第05話 ミーティング・1 ~サタンとキュゥべえ~
第02節 異世界言語と魔法〔2/7〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
色んなことを聞かされた。正直、オレの頭はパンクしそうだぜ。
で、パンクする前にぶちまけようと、部屋に戻って口を開こうとした途端。
武田の奴が、ハンドサインで「声を出すな」と指示した。
そして、自分のカバンの中からノートを取り出し、ある文章を書いてからオレたちに見せた。
《 これから、会話はなるべくスラングや方言、固有名詞を多用して。無理矢理置き換えるのも可(「犬」⇒「白いお父さん」みたいに)。
誰かの発言内容が、言葉の置き換えが行き過ぎて、訳わからない場合は、筆談で。
「文字」は翻訳の対象じゃないみたいだから。 》
成程、盗聴対策か。全く声を出さずに筆談で、となると、警戒されるけど、ちゃんと会話していて、けれど翻訳不全で解読不能、なら、魔法の限界、と考える訳だ。
さすがにクラスの総合成績では、松村に次ぐだけあるな。
「んじゃあまず、〝マーリン〟の言葉の検証からか」
魔術師長=マーリン。この程度の言い換えなら、オレでも出来る。
「そうですね。じゃまず、ボクたちが〝縁を辿って召喚された〟っていう件」
おい、言い換えはどうした?
と、疑問に思ったら、脇から松村がメモを見せた。
《 この話題は、出しておかないとその方が不自然よ。主題としては言い換えない方が良いわ 》
……置き換え言葉を使うべき内容と、使わない方が良い内容の区別なんて、オレには出来ねぇよ!
「つまり、延縄漁じゃなく一本釣りだった訳か」
「だけど、そうすると疑問が残る。過去に釣り上げられた鮪の話よ。リリースされたんでしょう?」
飯塚と松村。地球人は鮪で、召喚方法は漁法か。
「多分、そこがダウトだろう。釣られた鮪がいたというのがダウトなのか、リリースしたというのがダウトなのかはわからんけど」
「文字通り、逃がした魚が大きかった可能性もある訳ね」
……誰が上手いこと言えと言ったんだ?
「現実問題、リリースした鮪がいたのなら、その鮪にはGPSを仕込んだはずだ。
もう一度釣り上げるなら、そっちの方が早い」
? これは、何を言っているのかわからない。
首を傾げていると、脇から武田が 《 〝縁を辿った〟というのなら、過去に召喚された人の方が、ボクたちよりも深い縁がこの世界にあるという事になります。勿論〝縁を辿った〟というのが真実なら、ですが。 》 と書いたノートを見せた。ちなみに横から髙月も覗き込んでいる。
そして、「逃がした魚が大きかった」。つまり、その過去の地球人はまだこの世界に残っていて、けれど魔術師長たちの依頼は蹴られた可能性もある、ってことか。
可能性だけはどんどん広がるけど、でも有用な答えは見つからない。
オレたちが戻れる可能性、は、現時点ではまだ不明という事だろう。
「結局、鮪の行方は現状じゃわからない、ってことね。
ならその次。この部屋が〝ルイーダの酒場〟だっていう件について」
古典というか、かなりポピュラーな言い換え言葉を使うな、この女。
意外にゲームとかやっているという事か?
だが、〝ルイーダの酒場〟か。そう言い換えるという事は。
「それについては、オレから一つ。
〝一本釣り〟の最中から、お前らがDQを意識したことを考えていたみたいだから、〝マーリン〟の前でオレは敢えて『〝エリア88〟に送られそうになっている』って、自分に言い聞かせていたんだ。
そうしたらあの瞬間、『キミたちなら〝黒電話〟を取って来れると信じてる』って聞こえたんだ。
皆がその単語を〝ゾーマ〟と聞いたのなら。それは先入観からくる、〝こんにゃく〟の誤作動だと思うぜ」
魔王と勇者。その思い込みに引き摺られてしまうと、正しい判断なんか出来るはずがない。それこそ「火星人と金星人」という例を示してくれた武田でさえ、既に引き摺られているという事を考えれば、ここで釘を刺しておく必要がある。
「そっか。美奈もあの時、まお、じゃなく、〝ゾーマ〟さんて聞こえたときに、なんか違和感があったの。そういう事なのね」
と、髙月。おそらく、オレと髙月は、そういったゲームや漫画に嵌まり過ぎていなかったから、引き摺られずに済んだんだろう。という事は、松村も意外とソッチ系?
