第19話 引越しの手伝い
第04節 Eランクのクエスト〔3/6〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
今日俺が請けた依頼は、引越しの手伝い。内容を確認し、大八車を曳いて依頼主のところに向かった。
この町「モビレア」は、地図で見ると〝右下に瘤のある芋〟の形をしており、右下の〝子芋〟の部分が貴族街と行政区、左上の〝親芋〟の部分が商業区と平民の居住区になっているのだそうだ。
けれど、昔はほぼ円形(正しくは八角形)に市壁が覆っており、貴族街・行政区は町の北側にあったそうなのだが、今から20年と少し前、町の郊外に隕石の落下があり、町の北四分の一近くが壊滅・消滅した。
当時、領主は不在だったものの、代官やその他取り巻きの貴族や官僚の多くはそれに巻き込まれ、町は一時、大きな混乱に見舞われたのだという。
この当時、この町の貴族たちはある悪事に手を染めており(その具体的な内容は知らない)、それに怒った精霊神が天罰を下したのではないか。と、平民たちの間では専らの噂であった。けれどだからこそ、国王はこの町を放棄することを認めなかった。町を放棄することは「精霊神の怒り」という説を是認する意味になるから。
再建を命じられた領主は、しかしその隕石の落下孔と反対方向に行政区と貴族街を再建し、隕石落下の衝撃波で崩壊した旧貴族街はそのままに放置したのだという。
結果、瓦礫の下から発掘された貴金属や美術品を売って成り上がる貧民が生まれ、またそれを目当てに入り込んだ盗賊や冒険者が至る所で小競り合いを起こし、それが殺し合いに発展するところまで治安が悪化した。
その為、冒険者ギルドと商人ギルド、更に盗賊ギルドが協定を結んで、この地の治安回復と瓦礫の撤去、発掘された財物の売却とその収益の分配などの一定のルールを作った。その後約10年で治安も回復し(というか瓦礫や財物が撤去されたので、収奪する対象物が無くなった、とも)、この地を新市街として再開発することになったそうだ。
但し。「ここは○○邸があった場所だから、地下にはまだ財物が眠っている」という話は至る所にあり、実際地面を掘ったら悪趣味な地下牢が発見され、その中からミイラ化した女の子の遺体が見つかった、とかという話は時々聞かれ、「新市街の地下には絶望が詰まっており、けれどその更に奥には希望がある」「新市街の地下を掘れば、この国の貴族の素顔が見れる」などとも言われているが。
そして俺が引っ越しを手伝うのは、とある革職人の一家。それ以前は旧市街のそれも貧民街に近いところに家と工房を持っていたのだが、このたび新市街に良い物件が見つかり、引っ越し費用も貯まったので思い切って引っ越すことにしたのだという。
新市街は、元貴族街。つまり、市外との流通の便は良く、商隊の集積地は新市街と旧市街の境目の部分になる。そのことから、必要な資材の購入にも完成した商品を卸すのにも、立地的には以前より有利になる。一方で現貴族街からの距離は遠くなることから、貴族向けの商品を卸すことは多少面倒になるけど、その仲介をする商人も集積地へは日参する以上、大して手間が増える訳ではないようだ。
ちなみに、都市部の家屋建物に「所有」という概念は無い。土地は領主のモノだから、その上に商人ギルドが建物を建て、そこに住民を住まわせ、「税金」名目で家賃の徴収を代行するのだ。勿論借主が商人の場合、その物件を又貸しすることもあるし、借りるのが商人或いは職人なら商業利益から別途税金も徴収されることになるが。言い換えると、「第一次権利者」が所謂「所有者」で、第一次権利者から又借りしている人が「賃借人」、という関係になるという事である。
そしてこの革職人一家にとって、念願の「自分の家兼工房」を第一次権利者として持てる、という魅力が、新市街の怪しげな噂話より勝っていたという訳だ。
◇◆◇ ◆◇◆
「お兄ちゃん、手伝うよ」
と言って俺と一緒に大八車を押してくれるのは、この家の次男のコンラートくん(8歳)。ちなみにその妹のクリスちゃん(5歳)は、エリスと一緒に大八車の上に乗ってはしゃいでいる。
実は、クリスちゃんだけ特別扱いしていると、また皆からロリコン呼ばわりされる気がして困惑していたので(手遅れ)、コンラートくんの申し出はとても有り難かった。
「助かるよ」
ところで。この世界では、年齢は「数え年」らしい。俺たちが「16歳」と名乗ったとき、妙に子供扱いされているような気はしていたけど、確かに中学生だと思われたと考えれば、それもまた仕方がないのかもしれない。
その一方で、数えの12で職人の子は弟子入りし、商人の子は丁稚として働き始める。だから16で木札冒険者、というのはかなりスロースターター、ということも出来る。
「その歳でまだ見習いやっているような半端者には、子供の世話が似合っているな。どうせなら孤児院にでも行けばよかったんじゃないのか?」
憎まれ口を叩くのは、長男のデニスくん(12歳)。今年からお父さんの仕事を手伝い始めている。
「本気で職人を目指すなら、学校に行っている時間が勿体無い」と、中学時代の友人は言っていた。その一方で、「あたりまえのことさえ知らないと、職人は自己満足のオタクになり下がる」、とも。だから彼は、一般教養と、専門知識と、技能向上の一挙三得を目論んで専門学校へ進学した。当時は普通科に進学しない彼のことを「早く就職しないといけないほど困っている。可哀想」みたいに思っていたけど、実際に今『冒険者』という職に就いてみたら、この四年のハンデは意外に大きい。
「孤児院へは別の仲間が行っているよ。俺も、一日でも早くキミに、年齢相応に見てもらえるように精進しないとだね」
……デニスくん、俺が予想したような反応(莫迦にされたと激昂することを期待していた?)を見せなかったのが、ちょっと不満みたい。
「デニス。ショウ殿がまだ木札だからって、ショウ殿のこれまで歩いてきた道の全てを否定するのか? お前はショウ殿の何を知っている?
自分の狭い視野で見たモノだけで判断しては、良いモノを作れないぞ」
デニスくんを嗜めたのは、家長のオットー氏。けれどその言葉は、俺の耳にも痛い。
実際、俺もデニス君から教えてもらえることは多々あり、結構勉強になった。
そしてこのクエストが終わるころには。俺はオットー一家と随分親密な関係を築け、その後も仕事とは無関係に交流するようになるのであった。
(2,731文字:2018/01/10初稿 2018/07/18投稿予約 2018/08/03 03:00掲載予定)




