第36話 攻城戦
第07節 人間の悪徳〔5/6〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
敵はさぞ驚いているでしょうね。
城壁からわずか100m足らずのところに、いきなり攻城櫓が出現したのですから。
そしてこの、「100m」という距離もまた微妙です。
そもそも攻城櫓自体に、一定の防御力がある訳ですから、矢(火矢)程度では破壊出来ず、攻撃魔法は射程が足りません。その一方で、平衡錘投石機の攻撃対象とするには小さ過ぎます。残るは大型弩砲ですが、これは移動と設置に時間がかかる為、現時点では現実的な対応とは言えないでしょう。
では直接接収乃至は内部に侵入して破壊する、という選択肢は?
スイザリア軍はまだ後方300m地点な訳ですから、「ヨーイ、ドン」で競争すれば当然マキア独立ゲリラの方が先に攻城櫓の地点に到達出来ます。が、それはその場所で野戦になるという事でもあるんです。
このロウレスの町を占領しているゲリラは1,000人から1,500人程度。一方寄せ手であるスイザリア軍の方は、3,000人強(輜重を含めれば4,000人を超える)の集団です。この東門前に集結しているのはそのうちの約半数とはいえ、ゲリラにとっては野戦になるのなら全戦力出し惜しみ無しで、とせざるを得ず、そうなると北や西の守りは無くなりロウレスの町が陥落するのです。
また、攻城櫓がスイザリア軍の管理下に落ちたら。攻城櫓自体は可動式です。そして櫓の屋上部分から直接城壁の上に乗り込むことが出来るようになります。これはそういう兵器なのですから。そうなると、ゲリラの命運は風前の灯火となってしまうでしょう。だから、残る選択肢はこの攻城櫓目指して走り寄ってくるスイザリア軍を近付かせないことだけ。それさえも弓や弩だけでは現実的ではないのです。
そして、攻城櫓に隠れるように出現した、平衡錘投石機と破城槌。これも無視出来るモノではありません。
平衡錘投石機は、城門どころか城壁そのものを破壊する威力があるのですから、優先して破壊しなければならないでしょう。けど実際は、装填する弾丸となる岩も周囲には無く、有ってもそれを装填する作業も、この「100m」という距離は近過ぎるので現実的ではありません。だからこの投石機自体は、敵の攻撃対象を分散させる為の囮。
一方破城槌は当然、直接城門を破壊する兵器です。またこれにも一定の防御力を附していますので、こちらもまた可動式の付け城たり得るのです。
これら付け城たり得る攻城兵器を展開したボクらは、間髪を容れずに北門に向けて馬を走らせました。
疾走する場所は、城壁から100mライン上。つまり、間断なく矢の雨が降り注ぎます。それに対して、ボクは一つの魔法を展開しています。
ボクが最近開発した〔プレスド・エアー〕。これには実は弱点があります。この魔法は、外部から衝撃を受けると圧縮空気を閉じ込めている〔泡〕が割れ、内部の圧縮空気が解放されてしまいます。
だから、今のような状況で上空に展開しておくと、〔プレスド・エアー〕は対飛び道具用攪乱魔法として機能するのです。
飛来してきた矢が〔プレスド・エアー〕を掠めたら、その衝撃で〔プレスド・エアー〕内の圧縮空気が解放され、周囲を飛翔している矢を巻き込んで吹き飛ばすんです。つまり、矢のような軽質量の飛翔体に対して有効な空中機雷、として使えるということです。
むしろ脅威なのは、単純な投石。一定の質量があれば〔プレスド・エアー〕でも逸らすことは出来ず、また城壁の上からだと重力加速度も味方しますからかなりの威力になります。ただ手で投げるのであれば射程外でしょうけれど、投擲紐を使えば城壁の上からなら届きます。また〔プレスド・エアー〕を隙間なく展開出来る訳ではありませんので、全ての矢を逸らすことも無理かもしれません。
だから。あとはヘルメットやレニガードで頭を庇い、その上で被弾したら即座に〝0〟のコールをして治療する。そんなコンセプトで、北門前まで馬を走らせました。
さすがに、攻城櫓を二つも三つも準備する時間はありませんでした。だから北門前に展開する攻城兵器は、破城槌と梯子(3基)だけ。但し破城槌は屋根付きなので、略式な攻性防御施設として友軍の避難場所になります。
こんな感じで更に西門前まで足を運び、届け物の配達を終わらせたのち。ボクらは本隊に帰参するように命じられていましたが、当面無視してロウレスの南側の丘の上に移動して休憩します。正直、攻城戦に参加したくありませんから。
今回のような短期決戦であればそれ程でもありませんが、本来攻城戦というのは悲惨です。その被害者・犠牲者の大半は民間人なんですから。そしてロウレスの場合、市民全員とはいかなくても、その多くはゲリラに対して同情的。積極的・消極的という違いはあれど、市民全員がゲリラに対する支援者と考えて、間違いはありません。だから市民は、直接の戦闘には関与しないにしても、炊き出しや負傷兵の治療などの為に走り回っていることでしょう。なら市民は軍属・準戦闘要員扱いとなってしまうのです。……ここまで幾つもの村を、「ゲリラを匿っている」という名目で蹂躙してきた軍隊が、今更交戦規定を気にするとも思えませんが。
この位置からは、東西の城門前の戦闘と、町の中の様子が看て取れます。
東の攻城櫓は既に移動を開始しています。それにより、多くのゲリラ兵たちが東門に集結しているようです。
一方西門は、既に梯子が城壁にかけられている模様。そして市内の様子を見ると、北門もまた同じ。けど、梯子一つにつき一人ずつしか上れませんから、まだしばらくゲリラ側が持ち堪えそうです。もっとも、ここからは見えないけど破城槌が、三方の門を打ち砕かんと既に攻撃を開始しているであろうことは想像に難くありません。
つまり現時点では、ゲリラ兵たちは西北門の城壁上で梯子を上ってくるスイザリア兵と戦いながら城門の裏側にバリケードを作って破城槌に対抗し、東では攻城櫓の接近を阻止せんと大型弩砲を設置ししかしそれは攻城櫓上の弓兵の的となり。
「……本隊に帰参したら、松村さんは攻城櫓の上に立たされることになりそうですね」
「飯塚と柏木は、北か西の梯子に上らされそうだな」
それが、戻らない理由。けど、「馬を走らせ続けたので、休ませる必要があった」と言えば言い訳になる。実際は攻城兵器を展開する際、〔亜空間倉庫〕内で主観時間にして数時間の休憩を取っているから、馬もボクらも体力は完全に回復しているんですけれど。
でもおそらく、そんなに時間もかかりません。どこかの門が破られた段階で、残りの門の守りも崩れます。それを確認してから帰参しても遅くはないでしょう。
日の出とともに放たれた、松村さんの超遠的が開戦を告げた、この戦闘。日が傾いた頃(ボクの時計で午後4時過ぎ)に三ヶ所ほぼ同時に城門が破られたことを以て、事実上の終わりを告げたのでした。
(2,994文字:2018/01/28初稿 2018/08/01投稿予約 2018/09/06 03:00掲載予定)




