第09話 登録前試験 ~面接、そして〝遠い国〟の噂~
第02節 冒険者登録〔5/7〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
ボクたちがこの世界に来てから、107日目の昼。
ボクたちは〝モビレア〟という都市に入りました。
ここは、正しく〝都市〟と呼ぶに相応しいスケールで、人種もごった煮・多種多様。ウサ耳・ネコ耳・キツネ耳のおそらくは獣人もいて、否が応でもテンションが上がります。……女子には白い目で見られましたが。
そんな街中を抜け、その山の手の一角に、冒険者ギルドがありました。
プリムラさんは、冒険者さんたちに何かを書いて渡し(おそらく依頼完了通知でしょう)、職員用の入り口からボクらを引き連れて中に入りました。その奥の、社長室のような風格の部屋(というまでもなく、間違いなくギルドマスターの執務室)に、ノックもなしに足を踏み入れたのです。
「ギルドマスター、モリスのギルドとの協議が終わりました」
「ああ、ご苦労様。だがなプリムラ、せめてノック位しろよ。いきなり踏み込まれて困ったことになったらどうするんだ?」
「その場合は即座に奥様に報告するまでですが」
「……勘弁してください、本当に。
それより、後ろの連中は?」
「モリスの町で拾いました。ちょっと訳ありみたいですので、うちのギルドで面倒を見てもいいかと思いまして、連れてきました」
「訳ありだと、どうしてうちで面倒を見る、って話になるんだ?」
「なんとなく、ですか?」
プリムラさん、ギルマス氏と随分気安い関係みたいです。
「まぁいい。
俺がモビレア冒険者ギルドのギルドマスター・マティアスだ。
キミたちの名前、そしてその事情とやらを話してもらえないだろうか?」
「それは構いませんけれど、ボクらは嘘を吐くかもしれませんが、いいんですか?」
「はっ! 嘘や隠し事の一つや二つ、冒険者なら持っていて当然だ。だがな、嘘を吐くのなら慎重にな。下手な嘘は相手を不快にさせるだけだぞ」
……何というか、豪快な人です。「嘘を吐くな」と言われたことは多いですけど、「嘘があって当たり前」なんていう人は、初めてです。
とにかく、ボクらはそれぞれ名乗った後、本題に入りました。
「実はボクらは、〝魔王〟を討つ為と称して、〝異世界〟から魔法で召喚されたんです」
既に、打ち合わせはしてあります。相手がギルドマスターなら、そして信じてもらえる可能性があるのなら、むしろ本当のことを話そう、と。勿論、本当のことを話して訝しがられるのであれば、もう少しましなストーリーを練ろうという話でしたけど、このギルマス氏には必要ないでしょう。
「待て。〝サタン〟ってのは何だ? それに〝異世界〟ってのは?」
え? でも王国ではちゃんと通じていた……。
あ、わかりました。〝魔王〟っていうのは、王国の魔術師長の言葉の翻訳語。だから王国ではその「言葉」の意味が通じていました。けど、ここではそもそもの「概念の定義」から始めないと、理解が及ばないんです。
「失礼しました。〝魔王〟っていうのは、〝遠い国〟、ボクらが生まれた国、〝異世界〟の言葉で、〝神の敵〟、〝秩序に逆らうモノ〟、〝善に非ざる悪〟、といった意味の言葉です。『正道を踏み外すこと無きが為の戒め』としての〝悪〟ではなく、『滅ぼす対象』としての〝悪〟。ただ、この言葉を使う時、誰もが自分を〝善〟と定義しますから、単純に〝その国に敵対する国の王〟という意味にもなります」
「そうか。〝遠い国〟の言葉で、〝神の敵〟、〝サタン〟か」
ギルマス氏は反芻するように、ボクの言葉を繰り返しました。
その表情は、……何かを懐かしむように。ふと見ると、プリムラ嬢も同じような表情をしていました。
「もう少し聞こう。その〝遠い国〟、〝異世界〟はどこにあるんだ?」
「……わかりません。はっきりわかっていることは、歩いてはいけない、船でも辿り着けない。そんな遠くにあります」
「それはおかしい。数年前、とある国の船団が、船で西の海に漕ぎ出し、そして東の海から戻ってきた。世界は丸い輪のように、或いは球のように、ひと繋ぎになっているんだ」
へぇ。世界周航を果たした船乗りがいるんですか。この世界の文明レベルを考えると、数百年分先を行っているのではないでしょうか?
