第16話 酔いどれ弓兵・1
第03節 大弓使い〔5/5〕
(注:今話はお酒の話に終始します。お酒の苦手な方、未成年の方には申し訳ありません)
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
そうしてあたしたちは、まだ日も高いうちからイゴル氏らに連れられて、食堂へと座を移した。そこがあたしたちの投宿する宿『青い鈴』が併設する食堂だったのは、御愛嬌だけど。
「まだ日が高いのにお酒は――」
「いいから飲め! 新しい仲間に乾杯だ!」
「でも、あたしたちの国では、まだお酒を飲むことは――」
「なんでぇ、一人前の冒険者になろうって奴が、親の言いなりになる子供みてぇなことを言ってんじゃねえ! 自分で判断すりゃぁいいんだよ。身体を壊すほどに呑んだら次からは控えればいい。〝大弓使い〟らの宿はここだっていうじゃねぇか。なら、安心して潰れろよ」
……いいんだろうか?
でも、これも武田が言っていた「法施行地」の話と同じかもしれない。日本では20歳までは飲酒が許されないけれど、国によっては21歳だし、また別の国では18歳。飲酒の年齢制限がない国だってある。そしてここでは、「一人前」なら飲んでいいというのがルールなら。
けど、皆はお酒を飲めるんだろうか?
「飲んだことあります。洋酒が好きです」と、将来のキッチンドランカーの片鱗を見せた美奈。
「あまり強くないけど、一応飲める」と、将来悪酔いして女房に叱られること確実な、飯塚。
「ビールくらいなら、まぁ」と、大学に進学したらアルハラで後輩をイジメそうな、柏木。
「御屠蘇くらいしか、飲んだことは無いです」と、柏木とは逆に先輩に潰されて救急車を呼ばれそうな、武田。
コイツらなら、酒を飲んで理性を失くしたとしても、まぁ後悔するようなことにはなるまい。
え? あたし? あたしの実家は造り酒屋。日本酒は水のように各種呑んでいるし、味利きの感覚で焼酎も飲む。比較対象としてワインやビールなどの醸造酒、ブランデーやウィスキーなどの蒸留酒も飲む。体質なのか、あまり酔わない。
とはいえアルコールに慣れていない連中に、この粗野な冒険者の流儀で飲ませるのはどうかと思う。ちょっと弄ってみることにしよう。
「マスター、どんな酒を置いている?」
「ワインやエールにブランデー、ウィスキーなどの定番から、この地方独特の山羊乳酒、キュラソーみたいな変わった酒もあるぞ。
ちなみに、ウィスキーは最近、最上と謂われるブッシュミルズの〝ティアー〟が入荷している」
ふむ。
「ではちょっと、酒で遊んでも構わないか?」
「どういうことだ?」
「複数の酒や果汁を混ぜてみたいんだ」
「おいおい、酒で遊ぶって、そういう意味か」
「心配するな、全て飲み干すから」
「まぁそれなら」
そう言って、エール、ウィスキー、ブランデー、キュラソー、トマトジュース、レモン、カカオミルクなどを貰った。
「おい、〝大弓使い〟、何するんだ?」
「うちの連中は、酒に慣れていないからな。少し飲み易くしようと思って」
まず作ったのは、『レッド・アイ』。エールとトマトジュースを1:1で割り、レモン果汁や胡椒で締めたカクテル。
「柏木。エールは常温で飲むビールだが、ちょっと雑味がある。これなら飲み易いはずだ」
次いで作ったのは、『サイドカー』。ブランデーとキュラソーとレモンジュースを2:1:1で割ったカクテル。
「美奈。飲み易い酒だけど、口当たりが良過ぎるからペースには注意しろ」
その次は、『アレクサンダー』。ブランデーと生クリームとカカオミルクを1:1:1で割る。
「武田。日本のショットバーでは女の子向けのカクテルだけど、取り敢えず入門にはいいだろう」
飯塚には、シンプルにウィスキーのストレート。
「酒に慣れていないのなら、逆に強い酒を少しずつ飲む方がいい。水を飲みながら、ゆっくり飲んでみろ」
あたしは、ケフィア。さすがにこれは飲んだことがない。
「……なんか、不思議な色合いだな」
「透明なグラスだと、もう少し見た目も楽しめるんだけどね」
そして、乾杯。
酒を混ぜるという文化は無かったようで、皆興味津々。
「へぇ。ジュースみたいだな」
「うわ、美味しい。いくらでも飲めそう」
「チョコレートの味がします。確かに女の子向けですね。これが合うと評価されたのは複雑ですが」
「結構、喉にクるな。でも水を飲みながらだと、そんなにきつくもない、か?」
ケフィアは、アルコール度数の低い乳酸菌飲料でもあり、酒に酔う、という感覚は無い。発酵酒でもあることから、少々の酸味はある。けど正直、もう少し強い酒の方があたしの好みに合う。
「柏木。抵抗なく飲めるなら、次はもう少しトマトジュースを減らして作ってやる。お前の場合、生のエールを飲めた方が、格好がつくからな。
美奈。さっきも言ったが、それは口当たりが良いけど、アルコール度数が高い。飲み過ぎると一瞬でひっくり返るぞ。
武田。何なら次は、美奈に作った『サイドカー』にするか? それとも、柏木に作った『レッド・アイ』が良いか?
