第29話 歴史的経緯(後篇)
第06節 徴兵〔3/5〕
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冒険者ギルドのギルマス・マティアスによる歴史の講義は続く。
「歴史は一気に三百年飛ばし、今から約二十年前のことだ。
マキアが、前触れなくフェルマールに侵攻した。当時、マキア第三王子とフェルマール第二王女の間で事実上の婚約が整いつつあったという状況にもかかわらず、だ。
全く前兆が無かった訳でもなかった。スイザリアは敵国であるフェルマールの鉄を、犯罪組織を介して密輸入し、それを表向きの敵国であるはずのマキアに横流ししていた。マキアは、同盟国であるはずのフェルマールを仮想敵とした演習を、このスイザリア領内で行っていた。それは、三百年前の『対フェルマール臨時協定』を根拠にしたものだった。
『300年の毒』。当時彼らはそう言っていた。もっとも、この三百年間変わらずフェルマールに対する憎しみを維持し続けたのかどうかは知らない。まぁおそらく、フェルマールを攻める隙を見出したから、自分たちの行動を正当化する名分として三百年前の臨時協定を引っ張り出してきたんだろうがな。
だがそのことを、開戦半年前にフェルマールの密偵が察知し、ぎりぎりながら防衛線を布くことに成功した。『毒戦争』と呼ばれたその戦争は、フェルマールの『氷雪の魔女』と呼ばれた第二王女の活躍により、これを撃退した。
これにより、マキアはフェルマールの属国となった。
しかし、更にその二年後。
フェルマールの周辺の四ヶ国。スイザリアとリングダッド、それに北のリーフとカナリアが、同時にフェルマールに宣戦布告した。
スイザリアはマキアと南ベルナンド地方の両方を同時に攻めた。マキアの軍は『毒戦争』で壊滅してからまだ再編されていなかったし、マキアの治安維持の為に駐留していたフェルマール軍は、援軍を呼ぶ間もなく壊滅した。一方で南ベルナンド地方を攻めたスイザリア軍は、途中の都市ハティスの自爆戦術に巻き込まれてそれ以上侵攻出来なかった。
フェルマールはしかし、リングダッド、リーフ、カナリアの三国軍の侵攻を前に崩壊し、その国体は消滅した。
だが、フェルマールの王族の生き残りは、当時フェルマールの騎士だった〝サタン〟の手で保護され、〝サタン〟の興した『ドレイク王国』で現在も生活している。〝サタン〟の正妃は、フェルマールの王女、それも『毒戦争』で活躍した第二王女その人らしいけれどな」
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〝魔王〟の国は、フェルマールの騎士が興し、フェルマールの王女を正妃に迎えた国。だとすると、スイザリアは〝魔王〟の仇敵という事が出来るのだろう。だから、「敵の敵は味方」とばかりに、スイザリアと敵対するマキアのゲリラを支援している、という事か。
だけど、焦点を「マキア」「スイザリア」「フェルマールの後継たる〝魔王〟の国」の三国に絞って考えてみると、善悪の関係が複雑になる。
マキアは、その振舞いから『卑怯』という言葉が似合い、スイザリアから敵視・蔑視されるのもわかる。それでいながら、小国としてはそれ以外に生き残る術がなかったであろうことも、容易に想像出来る。
フェルマールを攻めたのは、もしかしたら大国になる夢を捨てきれなかったから? けどそれも、結局夢で終わってしまったんだろう。
スイザリアとマキアの関係を考えれば、マキアがスイザリアの支配下にあるのは当然のようにも思える。けれど「民族自決」という考え方をすれば、やはり不当支配だろうし、独立運動を支える〝魔王〟の行動は正しいようにも思える。
マキアと〝魔王〟の国の関係を考えれば、〝魔王〟はフェルマールの仇討ちにマキアを利用していることになる。なら利用されているマキアの民を〝魔王〟の国とその傀儡たるゲリラの主導者から解放するのが正義? けれどそうすると、マキアの独立という理想は実現可能なのか?
