第20話 孤児院の手伝い
第04節 Eランクのクエスト〔4/6〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
美奈が請けた依頼は、孤児院の手伝いだよ。
意気揚々と、孤児院「南の楽園」へと行ったんだけど。
……凄かった。
平民の識字率が二割前後のこの世界で、孤児院では読み書き計算が必修。その上で、男の子は剣の使い方とか、弩の使い方とかを学び、女の子は薬草の見分け方・育て方・処理の仕方や、縫製技術を学んでいたよ。
そういえば、この世界の度量衡はメートル法。おそらく過去の転生者か転移者が伝えたんだろうけれど、孤児院の子供たちは巻き尺を使い、型紙を使って既製服を作成していたの。服は親が子の為に、仕立屋が特定の顧客の為に、それぞれのサイズで作り、或いは誰かの為に仕立てられたものを古着で使い廻すのが普通だから、既製服という概念は少し珍しいみたい。
「凄いですね。子供たちに、しっかりとした教育を施すなんて」
孤児院を一通り紹介してもらった後、ローザ院長に感想を告げた。
「この子たちには親がいません。だから親の仕事を手伝いながら知識や技術を身に付けることは出来ません。
だからこそ、より広範な知識を身に付けさせるべきなんです。そうすれば、院を出てから当面の仕事には困りませんから。そして仕事があれば、泥棒や娼婦などの裏の仕事をせずに済みますから」
「ご立派です。美奈たちも、(自分の首輪を指差しながら)身寄り無く今この町にいます。その立場で仕事を見つける苦労を、少しは理解出来ていると思います。
それでも出来ることがあるから、悪いことを選ばずに済むんだと思います」
「有り難う。私も、夫も、ともに孤児院の出身なんです。
孤児院というのは、もともとは街上孤児の収容施設です。だから私たちが育った孤児院も、孤児を一箇所に集めて餓死させるのが目的のような場所でした。院長先生が頑張ってくれていましたけれど、それでも毎年冬になると、二桁に達する子供たちが朝には冷たくなっていました。
そんなある年の夏。一人の少年冒険者が、ミナさんと同じように院の手伝いに来てくれたんです。その人は、院の為に色んなことをしてくれました。
その後もクエストとは関係なく院に足を運んでくれて、気が付くと院に住み込んで。
私たちは、その人を『お兄ちゃん』って呼ぶようになりました。
お兄ちゃんに、色んなことを教えてもらったんです。字の書き方、数の数え方、針の使い方。
やがて、夫はお兄ちゃんの知り合いの商人さんに見込まれて弟子入りし、その数年後に私を迎えに来てくれました。
今、私たちの育った孤児院はありません。国が滅び、院のあった町は炎上して瓦礫に埋まったと聞きます。
でも、だからこそ。
私たちは、先生が守り、お兄ちゃんが伝えてくれた優しさを、子供たちに教えたいんです」
知識があったから、院長さんもその旦那さんも、正職に就く事が出来た。だから院長さんは、その知識を孤児たちに伝えようとしている。それはとても立派なことだと思います。
でも、冒険者は無学の象徴みたいなもの。男の子たちに武器の使い方を教えることは出来るでしょうけれど、美奈はあまり上手じゃないし。薬草関係はむしろ美奈が教えてほしいくらいだし。そうなると、美奈に出来ることは遊び相手になることくらいしか……。
あ、そうだ!
院長先生に許可を取って、女の子たちと泥んこ遊びをすることにしたの。正確には、「粘土遊び」。
皆はお花とか、建物とか、動物とかを粘土を捏ねて作っていたけど、美奈が作ったのは。
「はい、出来上がり。院長先生の人形だよ?」
等身大の、院長先生像(上半身・裸身)。当然細かい部分(表情とか)は省略しているけど、ボディラインは可能な限り写し取ったつもり。
「うわぁ、エロい」
男の子たちの感想。うぅ、わかっているから女の子たちだけと作ったんだけどね。
「ミナさん。あまりそういう、子供の教育に良くないモノは作らないでください」
院長先生にも怒られた。けど、この人形は、実はこの先でやることの伏線なんだよ?
「院長先生。ちょっと雑紙(不要な紙)を戴けますか?」
「何に使うんですか?」
「服を裁断する為の、型紙にしようと思いまして」
「わかりました。変なものは作らないでくださいね」
……疑われている? 胡散臭く思われているのかも。
そして貰った型紙を、粘土で作った人形の肩あたりにピンで留める。
「ねぇ、見て? ヒトの身体って丸みがあるから、平面の紙を当てるとどうしても隙間が出来るでしょ? 縫う時、これ、どうすれば良いと思う?」
「えっと、紐を通して、それで絞る?」
「うん、それも一つのやり方だね? もう一つは、はじめからその丸みに併せて裁断しちゃうっていう方法があるんだよ?」
「……どうやって?」
「こうやって」
言いながら。型紙を人形の丸みに併せて折り畳み、畳んだ部分をピンで留めた。そして、折り目に線を引いてマークする。
そして型紙を人形から外し、マークを繋いでわかり易い裁断・縫製ラインに書き換える。
「ほら、こうやってこの線どおりに切って、この線どおりに折り返して縫えば、出来上がったのはちゃんと丸みを帯びているでしょう?」
このやり方を、「立体縫製」っていうの。ちなみに、立体縫製に使う人形を「トルソー」、折り返しのことを「タック」っていうんだけどね。
立体縫製は、結構古くからある手法だから、多分貴族向けの仕立屋さんなんかでは使っているやり方だと思う。難点は、このやり方だと寸法に幅を持たせる事が出来ず、それこそ仕立てみたいに特定の誰かの為の服にしかならないという点。
けど、これは一つの示唆になる。基本パターンになるトルソーを何通りか用意して、あとは紐やゴムでサイズを微調整するようにすれば、既製服にも転用出来る。
或いは、タックパターンをいくつか考えて、平面裁断をした上でタックを括れば、疑似的な(数理計算上の)立体縫製を行うことも出来るはず。というか、21世紀の地球の既製服は基本このパターンだし。具体的には、ズボン。ウェストラインとヒップラインの差をタックで埋める形にすれば、平面縫製でもゆったりしたものが作れる。
他にも、袖口とか、作業服のズボンの裾先とか、(男女問わず)襟元とか。立体縫製は、別にバストライン・カップサイズにこだわらず利用出来る技術なんだから。
ここから先は、試行錯誤。日本のあるデザイナーさんも「立体裁断にコツはなく、とにかく作り続けて自分なりの方法を見つけなさい」って言っていた。きっと、この孤児院なら、素敵な服を作れるはず。
今回の美奈のクエスト評価は、プラスマイナスゼロ。エロいトルソーを作ったことで減点評価、立体縫製の仕方を教えたことで、プラス評価だそうです。ちょっと悲しい。
でも、「また遊びに来なさい」って院長先生に言われ、子供たちからも喜ばれた。今度はクエストとは関係なく、皆で遊びに来よう!
(2,884文字:2018/01/11初稿 2018/07/18投稿予約 2018/08/05 03:00掲載予定)
【注:作中の立体縫製のやり方は、服飾デザイナー・太田和義氏の2009年01月22日のブログ「製作過程 立体裁断と考察」(http://fashionjp.net/creatorsblog/oota/2009/01/post-8.html)を参照しています。
また「立体裁断にコツはなく、とにかく作り続けて自分なりの方法を見つけなさい」という言葉も、同ブログ記事からの引用です】