飯塚……は、そのまま自分のペースを保って飲め。それが一番楽しい酒だ」
そんな、あたしたちの様子を見て、カクテルに興味を持ったらしい冒険者(特に女性冒険者)は、あたしにカクテルを作るようにせがんだ。一番人気は『サイドカー』。男性冒険者には『レッド・アイ』も人気があったが。
「へぇ。こういう酒の飲み方もあるんだ。ちょっと面白いな」
「いい組み合わせが見つかるまでは試行錯誤。かなりの量の酒を無駄にしますけどね」
「うん、見た目も綺麗だ。確かに、透明なグラスで飲みたいな。
何とか北のガラスを仕入れられないかな?」
「莫迦言え。いくらになると思っているんだ?」
この時代、ガラス製品は芸術品であると同時に、壊れ易いことから、下手な宝石より高い値が付くという。確かにそれを、食堂に置くのは贅沢も過ぎるというものだろう。
「マスター! 次はウィスキー。良いのを飲みたい」
「おう、〝大弓使い〟には、〝ティアー〟を出してやってくれ」
〝ティアー〟。ブッシュミルズという産地で作られる、ウィスキーの最高級のブランドネームだという。正しくは、〝ティアードロップ〟と謂うのだとか。大樽から、泪の雫ほどの量しか作れないことからその名がついたと謂われているらしい。
この〝ティアードロップ〟。一口飲んで、涙が出た。
あたしには、姉がいた。日本酒の造り酒屋の家に生まれたにもかかわらず、洋酒を愛好し、ウィスキーを作りたいと言って家を出て、イギリスに渡ったその先で行方不明になった姉。
その姉さんに飲ませてもらった、スコッチによく似た味がした。
で、ふと見ると。
案の定、美奈と武田は、潰れていた。いや、潰すことを目的としたカクテルを作り、潰すつもりで飲ませたのだから当然だけど。
柏木は、これが三杯目の『レッド・アイ』のはずだが、まだ大丈夫そうだ。彼は見た目から飲まされるタイプだから、ちゃんと自分に合った飲み方を覚える必要があるだろう。
飯塚は、酔ってはいるが、まだ余裕はある。そういう飲み方を教えているから当然だが。彼には、美奈が酔っ払った時の対処をしてもらう必要もあるし。
だから美奈と武田、そしてエリスを、飯塚と柏木に部屋に連れ帰らせ(そして彼らは戻ってこなかった)、あたしは次の〝ティアードロップ〟を注文した。この泪の雫に、不思議な〝縁〟の予感を感じながら。
(2,995文字:2018/01/06初稿 2018/07/18投稿予約 2018/07/28 03:00掲載予定)
・ 一応お約束。日本では、「お酒は二十歳になってから」。
・ 「ケフィア」は、「乳酒」と「乳酸菌飲料」両方の意味があり、現在の日本で「ケフィア」と言うと後者を指します。
・ 「キュラソー」は、ブランデーにオレンジの果皮を漬け込み砂糖で味を調整したリキュールです。カクテルのベース(というか繋ぎ)によく使われます。
・ よくファンタジー小説の描写で、「エールを(異世界チートで)キンキンに冷やして飲む」というシーンが見られますが、エールの最適温度は13℃。ビールは5℃ですから、(エールはショットバーなどでは「エールビール」と呼ばれますが、だからといって)ビールの常識をエールに当てはめてはいけません。冷やしたエールは、その特徴である芳醇な香りが立たず、ただ雑味のみが前に出ます。勿論、その世界では「〝ビール〟を〝エール〟と呼んでいるんだ」、というのであれば、この限りではありませんが。
・ 『サイドカー』や『アレクサンダー』は、シェイカーなしではうまく混ざってくれないかもしれません(特にカカオミルクは混ざりにくいので『アレクサンダー』は)。その辺りはフィクションとして納得してください。また『レッド・アイ』は、ビールベースのカクテルで、エールベースのカクテルではありません。ちなみに、エールベースで『レッド・アイ』を作った場合、ビールベースのそれに比して「不味くない」というレベルにしかならないようです。エールの強みである香りを、トマトがかなり打ち消してしまうようで。もっとも、この時代の洗練さの不足しているエールなら、トマトに負けない味と香りを残すのかもしれませんが。
・ お酒に弱い人にとって、口当たりの良い美味しいお酒ですぐに酔い潰れる飲み方は、ある意味至上です。中途半端に酔っぱらうと、自分も周りも楽しくないですから。但し、外でそういう飲み方をしてはいけません。
・ 松村雫さんのお姉さんの名前は、「松村泪」さんといいます。




