第25話 お礼参り
第05節 予兆〔3/4〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
都市の物流は、隊商が率いる大規模商隊が担っている。けれど商人の本能である業務の効率化と利益の最大化を求めた結果、その商隊は大都市を繋ぎ、またその移動は定期・定速となる。
その為、街道から外れた町村へは利幅が小さいので中小の隊商の管轄になり、利益を見込めない辺境の村落へは、地縁のある零細商人が何かのついでに寄るだけ、となってしまう。
また、街道上でも臨時便や高速便を必要とする場合は、商人たちでは身動きが取れない場合が多い。
そうなると、そういう案件は冒険者ギルドに持ち込まれ、鉄札の依頼として発注されることになるのだ。
とはいえ、今回あたしたちが請けたクエストの依頼主は、商人じゃない。モビレアの冒険者ギルドそのものだ。
「この書状を、モリスの町の冒険者ギルドに届けてほしい」
「わかりました。ちなみに、内容は?」
「お前たちが知るべきことじゃない」
このクエストは、意地でも受注したかった。それが器の小さい意趣返し、とわかっていても、やっぱりモリスのギルドには「お礼参り」したかったから。そしてその事情を知るプリムラさんは、【縁辿】に対する事実上の指名依頼としてあたしたちの下にこのクエストを持ってきてくれた(但し指名依頼じゃないので、指名料は無い)。
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馬は、騎乗して走れるのは3時間が限度だとも言われている。けれど、あたしたちの〔亜空間倉庫〕は、生き物を連れて中に入れる。そして、〔倉庫〕内での時間は外界に影響しない。
なら、外界で3時間走り、〔倉庫〕を開いて中で休憩をとり、また外界に出て3時間走る、とすると、外界では24時間休みなく走り続けることが出来るという事になる。
とは言っても、現実的にはそうもいかない。〔倉庫〕内が、馬にとって本当に休める空間なのかがわからない(物理的・魔法的な問題だけでなく、心理的にストレスがかかる空間である可能性が否めない)し、やはり太陽の下での休憩の方が馬もリラックス出来るはずだ。そう考えると、3時間走り、1時間休憩してから〔倉庫〕に入るというサイクルの方が適していることになる。
また、あたしたちは騎士王国の厩舎一つ、丸ごと襲撃してその馬全頭を接収している。なら、〔倉庫〕を使った駅伝方式で馬を乗り継げば、早馬と同等、普通の騎乗の10倍近い速さで走り抜くことが出来る。
勿論、夜間はそれなりに危険が伴う。けどそれさえ、美奈の〔マルチプル・バブル〕で索敵すれば多くの危険を回避出来るだろう。
あたしたちは、モリスからモビレアに来るまで、プリムラさんの馬車を護衛しながら20日弱かかった。けれど。馬を乗り継ぎ昼夜走り抜ければ、夜間の移動速度を日中の半分と考え、更に外界での休憩時間を考慮しても、三日、という予定を組むことが出来た。一日に6頭の馬を乗り継ぐ計算になる。
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「何か、長閑だよな」
柏木が、感慨深げに呟いた。
傍から見ると、馬を全速で走らせ、しかも一日6頭、片道で一人18頭乗り継ぐ超強行軍。そうでありながら、その内実は3時間走って1時間休憩、そして〔倉庫〕内で4時間或いは8時間過ごしている訳だから、主観的な一日は60時間近くになっている。だからあたしたちにとっては、外界で休憩する1時間は、本当の意味で呑気に過ごせる1時間という事になる。
あたしたちがこの世界に来てから、既に171日が経過している。冒険者を始めてから63日、東大陸に来てから83日。
東大陸に来た直後、こちらの季節は夏真っ盛りだった。それから既に季節が一つ変わり、日を追って涼しくなっている。そろそろ寒さ対策を考える必要がある、という時期だ。
だから、馬たちの為にも木陰の水場を休憩場所に選んでいるが、渡る風は少し肌寒い。
また、移動速度を優先しているから、美奈の〔泡〕が捉えた魔獣・野獣・盗賊は全部無視しており、その意味でも血生臭さを感じていない。
今でも、あたしらの視界には兎が2羽。でも美奈の〝1〟のコールはかからない。いつもなら、あたしの弓か飯塚の弩、或いは武田の微塵を取り出すことを考えるのに。そして傍らでは、美奈の隣でエリスがお昼寝中。
「そうだよね。こんな日々がずっと続けばいいのに」
美奈も、エリスの頭を撫でながら柏木の呟きに同調している。けど美奈もわかっている。
あたしら人間は、食べなければ生きていけないし、食べる為には命を奪わなければならない。或いはそれを得る為に稼がなければならない。今のあたしたちは、糧を得る為にモリスに馬を走らせ、それが優先だから目の前の〝食材〟に手を出さない。今のあたしたちなら、ウサギ狩り程度で大した時間の浪費にはならないだろうけど、一方でウサギの1羽や2羽を捌く収益よりも、所要時間を一日短縮したボーナスの方が大きい。
「だけど、今だけだ。
もうすぐ俺たちは銅札に昇格出来る。そうしたら、行動範囲は更に広がる。
多分その時になったら、本格的に考える必要があるんだろうな。〝魔王〟と、どう向き合うか」
馬たちの汗を拭き、風邪をひかないように馬衣を着せていた飯塚が言う。
そう。多分これは、「嵐の前の静けさ」。それこそ、この穏やかな日々こそが、今後の騒乱の兆しなのかもしれない。
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そしてモリスの町に到着して。あたしたちは、あの日と同様、冒険者たちの列に並んだ。本来なら見える場所に提示してなければならない冒険者証を提示せず。
「……ご主人様は、一緒じゃないんですか?」
あの日と同じ、受付嬢。彼女はあたしたちのことを憶えていたようだ。
「鉄札冒険者として、依頼を請けてきました。これが冒険者カード、こちらが依頼者証です。ギルドマスターに取り次いでください」
受付嬢は、その二つを確認してから、
「かしこまりました。今お呼びしますので少々お待ちください。
けど、一言だけ。
意趣返しのつもりだったのかもしれませんけれど、あの時も紹介状の提示をお願いしましたよね? あの時は、貴女がたの保証人はいなかった。だから私は貴女がたを相手にしなかった。けど今はモビレアのギルドが貴女がたの立場を保証している。なら今はもう、貴女がたは私たちの仲間です。
ようこそ、モリス冒険者ギルドへ。
モビレアの冒険者さん、そちらでお待ちください」
あたしたちの、底の浅い思惑は見抜かれていたようだ。ちょっと恥ずかしい思いをしたけれど、でもこの受付嬢に〝仲間〟と認められたのは、思った以上に嬉しかった。
(2,801文字:2018/01/16初稿 2018/07/18投稿予約 2018/08/15 03:00掲載予定)
・ 「3時間走り、1時間休憩してから〔倉庫〕に入るというサイクル」と書いていますが、厳密には「並足」で45分、「速足」で5分走ったあと、10分間の小休止をとるというサイクルを3回転させた後、1時間の大休止をとってから〔倉庫〕を開く、というスケジュールです。
・ 松村雫さんたちが冒険者登録出来たという事を、一番喜んでいるのは実はモリスのギルドの受付嬢だったり。彼女は立場上雫さんたちに手を差し伸べる事が出来なかったから、その行く末を気にしていたんです。ちなみに、雫さんたちは本来、業者用の窓口に並ばなければなりません(笑)。




