第15話 二つ名
第03節 大弓使い〔4/5〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
凄く、綺麗だった。
以前、大刀(薙刀)の型の演舞を見た時も綺麗だったけど、あの時のが〝風に舞う木の葉〟の美しさなら、弓を射ているおシズさんは、〝森の中の泉〟の美しさ。
それも、ビリィ塩湖のような〝生命の営みを否定する〟美しさじゃなく、鳥は翼を休め、獣は喉を潤す、〝生命を育む〟美しさ。その美しさは、美奈たちだけでなく、ギルドの人たちや冒険者さんたち、見ている皆を魅了していた。
で、実際の競射の結果は、と言うと、二人とも9本的中(イゴルさんは、おシズさんの第二射を見て動揺し、二射目を外した)。で、本来のルールなら、〝近寄せ〟で勝敗を確定させることになるんだけど。誰も、それが必要だとは思わなかった。だって、イゴルさんは9本の内6本は、かろうじて的に中っただけ、なのに対し、おシズさんは9本全てが星(正鵠)を射抜いていたから。しかも、残りの1本も、イゴルさんは的を外していたのに対し、おシズさんは箆が弓力に耐えられなかった結果。このことからも、おシズさんの大弓には、モビレアン・アロー級の矢で(最低でも、筈を追加で装着し)なければならないことは、明らかだった。
「俺の負けだな」
「否、ルールでは――」
「俺のことを〝先輩〟って呼んだのは、お前……、シズだ。先輩に恥を掻かせるな」
「……はい。では胸を借ります」
「しかし、すげぇ弓だな。ちょっと引かせてもらえないか?」
弓は、本来人と貸し借りするものじゃない。特に弓道は「礼法と精神修行の為の武道」と位置付けられているから、借りたいという気持ち(劣等感・嫉妬・憧憬)も貸したいという気持ち(優越感・自慢・驕慢)も、その道から外れるんだって以前聞いた。
けど。
「はい、どうぞ」
おシズさんは、気軽に自分の弓を、イゴルさんに手渡した。
受け取ったイゴルさんは、その弓を頑張って引こうとしてみたけれど。
「んぎぎぎぎ……。何じゃあこりゃぁ。
シズ。おめぇはその細腕で、この強弓を引いていたのか?」
「はい。
これは、あたしたちの国の弓で、そもそもはあたしたちの国の木を素材に作られました。
その木は、こちらの木に比べ反発力が弱いので、それを弓自体の大きさで補いました。
そして、大きい弓に相応しい引き方を考えた結果、こちらの弓では考えられないほど小さな力で、信じられないほど大きな威力を持たせる事が出来るようになったんです。
この弓は、〝カーボンファイバー〟という特殊な素材で作られていますけど、こちらの弓の素材で、あたしの弓と同じ作り方をしたら。おそらく、引ける人間はいなくなると思います」
「大きい弓なりの、引き方、か」
「はい。あたしの国では、その引き方を〝射法八節〟と呼んでいます」
「……理に適った様式を、正しく伝承したその上で、研鑽された型、か。見事な訳だ」
「有り難うございます。でも、あたしの習った射法は、あくまで静止した的に向かって撃つ為のものです。動物など、動く相手を射抜くことは、想定されていません。
だから、実践(実戦)でどこまで通用するかは、経験を積むより他は無いと思います」
おシズさんはさっき、「ただ真直ぐに、己が心を的に向かって映し出し、そしてその真ん中を貫く」と言っていた。ならそれは、「命を奪う」狩人の弓術とは、相容れない物のはず。その意味では、おシズさんもまた、木札であることには変わりないんだ。
「ま、シズ……〝大弓使い〟はすぐに頭角を顕すさ。この町一番の射手としてな。
さて、約束だったな。いい店紹介してやるぜ、〝大弓使い〟とその連れども。俺の奢りだ。そのなよっちい腕や足を、もう少し太くするんだな」
……あれ? おシズさんの勝負の結果、美奈たちも奢ってもらうことになっちゃった? いいのかな?
