第21話 指名依頼 ~酔いどれ弓兵・2~
第04節 Eランクのクエスト〔5/6〕
(注:今話もまたお酒の話に終始します。お酒の苦手な方、未成年の方には申し訳ありません)
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
あたしがギルドで依頼を探していると、プリムラさんが声をかけてきた。
「シズ、貴女に指名依頼が来ているわよ」
指名依頼。これはその名の通り、依頼主が、そのクエストを受件する冒険者を名指しで指定するもので、当然通常のクエストより指名料の分だけ報酬が良くなる。
けど、指名依頼の対象となる冒険者は、銅札以上と聞いたことがあるけれど……?
「別に決まっていないわ。確かに銅札以上の冒険者の方が多いけど、木札の冒険者に指名依頼を出してはならないという決まりはないし、そもそも〝二つ名〟持ちなら、指名依頼も当然だし。そう思わない? 〝大弓使い〟さん」
あぁそうか。〝大弓使い〟としてのネームバリューが、指名依頼に繋がるのか。そう考えると、〝二つ名〟は冒険者にとって確かにメリットがある訳だ。
けど。〝大弓使い〟の二つ名に値する仕事、となると、やっぱり木札のクエストではないような?
「クライアントは、貴女たちの投宿している『青い鈴』の亭主。団体客が来るから、食堂の手伝いをしてほしいんだって」
……〝大弓〟関係ねぇ!
◇◆◇ ◆◇◆
このクエストは、何故あたしに対する指名依頼になったのか。
あたしも炊事・洗濯・掃除は一通り出来る自信はある。けれど裁縫・躾けには自信はないから、「家事の〝さしすせそ〟」の半分しか出来てないけど。とはいっても、炊事は普通の家電製品を使用した料理で薪竈を使った料理はほとんどしたことがない。飯塚とともに山野を駆けまわって火熾しから自分でやれる美奈の方が普通じゃないような気もするけど。洗濯に関しては、絹製品の扱いから洗濯板や揉み手洗いには慣れているけど。けれど逆に言えば、その程度でしかない。
それらのエキスパートである美奈ではなく、あたしが、何故食堂の手伝いに指名されたのか。
「ねぇちゃん、こっちだ」
「はい、煮込みお待たせしました」
庶民向けの食事処には、実はメニューなどは無い。パンとシチュー、それに酒。それで全てだ。
けれど、この食堂は、酒類のバリエーションが多い。当然亭主の趣味だろうけど。
「〝大弓使い〟、またあの赤いエールの奴、作ってくれよ」
「『レッド・アイ』ですね。かしこまりました」
つまり、先日披露したカクテル。それが結構評判になり、リクエストがあったという事だろう。
蒸留酒は、そもそも水やジュースで割ることが前提の酒だ。
その由来を遡れば、ある国が酒に税を課す時、その量に課税することにした。その為、少ない量でも充分に酔えるように、アルコール度数の高い酒の開発が急務になった。その結果、蒸留酒が生まれたのだ。
だから、ドライフード同様、実際に供するときには水で戻すのが前提。にもかかわらず、ストレートで楽しめる蒸留酒が生まれてしまったから始末に負えない。
けど、その『蒸留酒の由来』は、地球の酒の歴史の話。この世界では、酒に税を課するという考え方は無いようで、にもかかわらず、蒸留酒は誕生し、更に誕生の初期から高度に精練された酒になって世に出ている。つまり、これもまたどこかの異世界人の仕業と考えるべきだろう。ただ、その為「カクテルにする」というのは、あくまで「酒の楽しみ方の一つ」という解釈になっていたに違いない。
この世界でも「水で割る」という飲み方はあるが、それは軍隊などで少量の酒を多くの兵士たちに振る舞う為に「水で薄める」「水増しする」という意味でしかない。つまり、「貧乏人の飲み方」と解釈されているのだ。
そしてだからこそ。美奈たちの時と同様に、「飲み方」のバリエーションとしてそれを教えることは出来るだろう。
水で割るだけでは貧乏くさく面白みに欠けるなら、レモン水で割ってみるのも一つの手。その辺りの試行錯誤は、カクテル作りの楽しみの一端だろう。
◇◆◇ ◆◇◆
