俺たちは〝魔王〟と戦うつもりはない。けど、『戦ったら勝てないから、話し合いで』なんていう甘えを許す相手とも思えない。
ヒントはある。エラン先生の持っていた、〝ゴブリンドロップ〟の長剣だ。あれと、〝魔王〟の軍の剣は、よく似ていた。なら、あれと同等の武具であれば、少なくとも〝魔王〟の軍勢と同じ位置に立てるという事じゃないか?」
「〝ゴブリンドロップ〟の長剣は、スイザリアの王都の鍛冶師なら加工が出来るってモビレアの鍛冶師が話していた。なら、王都スイザルへ行くことも選択肢のうちだろう」
それは一つの、今後の指針。でもそれもこれも、全てはモビレアに戻れてからだ。
「それから、スイザリア軍に対する攻撃予告と、マキア王党派からの指名手配について」
「野営地に対する攻撃は、日の出と共にと予告されています。残念ながらボクらは全力で馬を走らせても、日の出までに野営地には辿り着けません。なら日の出の攻撃を見届けてから、野営地に向かうかどうかを考えましょう。
もし本当にそれで野営地が壊滅するのであれば、多分王党派の落ち武者狩りが始まるでしょうから。
そして、逃げるときはモリスへのお使い依頼の時と同様に、セルフ駅伝方式で昼夜違わず走れば、三日で国境を越えられるはずです」
◇◆◇ ◆◇◆
それからあたしらは仮眠を取り、ロウレスの南の丘の上まで馬を走らせた。
この場所は、南側に港が広がり、そこに『エンデバー号』も見える。
と、エンデバー号の甲板の上で、何かが動いた?
「ちょ、旋回砲塔? この世界の文明は10~12世紀程度で、17世紀の大航海時代レベルの装備を持つエンデバー号自体が場違いな工芸品なのに、旋回砲塔って19世紀末レベルですよ? ってか、マジ?」
いつも丁寧な武田の言葉も乱れてる。確かに、火薬の見られないこの世界で、銃砲火器などオーパーツも過ぎるというモノだ。けれど、黒色火薬の作り方はそれほど難しいモノではなく、硝石も知識があれば集められる。転生者の国ならば、それらがあってもおかしくない。
そして、破裂音。それは、爆発音じゃない。
砲塔から何かが丘の上空を飛翔し、そしてロウレスの東の山中に野営中のスイザリア軍の許に降り注いだ。
着弾音も、無し。
「何なんだ?」
それから、毎分3発程度の割合で、エンデバー号から破裂音が響き、合計15発ほどの何かが野営地に降り注ぎ、そして攻撃は終了した。
「一体何だったの?」
「全くわかりません。けど、発射音は爆発音じゃなく、破裂音でした。つまり、火薬兵器ではなく、空気圧かガス圧で撃ち出される兵器のようです」
「武田の〔プレスド・エアー〕と同じか?」
「ボクのは温度のコントロールが出来ませんから、あれを利用して弾丸を撃ち出すのだとしたら、断熱膨張ですぐに砲塔が凍り付いてしまいます。
そして、着弾音もありませんでした。否、音が小さくてここまで届かなかっただけかもしれませんが。状況を確認する為には、野営地に向かう必要があると思いますが、如何でしょう?」
他に選択肢はない。王党派に発見される危惧はあるけれど、今は状況確認が先だ。
そして馬首を翻し、野営地近くに着いてみたら。
「これは……」
そこには、氷河があった。
樹々も、地面も凍り付き、空気中の水蒸気が凍結したのだろうか、ダイヤモンドダストが渦巻いている。
ダイヤモンドダストと霧で視界が埋まっているものの、その向こうには人影が。
「武田、『温石』を作ってくれ。突入しよう」
「わかりました」
馬を〔倉庫〕に仕舞い、徒歩で突入。
その奥に見たものは。見えた人影は。
重度の凍傷に襲われたとしか思えない、兵士の死体だった。
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
おシズさんが「装備の確認を」と言った時。美奈は、報告しなかったことが一つだけあるの。
それは美奈のスマホのボイスレコーダーに保存された、新しい音声データ。
誰にも聞かれないようにイヤホンを付けて、それを再生してみた。
《 ……多分、もう気付いているよね。
こういうのも、お久しぶりっていうのかな?
みーちゃん。変わらずショウくんと一緒に歩いていてくれて、有り難う。
小母さんはもう死んじゃって、次の人生を歩んでいるけど、でも小母さんは、前の世も今の世も、変わらずみーちゃんとショウくんのことが、大好きです。それを、伝えておきたかった。
それから、一応ショウくんのスマホにもメッセージを残しておいたけど、出来ればそれは、日本に帰ってから再生して。姉さん、ショウくんのお母さん宛のメッセージだから。
じゃ、またね。みーちゃんたちが小母さんの国に辿り着ける日を、楽しみに待っています。 》
美奈を「みーちゃん」と呼ぶのは、二つの世界を合わせて一人だけ。
だからこれは、美奈と〝小母さま〟の、二人の秘密です。
(2,856文字:第二章完:2018/01/29初稿 2018/08/01投稿予約 2018/09/16 03:00掲載予定)
・ エンデバー号の放った砲撃は、圧縮液体窒素や高圧縮過冷却水をコーティングして撃ち込み、着弾地点で一気圧下に解放するというモノ。気化冷却と断熱膨張で、一気に周囲の熱量を奪います。また解放された水は質量を持ちますから、溺死を誘発することも出来る極悪なモノ。世界周航という状況で、無限に弾丸を補充出来る、海水由来の兵器です。