スイザリアと『フェルマール王国の後継』である〝魔王〟の国の関係を考えれば、〝魔王〟の国がスイザリアを敵視する正当な理由があるという事になる。けど同時に、それは終わったことに対する単なる怨讐に過ぎないのかもしれない。
「戦争自体が悪だ」と言っても、では独立派主導でマキアの平和を齎すかスイザリア主導で齎すかで、やはり争いになるだろう。
確かに「正邪善悪」という考え方で、この戦争を理解しようとしたら、どういう結論に至っても独善になる。関係しているどの国も、その国なりの正義の旗を掲げているのだから。
ならオレたちの取るべき道は?
どうせ正邪善悪入り乱れているのなら、大義名分考えず、ただ作業としてこの依頼を熟すべきか?
それとも、オレたちなりの『正義』を見定めて、それに従って行動するか?
否、そんなこと、考えるまでもない。
それこそ騎士王国で、〔契約〕の内容を知ったときから、オレたちの方針は変わらない。
オレたちは、オレたちの道を往く。
それが〔契約〕や依頼に求められたものと違うのだというのなら、その要求の穴を探し、オレたちの信念を押し通せる方法を見つけ出す。
昔、剣道部にいた友人が言っていた。「一度試合で剣を交えれば、百度言葉を交わすより相手のことがよくわかる」と。ならこの戦争は、〝魔王〟のことを理解する契機とさせてもらうことにしよう。
「よくわかりました。
正しくは、『聞いても詮の無いこと』だとおっしゃった、その理由がわかりました。
けど、聞いて良かったと思います。
教えていただいた事実を無駄にしないように、生きてこの戦争から戻ってくることにします」
「そうだ。それで良い。
もう一つ教えておいてやる。
冒険者にとって、出征依頼の完了とは、生き延びることだ。戦争に勝利することでもなければ武勲を上げることでもない。勿論、騎士になりたいというのであれば、武勲は必須だがな。
国軍が負け、部隊が全滅しようとも、生き延びればその冒険者にとっては勝利であり、クエストの完遂だ。まぁ敵前逃亡や脱走と看做されたら、指名手配されるからそうならないように気を付けた方がいいだろうがな。
最後に一つ、これを持って行け」
そう言って、ギルマスは一通の書状をオレたちに差し出した。
「これは?」
「お守りみたいなものだ。今は開けるな。出来れば開けずに持ち帰れ。
だが、最悪の事態になったとき、これがお前たちの命を救うと信じている。
だから、これは〔収納魔法〕で仕舞い込むのではなく、肌身離さず持っていろ」
この書状が何なのかは、オレたちではわからない。
けど、ギルマスが一介の冒険者に対する以上の配慮を以て、俺たちを心配してくれているのはわかる。
なら、あとは頑張って生き延びるだけだ。
(2,888文字:2018/01/17初稿 2018/07/18投稿予約 2018/08/23 03:00掲載予定)
・ マキア王国は、建国以来『毒戦争』の前まで、一度として大きな敗戦を経験していません。それでいながら専守防衛を貫いた訳でもなく、状況に応じて積極的に侵攻戦も決断していました。マキア王国が経験した「敗戦」と呼べる状況は、精々国境紛争で撤退した程度。或いは、序盤で攻め取った占領地を放棄せざるを得なくなった程度です。結局本国は、無傷で保全し続けたんです。その意味では、強かにしてしなやかな外交国家だったという事が出来ます。
・ 〝魔王〟氏が、元フェルマールの騎士であるという事実は、世間一般には知られていません。独自ルートでその事実を知るギルマスが、「ついうっかり」口を滑らせただけです。
・ 「一度試合で剣を交えれば、百度言葉を交わすより相手のことがよくわかる」と柏木宏くんに言った剣道部の友人氏は、単にどこかの漫画の台詞をパクっただけだった模様。