「お客さんはどんなお酒が好き? どんな飲み方を? あぁ強くはないけど量を飲みたい。なら山羊乳酒を水で割ってハチミツで味を調えると飲み易くなると思いますよ?」
「量よりも気持ちよく酔いたい。なら『サイドカー』か『アレクサンダー』が良いでしょう。柑橘系とカカオミルク系、どちらがお好きですか?」
「お酒の香りを楽しみたい。でしたら、ブランデーのお湯割りなどは如何でしょう?」
「ゆっくり静かにお酒を味わいたいというのでしたら、ストレートのウィスキーかブランデーをお勧めします。お酒を口にする前に水で喉を湿らせ、それから舐めるように飲んでみてください。お酒を呑んだ後もまた水で喉を洗うと、酔い難いと言われます。合間にチーズなどの乳製品を口にすると、お腹にも優しいそうです」
ベースになる酒の種類が少なく、またソーダ水などがない(「無い」のか「知られていない」のか、それともこの食堂にないだけかは知らないけど)から、出来るカクテルの種類は少ない。それでも、人それぞれにあった飲み方を教えてあげることは出来る。
正しく「バーテンダー」として、お客さんの好みの酒を、好みの飲み方で、或いはその人に最適な飲み方を教える。それが今回のクエストという訳だ。
本来、酒を楽しむのにその量だの酒精の強さなどは関係ない。体質等の問題以前に、その人の好きな酒を、その人が楽しいと思える量飲むのが最適な酒という事になる。だからこそ。
「おう、おめぇももっと飲め。この程度も飲めねぇのか!」
「勘弁してください。これ以上は無理です」
「だらしねぇな! これくらいイケるだろう?」
自分の酒量を前提に、慣れていなかったりアルコールに弱かったりする相手に無理に飲ます「アルコール・ハラスメント(アルハラ)」は、実は飲み会の空気を壊す、一番の害悪。
「お客様。そちらのかたはそろそろお酒を控えられた方が宜しいようです。これ以上はお勧めにならない方が……」
「うるせぇ! 女給仕風情が偉そうな口を利くんじゃねぇ!」
話が通じない。ただの酔っぱらいのようだ。
なら、仕方がない。
あたしはマスターに一言断りを入れ、自費で『サイドカー』を作る。但し、ブランデーは多め、レモンジュースは少なめに。
「どうぞ。これはあたしからの奢りです」
「おう、すまねぇな。ってかおめぇ、俺に気があるのか? 何ならこの後付き合うか?」
「申し訳ありませんが、閉店までマスターにこき使われています。その後また誘ってくださいますか?」
「ヨシ、約束だぞ。だけどこれ美味ぇな。もう一杯作れや」
「はい、かしこまりました」
けど、『サイドカー』って飲み易い分、回り易いんだ。そして「アルコール度数が高い」=「辛口」と思っている人にとって、「飲み易いカクテル」の危険性は理解出来ない。ほんの3杯の『サイドカー』で、この酔漢はひっくり返り、この客に無理やり飲まされていた人に介抱を任せることにした。
しかし、どうして「酔わない飲み方」を知る人間は、「すぐ酔い潰れる飲み方」を知っているということに気付かないかな?
(2,965文字:2018/01/12初稿 2018/07/18第二稿 2018/07/18投稿予約 2018/08/07 03:00掲載予定)
・ 酒についての蘊蓄が豊富なバーテンダーというのは多いけど、客にとって最適な酒(カクテル)を教えてくれるバーテンダーが少なくなっている件について。
・ 水割りは、飲み易いけれど、飲み易いから飲み慣れている人向け。飲み慣れていない人や酒に弱い人が水割りを飲むと、あっさり限度を超えてしまい、泥酔・悪酔いしてしまいます。ロックは、最初はほとんどストレート。だけど酔いが回り出したころに、氷が溶けて薄まるので気兼ねなく飲めるというモノだから、強い人向けの飲み方です。
・ 『サイドカー』の名称は、側車に乗っている人(大抵は女性)の方が事故になった時の死亡率が高いことから、「女殺し」という意味で名付けられたのだとか。
・ 「話が通じない。ただの酔っぱらいのようだ」は、名作ゲーム「ドラゴンクエスト」の定型句「へんじがない。ただのしかばねのようだ」のメタファーです。




