第18話 倉庫の棚卸
第04節 Eランクのクエスト〔2/6〕
(注:今話で語られる商人ギルドのランクは、『転生者は魔法学者!?』(n7789da)の設定と同じです)
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
今日ボクが請けた依頼は、広域商人の倉庫の棚卸の手伝いでした。
商人ギルドでも、冒険者ギルドと同じようにランク分けがされています。
Eランク相当が「小商人」。町の中で普通に商売している商人がこれに当たります。
Dランク相当が「中堅商人」。複数の店舗を総括する商人がここです。
Cランク相当が「交易商人」。町を渡り歩く隊商になるには、最低でもこのランクが必要です。
Bランク相当が「広域商人」。国境を越えて商売することが許されます。
Aランク相当が「御用商人」。このランクを得なければ、貴族相手の取引は出来ません。
Sランク相当が「貿易商人」。このランクになると、王族や国家、行軍中の軍隊と独自判断で直接取引出来るようになります。
商人にとって、商人ランクが上がることで得られる最大のメリットは、その信用です。実は、商人ギルドは世界で唯一、国家を跨いだ為替のシステムを管理しているのだそうです。その為、例えばモビレアの商人ギルドにカネを預けていれば、モリスの町では現金(金貨)を使わずに、為替を切るだけで決済が出来るようになるのだとか。けれど、為替を切れる上限額は預けた金額ではなく、その商人ランクと本拠地のギルドのランクで定められるのだそうです。
これは、実際の現金を管理するギルド側の信用。モリスの町のギルドに預けた金貨一万枚と、モビレアのギルドに預けた金貨一万枚は、価値が違うという事です。
ともかく、金貨一枚二枚の取引をしている小商人なら、為替の重要性などどうでもいいことでしょう。けど、金貨数千枚数万枚の取引をする広域商人や御用商人、貿易商人ともなれば、現金を持ち歩く手間や、決済の際にその枚数を数える手間を考えると、為替に数字を書き込んで署名すればいいのは、利便性がまるで違うんです。一応、金貨より額面が高額な白金貨とか王貨と呼ばれるものもあるそうですが、その真贋鑑定の手間などを考えれば他国はその硬貨の受け入れに消極的になりますし、それ以前にそういった超高額硬貨は、国王から何らかの報奨で下賜されるときに使われる記念硬貨扱いとなり、流通はしない(下賜されたメダルを売却するのは不敬に当たる)のだそうです。
また、この商人ギルドの為替システムの結果、国が鋳造する金貨の量を実際に流通する経済的価値の半分以下に抑える事が出来るようになり、国家の金貨鋳造コストも下げる事が出来ているのだとか。
ちなみに、商人ギルドは為替通貨に相当するものを定めており、その単位で為替に記載します。その為替通貨は「カーン」と言い、1カーンはスイザリア金貨1枚とほぼ同額でだそうです(「カーン」の下には「センカーン」という単位もあり、1センカーンは銅貨1枚、10,000センカーンが1カーンだそうです)。
一昔前は、基本どの国の通貨であっても、金貨1枚が1カーンだったそうです。当然、スイザリア金貨1枚とアザリア金貨1枚は同じ価値ではありませんが、「カーン」との交換レートは一定でした。それによる為替差損益が、商人ギルドの裏の儲け口だったようですが。
ところが、15年ほど前から北に新たな信用通貨(金貨のような、それ自体が価値を持つ通貨ではなく、その価値を国家が保証する貨幣)が生まれたそうです。当初カーンとの交換レートは固定だったものの、次第に変動制に移行せざるを得なくなり、それに応じて他国家の金貨もまた変動相場制に移行しているそうです。
なお、スイザリア金貨1枚が1カーン、は一つの基準とされている為ほとんど変動しないのですが、アザリア金貨は現在1.2カーン、ローズヴェルト金貨は現在1.35カーン、リングダッド金貨は現在0.85カーン、となっているそうです。
さて。延々話が逸れていましたが、要するに「広域商人」という立場の商人の扱う商品の幅を、そのランクから想像出来るのではないかと思います。
その棚卸。これは、最低でも読み書きと計算が出来なければ受件出来ないので、インドア的なクエストの中では結構効率が良いです。
商品の名称と、数量。売価が確定している物はその売価を、未確定の物は原価を記録し、リストアップする。
例えば、冒険者相手の商品は、例のモビレアン・アローに関わる「値段交渉・ぼったくり事件」の所為で、一物一価(値下げも値上げも出来ない)という事になっており、どの商店で購入しても、同じものなら同じ値段になっています。だから、商人側の利益は、如何に経費を削減するかにかかるのです。そしてだからこそ、棚卸に際しては、「売価」でリストを作るのです。この作業を冒険者にさせている事情もあり、原価を知られたくない、という本音もあるのでしょう。
一方でその他の物資は当然ながら買い手と売り手の交渉次第。同じ商品でも誰に売るかで利幅が変わります。だから売価(値段設定)など、あって無きが如し。こちらは原価で棚卸します。
けど、その他の物資の原価と、店頭売価がわかっていれば、「売価還元法」で冒険者用の商品の原価も大体推察出来ます。また、先日柏木くんが請けた荷運びクエストに際して作ってくれた「商品仕分けリスト」をそれに照らすと、輸送コストも大体わかるようになります。勿論、商人との交渉が禁じられている冒険者であるボクらが、それを知ったところで活かす道は無いのでしょうけれど。
倉庫内の商品のリストアップが終わると、今度は帳簿付けです。
帳簿は「複式簿記」が採用されており、これは「商人ギルドの秘儀」とされているそうです。けど、小商人に至るまで学び、学んだ商人が家内や丁稚、奴隷などにも教えているので、知っている人は意外に多いのだとか。
ボクの知っている簿記のルールと細かい点が違います。けど、時代が違えばルールも代わり、国が違えば運用理念が変わります。もっと言えば、企業単位でも全く同じルールで簿記を運用しているとは限らないんです。上場企業であれば、投資家の為に幾つかの要点は一定のルールを守ることが求められますが。
だから、基本がわかっており、その帳簿独特のルールを抑えておきさえすれば、応用は簡単。そして、読み書き計算の出来る冒険者の中でも、更に簿記がわかる冒険者として、ボクは今回、かなり重宝されることになりました。
さすがにマンガのように、帳簿を調べたら横領や粉飾の痕跡を見つけた、なんて展開はありませんでしたが、この町の商品の卸相場(小売りではなく、業者間価格)を大体把握出来たのは、ちょっとした収穫かも。
今回のクエストは、加点評価。当初提示された報酬額に、帳簿付けの報酬が加算して渡されました。ボーナスです!
(2,832文字:2018/01/10初稿 2018/07/18投稿予約 2018/08/01 03:00掲載予定)
・ 為替相場は、秒単位で変わる21世紀の為替市場並み、ではなく、年に数回会合を開き、必要なら修正する、という形で相場を調整しています。
・ 「売価還元法」は、売価がどれだけ利益を乗せられているのかを逆算して、原価を算定する簿記上の技術です。




