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拝啓、姉上様~異世界でも、元気です~  作者: 藤原 高彬
第二章:依頼は選んで請けましょう
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第32話 出陣

第07節 人間の悪徳〔1/6〕

◇◆◇ 美奈 ◆◇◆


 この世界に来てから、203日目。美奈たちは、モビレアの町から出征したの。


 今回の戦争の戦略目標は、マキア領内各地のゲリラの拠点を殲滅(せんめつ)しながら、領都マキアのマキア港に(いかり)を下ろす、ドレイク王国(〝魔王(サタン)〟さんの国)の『外洋方面艦隊旗艦 エンデバー号』を沈めることにあるんだって。

 多分補助艦艇も引き連れているんだろうけれど、それでもたった一隻の為に今回派遣されるのが、騎士約100人、兵士約3,000人、そして冒険者や傭兵その他志願兵(貧困を脱しようと目論む流民や貧民、それに一旗揚げようと希望に胸を(ふく)らませた一般市民)で構成された、雑兵部隊が、おおよそ200人強。


 美奈たち旅団(パーティ)(フェイト・)辿(ファインダー)】は、はじめから鉄札(はんにんまえ)だから、戦力というよりも雑用が当面の仕事。そして、美奈たちの〔収納魔法〕についてはもう知られているから、かなり多くの荷物の輸送を求められた。

 もっとも、全ての荷を任せられることはなかったし、毎日野営地に着いたら荷の数量点検で美奈たちが横領していないか確認されることになったけど。


◇◆◇ ◆◇◆


 ところで。

 この戦争期間中、エリスちゃんは〔亜空間倉庫〕の中でお留守番してもらうことにした。

 外界で、誰かに預ける訳にはいかないし(それには彼女はあまりに特殊過ぎるから)、行軍に同行させるという訳にも行かない。けれど彼女の場合、自由に〔倉庫〕の内外に出入り出来るようだし、美奈たちも頻繁に〔倉庫〕を使う。滞在時間は、外界にいるのと同じかそれより長いくらいと思う。なら、あまり寂しい思いをさせずに済むけれど、でもやっぱり寂しがらせちゃいけないから、頻繁に遊んであげないと。


「でも、〝エンデバー〟ですか」


 そんな訳で、エリスちゃんと遊ぶ(かたわ)ら、行軍中のミーティング。

 武田くんが、何か気になることがあるようです。


「まるでスペースシャトルだな」


 柏木くんが、武田くんの言葉に乗ります。うん、〝魔王(サタン)〟さんが異世界人なら、別に不思議な名付けじゃないよね?


「エンデバー。その名を持つ船で、有名なのは二つあります。

 一つは、柏木くんが言った、スペースシャトルの5号機。

 そしてもう一つは、キャプテン・クックの座艦です。ちなみに、〝エンデバー〟という言葉は〝努力〟を意味しますが、これ、(イギリス)語と(アメリカ)語ではスペルが違うんです。

 英語では〝Endeavour〟、そして米語では〝Endeavor〟。

 スペースシャトルの『エンデバー号』は、米国(アメリカ)の船ですが〝Endeavour〟と英語のスペルを(つづ)ります。これは、キャプテン・クックの『エンデバー号』にちなむ、という意味なんです」


 へぇ。ちょっとした雑学だね。


「でもまぁ、今は関係ない話だろ?」

「本当にそうかはわかりませんけどね」


 え? ショウくんのツッコミに対して、武田くんは否定的。


「どういうことだ?」

「それこそ、飯塚くんも言ったじゃないですか。『時期と人物が重なり過ぎている』って」

「言ったけど、今度は何が重なっている?」

「ギルマスは、数年前に世界周航を果たした船乗りがいたって言いました。

 そして、地球史に於いてキャプテン・クックは、地球を二周半した冒険家です。そのキャプテン・クックの、最初の座艦の名を冠した船が入港している。これは果たして、偶然でしょうか?」


「つまり、〝魔王(サタン)〟の国のエンデバー号は、世界周航をした、またはそれを目論んで作られた船、という事か?」

「だとしたら、その武装も継戦能力も、この時代の並みの船とは比較にならないと思った方がいいでしょう。中世から大航海時代にかけての世界周航は、綺麗事じゃありませんから。最初に世界周航を成し遂げたと()われるマゼランは、その途上で現地人との戦闘で殉職していますし、艦隊提督として初めて生還したと謂われるフランシス・ドレイクは、現地沿岸の集落や船舶を襲撃し略奪を続けながらの航海でした。キャプテン・クックも、三度目の航海中に現地人との戦闘で死亡しています。

