第13話 冒険者の商取引
第03節 大弓使い〔2/5〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
かつてモビレアにいたという、〝冒険者コンサルタント〟。それは世に言う、「駄目なコンサル」の代表例です。
コンサルタントは、経営の合理化や利益の最大化を助言するのが仕事。でも、それは視点を変えるだけで答えが真逆になることだってあるんです。
例えば、平成年間の日本企業を駄目にした経営判断として、株主優先政策を取ったことが挙げられます。これは、単年度利益を重視し、株主に対する配当を厚くすることで、より多くの投資家の購買意欲を高め、それによって集まった資金で次の事業を回す、という考え方でした。
けれど、日本企業の伝統的な考え方は、配当ではなく内部留保に廻して将来のリスクに備え、また単年度利益を犠牲にしてでも従業員に対する福利厚生に多く予算を廻し、社員のモチベーションを高揚させて成果を出す、というものでした。勿論、この考え方が破綻して経営難に陥ったのは事実ですが、その破綻要因の見直しではなく企業精神を否定したことが、平成年間の日本企業崩壊の元凶だと爺さんは語っていました。
その〝冒険者コンサルタント〟の推奨した「まとめ買い」。これにも経営面では罠があります。
例えば、8個必要な部品を10個仕入れるのと、100個仕入れるのでは、どちらが安く済むか。100個仕入れた方が仕入単価は安くなりますが、仕入れ実額では(当然ですが)資金を多く必要とします。
また、8個必要なのに10個しか仕入れないと、「あと2個しか余裕がない」ので、大抵の場合仕損じが2個以内に収まるのです。が、余裕が92個もあれば、仕損じは5個くらい出てしまいます。これは、熟達の工員か未熟な工員かの違いではないのです。更に、残った部品の管理の為に別の経費が必要になる場合もあります。だからこそ、大量仕入れより必要量のみの購入の方が、結果的に冗費(無駄な支出)を抑える事が出来るのです。
それに、不良品の混入率、という問題もあるでしょう。
例えば「矢を10本」購入するのなら、その10本の矢を全数検査して、良品のみを購入する事が出来ます。
けど、「鏃を100個」だと、まず全数検査は出来ません。出来てサンプル検査(幾つかの鏃をランダムに取り出して品質を確認する)くらい。そうなると、不良品混入率が割引率より高ければ、まとめ買いすることの方が損になる訳です。日本なら、不良品混入率が割引率を上回るなどという事はないでしょうが、品質標準規格などというものがないこの世界では、不良品混入率が3割を超えても不思議ではありません。というか、モビレアン・アローは多分、この世界最初の「品質標準規格が定められた矢」なんじゃないでしょうか。
こういう、目先の利益や経費に惑わされて、長期的に見たら決して経営者の為にならないアドバイスをするコンサルが、その企業を駄目にするんです。
そんなことを考えながら、松村さんと店員さんの話を聞いていたら。
「モビレアン・アローが、結局一番安く済むという事実が明らかになった時。その〝冒険者コンサルタント〟はどうしていましたか?」
「いや、その時にはもう町を離れていた。その少し前に、冒険者ギルドとの間でトラブルを起こしてね」
「それはどんな?」
「〝まとめ買い〟の件だよ。読み書きも計算も出来ない冒険者に、まとめ買いで割引、なんてやったら商人のカモにされるだけだ。例えば、冒険者が1個の値段が銀貨8枚の商品を『10個買うから銀貨70枚にしてくれ』と言ってくると、それに対して商人が『6個を銀貨50枚で売ろう』、と応えたんだ。お嬢さん、どう思う?」
「冒険者側が持ち掛けたのは、一個当たり銀貨7枚。それに対して商人側が提示したのは、一個当たり銀貨8.3枚。って、元値より上がっているじゃないですか!」
「お、ちゃんと計算出来るんだ。立派だね。
だけど大抵の冒険者は計算なんか出来ない。気持ちのいい取引が出来たと喜んで帰って、別の冒険者に自慢げにその話をしたら、商人にぼったくられた事実を知るんだ。
で、詐欺にあったって言って、冒険者ギルドと商人ギルドを巻き込んで、その商人を訴えた。
だけど、それに対して商人はこう答えたんだ。『はじめに値段交渉を持ち掛けたのは冒険者側で、双方納得の上でその価格で妥結した。これは健全な商取引であって断じて詐欺ではない』と」
……上手です、その商人。「値下げ交渉」なら、元値より高く売りつけたのだから詐欺に当たるけど、「値段交渉」なら、元値より上がっても不思議じゃありません。つまり、商人の方が上手だったというだけの話です。
「結局、取引のルールを知らないどころか計算さえ出来ない冒険者が、値段交渉などすること自体が間違いとされ、逆に商人に対して商人ギルドから、『冒険者相手の値段交渉に応じてはならない』という通達が出る羽目になったんだ。