「おっしゃる通りです。けれど、その〝輪〟の外側にも、また別の〝輪〟があるんです。幾つあるかまではボクらにもわかりませんけれど。
その、別の〝輪〟から、魔法で召喚されてしまったんです」
「そうか、わかった。
実は、俺にもその〝遠い国〟に関わる人物を二人ほど知っている。
一人は、俺の古い友人だ。
そしてもう一人は、この地方の古い歴史に登場する」
! こんなところに、異世界人の情報が?
「古い友人の方は、そうそう簡単に会いに行くことは出来ないが、時たまフラっとこの町に顔を出すこともある。もし縁があれば、キミらにも紹介出来るかもしれない。
もう一人は、今から700年以上前の人物だ。この国が生まれるより更に前の時代の人間だ」
そんな昔の人じゃ、あまり関係なさそうだけど、何かの手掛かりになるかもしれません。
「その人物は、出自は不明ながら、当時この地方で最大の版図を誇った帝国の、皇帝の側近であった人物だ。その人物は、『冒険者ギルド』のシステムの基礎を築き上げた人物でもある。名前は、シロー・ウィルマー」
「シロー・ウィルマー。〝しろう・ぅいるま〟だって!?」
その名前を聞いて、何故か柏木くんが声を上げました。
「ヒロ、だったか。何か?」
「あ、否。すみません、話の腰を折るようなことをして。オレの方は後で構わないんで、話を続けてください」
? 何があったんだろう。けど、確かに今は後回しにさせてもらいます。
「まぁいい。それから、次の質問だ。
誰がキミたちを召喚した?」
「はい、王国……キャメロン騎士王国の魔術師長です」
「キャメロン騎士王国。またそれも、我が国とは縁のある国だな」
「そうなのですか?」
「歴史的には、先程の話に出た帝国が滅びた際、一部の貴族が西の海に船を出し、辿り着いた先の大陸で作った国、と言われている。我が国とは、それなりに国交もある」
「……という事は、ここは東大陸なのですか?」
「知らなかったのか?」
「はい。西大陸の、『ビリィ塩湖地下迷宮』というところに潜って、出てきたところが『ベスタ大迷宮』だったんです」
「さもありなん。『ベスタ大迷宮』は、常識の通用しない迷宮だ。入って、三日後に出てみたら1年経っていたとか、中で月が一巡りするくらいの期間探索を続けて戻ってみたら2日しか経っていなかった、なんていう話もある。大陸の北の町で活動していた盗賊が、『ベスタ大迷宮』で泣きべそをかいていた、なんていう笑い話もある。東西の大陸を繋いでいても、別に不思議はないな」
……エリスちゃんのお母さんが作ったという、あのダンジョン。いくら何でも、滅茶苦茶過ぎませんか?
(2,739文字:2017/12/29初稿 2018/06/01投稿予約 2018/07/14 03:00掲載 2022/06/15ルビ脱字修正)
【注:今回登場した、モビレアギルドのギルマス・マティアス氏は、前作『転生者は魔法学者!?』(n7789da)第三章に登場する「マティス」氏と同一人物です。諸般の都合で、改名しました】
・ プリムラさんは、ギルマスの執務室に踏み込む前に、(当然ながら)ギルマスの執務予定を確認し、重要な会議や来客等がないことを把握してから踏み込んでいます。それでも礼に適わないことは間違いないのですが、その辺りは身内の気安さという事で。
・ アメリカ南部州では、「 melting pot」は「多人種・多言語交流」を意味します。なお他地方では「 salad bowl」と謂われる(『融け合う』ではなく、異文化の個性を認めるという意味合いでこちらの用語を選択している)そうです。
・ この世界では、魔法がある為に技術・文明レベルは西暦900年~1200年程度で足踏みしています。




