第34話 蹂躙
第07節 人間の悪徳〔3/6〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
ベスタの峠で攻城兵器を一通り組み立て、それをオレたちの〔亜空間倉庫〕に仕舞い。そこから軍は、三隊に分かれて進軍を開始した。目的地はロウレスの町。
そして今、俺たちの前には小さな村落がある。名前の無い(もしかしたら知られていないだけかもしれないけれど)村だ。
将軍は、この「名前の無い」村が、けれど「ゲリラに協力し匿っている」と断じた。何で、名前も知らないのにそう断じられるんだ、ってツッコみたかったが。
「よって、この村の人間は、全員殺せ。女子供老人の区別なく、だ」
「捕らえて、尋問するなりしないでいいんですか?」
「必要ない。どうせ大した情報は持っていないだろうからな。お前らも、遊ぶ暇があったら一匹でも多くの〝ゲリラ〟を見つけ出して処分しろ。行け!」
どこかの中隊長の欲望塗れの問いかけにも、将軍はにべもなし。
そして将軍の号令を受けて、小隊長からも散開の命令。そのすぐあとから、村のあちこちで、物が壊れる音と金属がぶつかる音、そして人の悲鳴が響き出した。
「……こんなの、酷い」
さすがに見てられなくなったのか、髙月が口元を押さえてしゃがみこんだ。こんな一方的な殺戮、虐殺。オレたちの倫理観では、どうしても受け入れられない。けど。
「うぐぅぁ、〝0〟」
飯塚が、呻き声と共に〔亜空間倉庫〕開扉の0。
〔倉庫〕に入って飯塚の方を見ると、その左手上腕部に矢弾を生やしていた。
「敵のゲリラか?」
「どうだろうな、小さな、女の子だったよ」
〔再生魔法〕をかけて治療をし、話を聞いてみると、8歳くらいの女の子が髙月に向けて弩を撃ったのだそうだ。
普段なら、ロリに手を出し過ぎているからロリに反撃されたんだ、などと冗談を言い合うところだが、今はそんな空気には無い。
「その子、ゲリラなのかな?」
「わからん。あんな小さな子がゲリラの構成員だなんて、考えたくないけど、だからといって違うとも限らない。いきなり村が襲撃されたから、ただ身を守る為に反撃しただけかもしれない。
ただ、あの子のクロスボウの扱いは、手慣れていた。護身や狩猟の為なんて言う口実で、あんな小さな子にクロスボウの使い方を教えるか?」
「でも、美奈が行った孤児院では、女の子も男の子も、皆クロスボウの練習をしていたよ? こんな世界だから、やっぱり必要なのかもよ?」
正直言って、わからない。
オレたちが村を襲ったから、その子は身を守る為に戦ったのか。
それとも、そんな子でさえゲリラに身を投じる村だから、将軍はこの村を殲滅するよう命じたのか。
どちらにしても。昔ベトナムだかアフガンだかでは6歳の少女がトイレの中からロケットランチャーを戦車に向けて撃ち放った、なんていう話を聞いたことがある。
男か女か、大人か子供か、軍人か平民か。そんなこと、戦場では関係ない。前に立ちはだかり戦闘力を有しているのなら敵だし、前に立つ者が戦闘力を有しているのか否かは一目で判別がつくとは限らない。なら、「降伏しない相手は敵」、と考えざるを得ないのかもしれない。
「オレたちは輜重だから、戦わない言い訳が立つ。
今回は引いて、様子を見ようぜ。
少なくとも、こんな民間人相手の虐殺劇に参加したくはねぇ」
オレの意見は、結局全員の総意でもあった。
そして〔倉庫〕を出ると、ちょうど飯塚を撃った女の子が、スイザリア軍兵士の剣でその胸を貫かれたところだった。
この戦争に、正義はない。よく言えば、そこにあるのはただ意思のぶつかり合い。
あの子がゲリラだったなら、あんな小さな子に「殺せ」と命じる親の顔が見てみたいし、あんな小さな子でさえ戦力にしなければならないほどゲリラは追い詰められているのかもしれない。或いはそれだけスイザリアの支配は劣悪で、それを脱する為にあの子は自分の意思で武器を手に取ったのかもしれない。
あの子がゲリラでなかったら、ただ単に侵略者から身を守る為には戦わなければならなかったのかもしれないし、あの子の知らないところでこの村にゲリラが匿われていたのかもしれない。
或いは単にスイザリアの将軍は、この村がゲリラとは無関係だという事を承知の上で、自軍の士気高揚の為にこの村を生贄にしたのかもしれない。
真実はわからない。けれど、これが、この世界の「戦争」なんだ。
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
その日の夕暮れ。かつて村があった場所には、ただ瓦礫の山と死体の山、そして立ち上る炎と煙が充満していました。
これが、一つの戦いの終わり。それはただの蹂躙戦。スイザリア軍に被害はほとんどなく、今なお一部の兵たちは、落ち武者狩りをしています。
やはり納得は出来ません。けど、必要なことだという事はわかります。
この村がゲリラと関係があろうとなかろうと、もしこの村の住民に生き残りがいたら、自爆テロに身を投じてでもスイザリアに復讐することを誓うでしょうから。だから建物家屋は破壊し、更に火をかけ、人間が隠れていられないよう、隠れ続けるのならそのまま煙に巻かれて絶命するよう、徹底的に村を破壊したんです。復讐の種子を一粒も残さぬように。
そして、進軍。高揚する兵士たちと対照的に、消沈するボクら。せめて〔亜空間倉庫〕の中でエリスちゃんと戯れて、気持ちを誤魔化すしかないでしょう。
世の中には善人と悪人がいる。誰かが昔、そんなことを言っていました。
生まれながら善なる人と、生まれながら悪なる人がいる、と。
生まれながら善なる人が、世の汚泥に染まって悪と化すから、そうならないように清い心を持ち続けなければならないという考え方が「性善説」で、
生まれながらに悪なる人が、世を学び正義を学び、善くありたいと願い努力してそうなる、という考え方が「性悪説」、なのだそうです。
けど、今日ボクらが目にした情景は。
生まれながらの善でもなければ生まれながらの悪でもないでしょう。
誘惑に負けて周囲に染まった挙句の悪でもなければ、良くありたいという願いを失い本性を顕した結果の悪でもない。
そこにあったのは、ただ純然たる悪。
冒険者や兵士・騎士も、ほとんどが基本善人です。
その善人が、「戦争」という状況、「戦場」という環境に於いては、当たり前のこととして悪を為す。勝つ為に。生き残る為に。そして、家族や友人の下に帰る為に。
悪人が、悪為す為に戦争に身を投じるという状況の方が少ないのです。
今回の戦闘で、ボクらはほとんど何もしませんでした。
けれど、だからこそ。周りの冒険者や傭兵の眼差しは、胡乱気です。
次の戦闘では、何らかの行動をして手柄かそれに準ずるものを示さないと、もしかしたらスパイの容疑をかけられてしまうかもしれません。
正念場、です。
(2,868文字:2018/01/24初稿 2018/07/18投稿予約 2018/09/02 03:00掲載予定)




