第24話 予算と増収策
第05節 予兆〔2/4〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
松村の大刀が、遠からず折れる。
それを聞いた時、やっぱり最初に考えたのは、何を措いてもその代替品の調達だった。これまで、ここ一番ではいつも松村の大刀に頼っていた。それが失われるかもしれないというだけで、これほど動揺するなんて。
けど。
「あたしの大刀の代替品は、優先順位はそんなに高くない。
そもそも対人戦を考えたら、あたしの場合は刃がない方がやり易い」
松村自身は、あっさりしていた。
「人を殺せないあたしには、刃があればその分躊躇いが出る。踏み込みが鈍る。けど刃が無ければ思い切ってそれを振るえる。
そしてあたしの場合、対人戦闘ならただの棒で充分だと言える技術があると自負しているからな」
「松村さん、念の為、『逆刃刀を脳天に叩き込んだら、頭は割れる』んですよ? ご存じとは思いますが」
「知っている。剣道や薙刀道の試合で有効打突と認められる部位は、その悉くが人体急所だ。そこを正確に打突出来るという事は、すなわちそこを外して打ち込むことも、或いは力を加減して打ち込むことも出来るという事だ。
けど、刃があれば、力を加減しても失血死の危惧がある。その心配がないだけ有り難い」
武田のツッコミも、松村は笑って往なしている。
「刃を必要とするのは、大型獣や魔物との戦闘時に於いて、だ。だが、それに対しては〔帯電〕や〔烈火〕を使うことを考えている。
飯塚、あの時使った小剣は、どうなった?」
それは、オレたちが騎士王国の宝物庫を襲撃した時の話だ。
「さすがに、刃物としては使い物にならなくなっているよ」
「まぁ当然だな。鉄が熔ける直前の〝白熱〟状態まで加熱し、その上で力を加えたんだから。
けど、その熱が生み出す殺傷力を期待するのなら、刃はやっぱり必要ないだろう」
それはつまり、大刀を『大きなはんだごて』として使うという事。確かにそれなら刃は必要ない。そして〔帯電〕を使う、すなわち『大きなスタンバトン』として使う時もまた、同じだろう。
「いつまでもこのままで良いとは言わないさ。けど、当面の優先順位は、飯塚と柏木の甲冑だ」
その、松村の言葉を受けて。オレたちの方針は確定した。
とはいえ、甲冑は基本、オーダーメイド。それもあり、その値段は実は大刀の数倍に達する。だから。
今回はそれぞれの得物の補修のみを鍛冶師に依頼し、あとは目標額まで貯金することにした。ついでに、〝正しい刀剣の砥ぎ方〟も教えてもらう。
長持ちしない刃物だからこそ、最後まで必要最低限の性能を保持していてほしいから。
◇◆◇ ◆◇◆
ところで。
飯塚が縁を持った革職人のオットー氏。彼から、オレたちは動物の解体についてを教えてもらうことにした。
今までは解体の労を惜しんでそのままギルドに提出し、解体手数料を差し引かれて買取料金を受け取っていた。けど、自分たちで解体出来るようになればその分受け取れる代金も増える。〔亜空間倉庫〕には、それを出来るだけのスペースもあるのだから。
また、ウサギなどの小動物の場合、自分たちの夕食に供することを考えても、解体方法を憶えておく必要があると認識したのだ。
飯塚は解体の経験がある。とはいえ、「やったことがある」程度。またそれは「その肉を食する」ことが前提で、「皮を素材として剥ぐ」ことは想定していなかった。
けど上手に剥げば、皮も売れる。剥いだ皮を下処理しておけば、オットー氏が買い取ってくれるとのこと。その為の薬品や道具も、オットー氏が昔使っていたものを安く譲ってもらった(氏の長男であるデニス君は、これがちょっと気に入らないような表情をしていたが)。
そのついでに、肉類の管理・保管方法についても教えてもらった。
多くの肉は、〆た直後より一定期間熟成させた後の方が、味が良い。けれどその一方で「熟成」と「腐敗」は表裏一体。適切に処理出来なければ腐敗が始まり、食用に適さない。また「野生の肉は臭い」のは、血や体液などの匂いが殆ど。適切に処理をすれば、クマやイノシシ、タヌキといえど臭みはない。その為に必要なのは、適切に血を抜き、皮を剥いだ後の肉(枝肉)の殺菌と温度管理。〔倉庫〕内では時間経過をさせない事が出来る為常温でも腐敗を心配する必要はなかったけど、「熟成」させることを考えるのなら、冷蔵室を考える必要があるだろう。
そして熟成させた肉は、骨を取り除いたうえで切り分け、更に塩漬けにする、それ用に調合した調味料に漬けた後干して水分を抜いた干し肉にする、或いは燻製にする、などの方法で長期保存出来るように加工する事が出来る。熟成肉のままでも腐敗を心配することのない〔倉庫〕があるオレたちにとっては、これは味のバリエーションを楽しむテクニックになるし、オットー氏の伝手で食肉業者を紹介してもらえばギルドに卸すより良い値が付く。当然、処理の品質や味が問われることになるだろうけれど。
獲物の解体は、出来るようになると今までかなりの費用を無駄にしていたことがわかる。獲物を丸ごと一頭納品しても、解体手数料を差し引かれたら、解体後の枝肉を納品した時と大差なくなってしまうのだ。言い換えれば、皮や爪といった素材の買い取り代金は(それが依頼として提示された品目でない場合)解体手数料とほぼ同額、という事になる。
なら、解体してから納品すれば、皮や爪の代金分だけ冒険者側の取り分が増え、それを専門の職人・業者に直接卸せば更に収入が増える。皮を下処理し、肉を加工してから業者に卸した場合、その為に別途かかる費用や手間を考えても、ギルドに納品するより倍以上の利益が手元に残ると考えていい。なら、手間をかける意味もあるというモノだ。
◇◆◇ ◆◇◆
さて。鉄札の依頼は、どうしても旅団単位で受注することが増える。野外活動の単独行動、など、好んで行うのは自信家じゃない。ただのボッチだ。
そうなると、オレたちもパーティ名を考える必要があるのだが。
「【××高校二年三組】とか?」
「美奈、それはいくら何でも……」
「【反乱奴隷軍】とかは?」
「武田、そのまんま過ぎてあまりに不穏だろ」
「あたしらはここで〝縁〟を〝辿る〟。なら、【縁辿】で良いんじゃないか?」
「……その辺りが無難かな?」
という訳で、オレたちのパーティ名は【縁辿】となったのである。
なお、パーティリーダーは、飯塚。
「何故?」
「誰もそんな面倒ごとをやりたがらないからだ。異論は認めねぇ」
(2,850文字:2018/01/16初稿 2018/07/18投稿予約 2018/08/13 03:00掲載予定)
【注:「逆刃刀を脳天に叩き込んだら、頭は割れる」は、〔和月伸宏著『るろうに剣心~明治剣客浪漫譚~』少年ジャンプコミックス〕の主人公・緋村剣心が、不殺を誓いながら(刃が無いとはいえ)鋼で出来た刀を全力で敵の脳天に振り下ろす様子を揶揄した表現です。『探偵ファイル』というサイトに於いて、逆刃刀の殺傷力の実証実験が行われたことがありますが(http://www.tanteifile.com/baka/2004/01/07_01_zantetsuken4_01/)、パイナップルを普通に両断しています】
・ 柏木宏くん「野外活動の単独行動、など、好んで行うのは自信家じゃない。ただのボッチだ」
・ 二十年前の〝飛び剣〟の二つ名を持つ冒険者さん「……ぼっちじゃないもん(涙)」