 だから、〝魔王(サタン)〟が異世界人で、意味を持って『エンデバー』と名付けたのなら。当然ハリネズミみたいな武装と、無補給で数ヶ月航海出来るだけの備蓄を持っているはずです。そして〝魔王サタン〟の国に程近いマキアなら、その膨大な備蓄と武力を、独立ゲリラに供与することも出来るのでしょう。


 もともと船、それも戦艦は、〝洋上の要塞(ようさい)〟を目論んで設計されます。

 なら今は接岸しているとはいえ、〝移動可能な要塞〟がそこにいる、と考えるべきなんです。その外殻は城壁、海は堀。正直、この時代の武装では、難攻不落どころの話じゃないでしょう」

「……ムリゲー、じゃねぇ?」

「戦術的には、出戦(でいくさ)を仕掛けてきた敵兵を撃退し、逃走する兵たちに浸透し、一緒になって船に乗り込む、というのと、船で接舷しての接舷(アボル)移乗(ダージュ)戦、という事になると思います」

「制海権は、確保出来ているのか?」

「そうであることを祈りましょう。もっとも、『エンデバー号』にとって、制海権を確保出来ていない場所に錨を下ろす理由があるのかは疑問ですが」

「それって、スイザリア側に制海権は無いってことじゃんか」


 ……なんか、男の子たちが絶望的な会話をしているみたい。


「あたしらは、攻め込むことは考えないんだよな? 自分たちが生き残ることだけを考えるんだよな? だったら、そんなことはどうでもいいことじゃないのか?」

「そうは言えません。孫子に(いわ)く、『(てき)を知り己を知れば百戦(あや)うからず』。敵の戦力を知ることは、ボクらが生き残るのに必要な情報になりますし、また味方がそれを攻略する為にどんな作戦を練るかを予想することも出来るようになります。


 例えば浸透戦なら、単身で斬り込んでも一通りの事が出来る重装兵が期待されるでしょう。つまり柏木くんのようなタイプです。

 また接舷移乗戦なら身軽な方が(たっと)ばれるはずです。飯塚くんのタイプですね。

 或いは遠距離からの射撃戦になるのなら、松村さんのような弓使いが火矢で、という話になるかと思います。ただその場合は、射撃に有利な位置――港を見下ろす高台など――を占領している必要があるでしょうけれど」

「つまり、浸透戦なら港街での市街戦から流れるように船上の戦いになる。

 接舷移乗戦の場合、マキア以外の港を先に抑える必要が出てくる。

 射撃戦の場合、高台を占領する為に布陣する、か」


 おシズさんが、武田くんの言葉を総括する。そう、〝大弓使い〟という二つ名を与えられたおシズさんは、戦況によっては任務を宛がわれる可能性が高いんだから。

 と、ショウくんが。


「……港を攻撃する為に、高台を占領する。日本人にとっては、トラウマ的な戦況だな」

「あ、飯塚くん気付きましたか。おっしゃる通り、二〇三高地がそれにあたりますね。まぁこの世界に機関銃どころか銃火器はありませんから、その心配は無用でしょうけれどね」


 それでも、斜面を登りながら、それが弓や(クロスボウ)であっても飛び道具を相手にするというのは、とても怖い。


 そんなに怖い戦況になら無ければ良いけれど。

(2,992文字:2018/01/21初稿 2018/07/18投稿予約 2018/08/29 03:00掲載予定)

【注:キャプテン・(ジェームズ・)クック(Cpt. James Cook)1728-1779、軍人、冒険家、測量士。地球を二周半し、三周目の途上で殉職しました。第一回航海時に於いては、船員から一人も壊血病の発症者を出さなかったといいます。座艦は、『エンデバー号』(第一回)、『レゾリューション号』(第二回・第三回)。

 「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」は「孫子・謀攻篇」の言葉です】

・ 厳密には。「二〇三高地」は旅順要塞攻略の一局面に過ぎず、旅順港を封鎖する為の陸上戦闘としては「旅順要塞攻囲戦」と呼ぶべきです。が、その被害の甚大さから、その戦闘の象徴的なランドスケープとして「二〇三高地」がクローズアップされています。

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