冒険者ギルドは、〝冒険者コンサルタント〟に苦情を言うことになった。冒険者に対して独自交渉を奨めなければ、その冒険者がカモられることは無かったはずだからね。けど〝冒険者コンサルタント〟は、『自分の助言を聞くか聞かないかは相手の自由。その結果にまでは責任を負えない』と言い、そもそも〝冒険者コンサルタント〟は冒険者ではないから、ギルドもそれ以上の追及は出来なくなったんだ。出来たのは、そのアドバイスを聞くことのリスクを周知することくらい。
結果、〝冒険者コンサルタント〟は、この町では商売出来なくなって余所の町に移ったというよ」
もともと〝コンサルタント〟は、「自分で商売する訳ではないのに賢し気に口を挟んだ挙句、その結果に責任を負わない」と揶揄されます。それに対してコンサルが出来ることは、実績を残すことのみ。批判されたからとて「ならお前が代わりにアドバイスしてみろ」と反論したら、その言葉はブーメランになって『実際に商売しない』コンサル自身に戻ってきます。だからどんな悪評も、耐えてその上で実績を出すしかないんです。けど、〝悪評〟どころか〝マイナスイメージ〟が定着してしまえば、それ以上仕事を続けることは出来ないでしょう。
冒険者業に対するコンサルタント。それは、可能性ある商売のはずなのに、その人の失敗の所為で、後進に道を残す事が出来なかった。その時点で、そのコンサルは、害悪でしかなかったという事です。
◇◆◇ ◆◇◆
話が終わって、松村さんは、モビレアン・アローを32本購入しました。
モビレアン・アローは矢羽根がハリスホークの物や七面鳥の物など、色々あり、そこから先は趣味の世界。松村さんの場合、自宅で練習するときは「シベリア産大鷹」の矢羽根の矢を愛用し、その「シベリア産大鷹」とはハリスホークなのだそうです。
慎重に、甲矢(放つと右回転する)と乙矢(同じく左回転)を16本ずつ選んでいましたら。
「なんだよ。木札如きがモビレアン・アローを手にするって?」
と、嘲笑じみた声をかける男がいたんです。
(2,971文字:2018/01/03初稿 2018/07/18投稿予約 2018/07/22 03:00掲載予定)
・ 武田雄二くんが語った「仕損じ発生率」。これが顕著なのは、液量です。例えば一日に10cc程度しか使わない薬液を、200ccだけ仕入れてそのまま使うか、ガロンで仕入れて使うか。ガロンで仕入れると、移し替えの際やその他で結構多くの分量を無駄にしてしまうのです。だから、0.1cc単位で管理出来る設備を持つ大企業でない限り、必要最小量で購入した方が、結局一番経済的なんです。
・ 「矢」の部品、という状況で考えた場合。矢羽根の管理が一番大変になります。そもそも、一見の客、それも今後継続取引が成り立つかどうかも不明の冒険者相手に、鷹匠が矢羽根を売却するかどうか。売却してくれるとしても、商人に対する卸値より安くしてもらえるか。それが問題の第一点。そして冒険者が購入するとなれば、ある程度まとまった数をまとめ買いすることになるけれど、その矢羽根が折れず曲がらず痛まないように管理する事が出来るか。矢羽根の管理用に特定の手法を求めるのなら、その管理コストで足が出ます。
・ 「不良品混入率」問題も、商人同士であれば、返品や交換を契約に盛り込むことも出来ます。現代日本社会に於ける一般消費者にとっての「クーリングオフ」は、消耗品の場合未使用未開封に限るというのが前提。そもそも「クーリングオフ」という制度が成立する程、この世界の社会は成熟していませんし(未成熟な社会の場合、「卒業式で使った花束」を式後に返品して返金を要求するなどという異常な行動をとる人もいるとか)。なお、前話後書きに於ける「命中率」は、「100‐不良品混入率」と考えると理解し易いです。
・ ちなみに、「冒険者に代わって商品の品質を見定め」、「高品質の商品をまとめ買いすることでコストを下げ」、「一定の手数料を上乗せして冒険者に売却する」のが、武具等の小売り専門業者です。工房併設の店舗に比べてオーダーの自由度はない一方、購入商品の不良品混入率はかなり低いと思って構いません。また、「置き薬」ならぬ「預け矢」というサービス(例えば10本の矢を冒険者に預け、5本分の代金をデポジットとして店が受け取る。そしてクエストから帰って来たら、消費した矢の本数分の代金をデポジットから差し引いて残額を返金するという形の取引)も行っております。
・ 冒険者のルールで、「冒険者個人と一般市民との間のトラブルに、ギルドは関与しない」というのがあります。けれどこの「値段交渉・ぼったくり事件」で被害に遭った冒険者は、この商人が〝冒険者全体を〟詐欺の対象にした、と言い、冒険者ギルドと商人ギルドの問題にしたのです。そのことから、この事件以来商人ギルドと冒険者ギルドの間で、定期的に価格調整の会合が開かれ、またその流れで色々な情報交換が行われるようになったのだとか。つまりこの一件以来、冒険に必要な道具の値段交渉や、新人冒険者に対するアドバイスを、ギルドが請け負うルールが確立し、むしろ得体の知れない他人の怪しげな話に乗ってはいけない、ということになったのです。だから、(以下次話後書きに続く)




