第12話 モビレアン・アロー
第03節 大弓使い〔1/5〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
冒険者登録が終わった後。あたしたちは、手持ちの魔物素材をギルドに売却した。
蜥蜴人や豚鬼は、未解体状態だったので、解体手数料を差し引かれたものの、どちらも良い値が付いた。特に、リザードマンの体内からはほんの僅かだが神聖金が取れ、それが柘榴獣石より高値になったのは、どこか悔しさにも似た思いをしたけど。
そして、ギルドを出て。
「次は、拠点探しだな」
「どういうことだ?」
「俺たちは、〔亜空間倉庫〕で寝泊まり出来る。だからぶっちゃけ、野宿でも問題はない。
けど、ギルマスが言っていただろう? 俺たちみたいな木札がすべきことは、町の人の信用を得ることだって。毎日町外れで野宿しているような街上孤児じみた振舞いをする冒険者を、誰が信用する?」
「確かに、そうですね。でも、宿に長投宿するのは、おカネがかかるんじゃないですか?」
「そのあたりの話は、相場を調べてからだろう。ただ、当面はこの町に腰を落ち着けることになりそうだから、一軒家を借りるのは、選択肢のひとつだろうな」
「だがな飯塚。オレたちがこの町に腰を落ち着けるって、どれくらいの期間この町に留まることになりそうだ?」
「まずはギルドの規定に則り、域外活動が認められる銅札に昇格しないと話が始まらない。そして情報を集め、俺たちが求めている情報を得易い町を特定出来たら、ようやくこの町を出ることを検討出来る段階になる、と考えるべきだろう」
そんな男子の会話を聞き、まずは町の物価調査をすることになった。
◇◆◇ ◆◇◆
宿は幾つかあり、代金はそれこそピンからキリまで。
続き部屋を持つのは最上級の部屋。個室(二~四人部屋)、個室大部屋(六~十二人)、雑魚寝部屋(20人程度が好き勝手横になる。宿によっては部屋ごと借り切ることも可能)、となっているようだ。
また、食事と湯浴み用の湯桶はどちらも別料金。食堂を併設している宿で個室に投宿する客に対しては、食事を部屋まで運ぶサービスがある宿もあり。風呂を持つ宿は、無かった。
一方、一軒家を借りるなら、その家賃もピンからキリまでで、立地や程度で値が変わるのは当然の話。一番安い家の家賃は、一ヶ月単位で考えると宿の雑魚寝部屋より高く、個室大部屋より安いことになる。
けど、安い家は安いなりの理由があり、一軒家を借りるなら最低限この程度、という皆のリクエストを聞くと、宿の個室大部屋を一部屋借り切る方が安くなりそうだった。
そして話し合った結果。『青い鈴』という名の宿の六人部屋を借りてそこを拠点にすることにした。
◇◆◇ ◆◇◆
一夜明けて、108日目。今日は一日、町を散策することにした。
市場を素見し、武器や道具を扱っている店を幾つか覗いてみた。
その店は、小売り専門らしく、別の店のように工房併設、という訳ではないようだった。その一方で品揃えは多く、様々な武具がところ狭しと並んでいる。
ふと、その一角を見ると。まるで日本の弓具店のように、色々な種類の矢が置かれていた。
「キミも弓を扱うのかね、お嬢さん?」
店員に、声をかけられた。
「あ、はい。随分多くの種類の矢があるんだな、と思いまして」
「お嬢さんは、……木札か? なら、ちょっとレクチャーしようか」
冒険者証は見えるところに提示することとされている。実際、守っている人はそれほど多くはないけれど、あたしたちのように〝誓約の首輪〟(〝奴隷の首輪〟)をしている人間は、冒険者証を提示していなければ、単なる奴隷としての立場にしか見られない。その結果どうなるかは、以前モリスの町で嫌というほど体験している。
「お願いします」
「新人冒険者は、懐具合にあまり余裕が無いから、つい廉い矢に手を出したがる。けれど、未熟な射手ほど良い矢を使わなければいけない。
昔、この町で〝冒険者コンサルタント〟を名乗る男が、新人冒険者に助言していたことがある。例えば、矢ならまとめ買いをして値引きを求めれば良いとか、或いは鏃だけ買って箆(シャフト)は自分で作れば安く上がる、とかと、裕福とは言えない新人冒険者が満足出来る数の矢を揃える方法を、伝授したんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。鏃だけ購入して、箆は自分で作る? 逆じゃないですか? っていうか、その場合矢羽根は? 〝筈〟は?」
矢で最も重要なパーツは、まず箆であり、次いで矢羽根だ。ゲームなどでは「青銅の鏃」と「鋼鉄の鏃」で威力が違ったりするけれど、そもそも箆と矢羽根が安物だと、矢が真直ぐ飛ばない。そして、何気に重要なパーツは〝筈〟だ。
「お嬢さん、筈を知っているのか?