と思って周囲を見回したら。
「おうイゴル。〝大弓使い〟にメシ奢る栄誉を、お前ひとりで独占しようってんじゃねぇだろうな? 俺にもカンパさせろ!」
「そうだぜ、あんなスゲェ弓射見せてもらったんだ、見物料代わりだ。俺もカンパするぜ! いいだろう、〝大弓使い〟?」
「〝大弓使い〟」「〝大弓使い〟」「〝大弓使い〟」……
あれ? いつの間にか、おシズさんがギルド中の冒険者(それも弓兵)さんたちから、〝大弓使い〟って呼ばれてる?
「凄いわね。冒険者登録して二日目で、二つ名を与えられるなんてこれまで聞いたことがありませんよ」
ふと、すぐ近くで、プリムラさんが呟いた。
「これって、凄いことなんですか?」
「そりゃぁもう。二つ名で呼ばれるってことは、それだけ冒険者仲間から特別視されるってことですから。命の遣り取りをするようになる、銅札冒険者は、ともに依頼を請けた仲間に二つ名を与える、なんてことはよくあります。命を救われたお礼とか、その機転で楽にクエストを達成出来た、なんていう時に、二つ名を贈るんです。
勿論、それが定着するかどうかはわかりません。否、定着しない場合の方が多いです。けど、それが定着するという事は、名付けた二つ名が、第三者から見ても妥当であると、その冒険者の特徴を上手く言い表していると、そう認められたという事ですから。
私の古い友人も、〝飛び剣〟なんて二つ名で呼ばれていました。投げナイフの名手でね。私も彼に、助けられたことがあるの」
〝飛び剣〟。その二つ名に、聞き覚えがある。確か、エラン先生の。そして。
「もしかしたら、昨日ギルドマスターが話してくださった、〝遠い国〟に関わりのある人、ですか?」
「驚いた。どうしてわかったの?」
「美奈たちが西大陸で、冒険のイロハを習った先生が、かつて〝飛び剣〟さんの故郷の後輩冒険者だったそうです。そして、先生は〝飛び剣〟さんから学んだという、美奈たちの国に伝わる武術を使っていました」
さすがに、エラン先生はおシズさんより柔道の技が下手だった、って言ったら失礼よね?
だけど、エラン先生は〝飛び剣〟さんは……。
「〝飛び剣〟さん、戦争で死んだって聞きましたけど?」
「彼は死んでないわ。〝毒戦争〟の武勲で騎士に叙されて、その後国が滅びてからは生き残った王族を匿った都合上名前を変えざるを得なかったみたいだけど」
「なら、もしかしたらそのうち会えるかもしれませんね」
「それにしても、〝彼〟の後輩に。本当、色んな〝縁〟が絡まっているのね」
「そのようです。いつか、機会がありましたら、プリムラさんが〝飛び剣〟さんに助けられたときの事、教えてください」
ここにもまた、人の〝縁〟。もしかしたら。エラン先生は、〝飛び剣〟さんはもう死んでいるんじゃないか、って言っていたけど、まだ生きているのなら。いつか美奈たちと会うことも、あるかもしれないね。
(2,965文字:2018/01/06初稿 2018/07/18投稿予約 2018/07/26 03:00掲載予定)
・ 松村雫さんは競技練習用としてカーボンファイバー製の強弓を使っています(自宅では竹弓。但し、高価なうえに環境変化に弱い竹弓は学校に持って行くには適さない)。けど、弓の張力は本来弓の性能に影響されません。「強い弓は誤魔化しが利かない」「弱い弓で正確に射貫けて初めて一流」と、どちらの言葉もありますから、どちらが秀でているという事さえないようです。
・ 作中松村雫さんが語っている、和弓と洋弓の違いは、筆者が調べた結果から想像された、筆者の考えです。これが事実である保証はありません(けど結構いい線行っていると、自画自賛してますが)。