「有り難う、と言うべきだろうな、柏木。お前のおかげで、〝ルイーダの酒場〟に囚われずに済みそうだ。
たとえ言葉は〝ゾーマ〟でも、それは〝遊戯札〟にとっての〝黒電話〟、と考えるべきなのだな。なら、〝ゾーマ〟より〝サタン〟の方が近い訳か。いや、〝ルシファー〟の方か?」
と、武田がノートに文章を記し、俺たちに見せた。
《 原典の〝サタン〟は『主と敵対する者』という意味。だから〝悪魔の王〟でも〝敵国の王〟でも〝サタン〟で構わないと思う。〝ルシファー〟は、〝裏切り者〟の意味も含むから、それこそ〝かつて召喚された異世界人〟でもない限り当たらないはず。むしろ、『異教の神バアル』である〝ベルゼブブ〟の方が近い? 》
……内容が濃過ぎて付いていけねぇよ!
「まぁ、そういう事なら、コードネームは〝サタン〟で統一しよう」
と、飯塚。こいつも武田の文章は半分も理解していないようだが。
「ちなみに、神道は『八百万の神』です。貧乏神も疫病神も、異教の神も魔神さえも、天津神や国津神の一柱に過ぎません。〝魔王〟が天津神または国津神の一柱なのか、それとも〝外の神〟なのかは、慎重に確認する必要があるでしょうね」
「勘弁してくれ。ここで〝ショゴス〟や〝クトゥールー〟に出てきてほしくはねぇよ」
武田と飯塚の会話の中に、またわからない単語が出てきた。けど、さすがにその辺りは枝葉だろ?
◇◆◇ ◆◇◆
気を取り直して、次の話題は魔法について。
「えっと、でも、〝サタン〟さんとどう向き合うか決める前に、〝キュゥべえ〟さんしてくれるってことは、何だかんだ言って〝マーリン〟さんって善い人?」
口を開いたのは、髙月。けど、「〝キュゥべえ〟さんする」って、なんだ?
と、横からまた武田が 《 アニメのキャラ。少女を魔法少女に勧誘する。いずれ魔法少女を魔女にして、そのエネルギーを回収する為に。 》 と書いた。アニメのネタなんか、わからねぇよ。
「正しく、〝キュゥべえ〟だろうな。なんせ、選択肢があるように見せながら、実は一本道。逃げたら力尽くでもその道を選ばせるところなんか、正しく〝キュゥべえ〟だ」
だから松村、おめえはアニメにまで造詣が深いのかよ。どんだけ多芸なんだ?
だけど、確かにそれは、一本道。逃げるにしろ戦うにしろ、魔法を学ぶ必要はあるし、どちらにしても〝サタン〟のところに行く必要はあるだろうから。
(2,832文字:2017/11/26初稿 2018/03/01投稿予約 2018/04/09 03:00掲載予定)
【注:「白いお父さん」は、SoftBank社のCMに出演する、北海道犬の愛称です。
「マーリン」は「アーサー王伝説」に登場する魔導師の名称です。そして、この国で代々「宮廷魔術師長」に与えられる役職姓だったり。
「ルイーダの酒場」は、名作ゲームシリーズ「ドラゴンクエスト」で、仲間を募る場所です。また「DQ」は同シリーズの略称、「ゾーマ」は同シリーズ第三作のラスボスの名です。
「エリア88」は、〔新谷かおる著『エリア88』小学館少年ビッグコミック〕の舞台となる、外人部隊(傭兵部隊)の基地の事です。
「黒電話」は某北の将軍様を指すネットスラングです。
「遊戯札」は、第45代アメリカ大統領を指すネットスラングです。
「こんにゃく」は〔藤子不二雄著『ドラえもん』小学館てんとう虫コミックス〕に出てくるアイテム「ほんやくこんにゃく」の隠喩です。
「キュゥべえ」は、テレビアニメ〔新房昭之監督『魔法少女 まどか☆マギカ』〕に出てくるキャラクターです】
・ 「ダウト」は英語で「疑わしい(doubt)」「嘘だと思う」の意味です。トランプゲーム「ダウト」から転じて、日常語で使う人もいます。
・ 「ショゴス」「クトゥールー」についての蘊蓄は、拙作『転生者は魔法学者!?』(n7789da)の第三章第36話(第130部分)本文・後書を参照願います。ちなみに、前作と同一世界ですので、この発言はフラグです。
・ 今話はちょっとわかりづらい概念が含まれていますので、解説を。
この世界に、〝魔王〟に相当する単語は存在していません。〝善神〟と対立する〝悪神〟という概念は存在していますが、それは拝火教に於ける光神に対する闇神と同じ概念であり、悪神であっても神格は善神と同位となります。そして、魔術師長は「神を殺せ」と依頼している訳ではないのです。
では何を言ったか。飯塚翔くんたちはその〝概念〟を『魔王』と翻訳し、柏木宏くんは『敵国の君主』と翻訳したのです。