うん、でもその通りだよ。その少し後、この町で活動していた広域商人が、新しい矢の製法を伝えたんだ。
ハリスホーク(腿赤鵟)の羽根で矢羽根を作り、箆は鏃側がやや太く、矢羽根側はやや細く、そして従来品には無かった金属製の筈を付ける。
それまでの矢より割高になったけれど、見た目も立派なこの矢は〝モビレアン・アロー〟と呼ばれ、最初は高級将校などの御用達にまでなったんだ。
だけど、ある時。モビレアン・アローを愛用する将校が、見た目だけではなく命中精度も従来品より勝る、という事に気付いたんだ。『狙ったところに当たる』。それが、偶然じゃない、ってね。
比較実験をしたんだよ。〝冒険者コンサルタント〟が勧めた手作りの矢と、従来この地方で一般に使われていた矢と、モビレアン・アローをね。
モビレアン・アローは、100本中90本以上が的に中った。
従来品は、70本程度だった。
そして手作りの矢は、30本程度しか中らなかったんだ。
この差は、歴然だった。確かに、手作りの矢なら費用はかからない。従来品なら10本しか買える資金がなくても、手作りの矢なら15本作れる。対してモビレアン・アローは8本しか買えない。
けれど、モビレアン・アロー5本あれば出来ることが、従来品なら7本必要で、手作りなら17本必要になる訳だからね。〝購入代金〟ではなく、〝必要経費〟という考え方をすれば、実はモビレアン・アローが一番安く済むことがわかったんだ。
……あ、難しかったかな?」
「否、大丈夫です。狙い通りに中ってくれるから、損失が少ないという事ですね?」
「そうだ。そして、それは練習が出来るという事でもあったんだ。
これまでの矢だと、的に中らないのは射手の腕が悪いのか、それとも矢が悪いのかがわからなかった。けど、『矢が真直ぐ飛ぶ』ことがわかっていれば、中らないのは射手の技術の所為だ。なら、技術が向上すれば的に中るということだからね」
初期投資をケチれば、そのツケは冒険者自身の命で贖うことになる。新人だからこそ、道具を選べという教訓なのかもしれない。
(2,970文字:2017/12/29初稿 2018/07/18投稿予約 2018/07/20 03:00掲載予定)
・ 手作りの矢は、作り手の技量によって品質が左右されますから、中には専門の矢師(矢を作る職人)より高品質の物を作れる人もいました。ただ、当然ながらその人はスカウトされて矢師に転職しましたが。
・ 現代日本の弓道具では、箆は鏃側も矢筈側も太さ均一の〝一文字〟です。が、この時代、均一の太さの箆を作ること自体が難しいので、モビレアン・アローは敢えて鏃側を太くする〝杉成〟という形状をしています。
・ モビレアン・アローの筈は、魔物骨製が最上で、青銅製や鉄製、動物の骨製や木製の物もあります。筈の違いは、軽い筈の方が良いけれど、長く使う為にはしっかりした筈が良い、と相反する問題があります。また矢羽根も、大鷹の物を最上として、梟、七面鳥、雁、白鳥、(珍しい例で)鴉、などの羽根が使われます。矢羽根の違いで微妙な差(耐久性や遠的に於ける安定性の違い)は出ますが、趣味の領域の方が大きいです。
・ ゲームに例えるのなら。箆の品質は命中率判定に-80~±0%の補正、矢羽根の品質は命中率判定に-20~+10%の補正と威力判定に-10~+20%の補正、筈の品質は命中率判定と威力判定共に±0~+10%の補正(筈が無いときは両方に-10%)、鏃は命中率判定に-20~+10%の補正(高品質だからプラス補正とは限らない)で威力判定に-10~+30%の補正、という感じでしょうか。
・ 比較実験に於けるデータ:
命中率:
○ MA 94%
○ CA 71%
○ HA28%(平均)
経費計算:
○ MA5本(コスト6.25CA、的中4.7本)
○ CA7本(コスト7CA、的中4.97本)
○ HA17本(コスト11.33CA、的中4.76本)
という訳で、CA6.25本分のコストで目的(的中4.50以上)を達成出来るMAの勝ちです。HAは文字通り、「安物買いの銭失い」。
・ モビレアン・アローの生みの親である「広域商人」は、北のフェルマール王国(当時)から来た少年商人であることが知られています。一方〝冒険者コンサルタント〟の方は正体不明。転生者又は転移者なのか、更に別の世界からの迷い人か。それは誰も知りません。
・ 宿の名前は、〔某〕辺境のカレー屋さんとは一切関係ありません。




