第06話 「試験」、その目的
第02節 冒険者登録〔2/7〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
冒険者登録は出来ない。
そして、素材等の取引自体を受けてもらえない。
そもそも、俺たちは素材取引の相場を知らない。そう考えると、「足元を見られている」と明らかにわかる形で取引を持ち掛けてきた宝石商は、まだ誠実だったと言うことも出来るのだ。
なら、どうすれば良い?
はっきり言ってもう考えも浮かばず、途方に暮れていた時。
「貴方たち、冒険者になりたいの? なら、もしかしたら力になってあげられるかもしれないわよ?」
俺たちに声をかけてきた、20代半ばに見える美女がいた。
◇◆◇ ◆◇◆
「貴女は?」
「取り敢えず私の素性はどうでもいいわ。
冒険者ギルドと宝石商での、貴方たちの遣り取りを見ていたの。
奴隷でありながら、主人と行動を共にしておらず、かといって主人の紹介状や信用状を持っている訳でもなく、冒険者でもないのに柘榴獣石なんていう高級品を持ち歩き、その上で冒険者登録することを希望する。どう考えても訳ありよね?
好意的に解釈すれば、何らかの事情で主人と逸れた奴隷が、せめて主人と合流するまで自活出来るように冒険者として日銭を稼ぎたい。そんなところかしら?
けど、この町のギルドの受付嬢が言ったように、無条件で貴方たちの冒険者登録を受け入れたら、貴方たちの主人とトラブルになる可能性もあるの。
だから、貴方たちが望むなら、貴方たちに試験を課してあげる」
今のままでは、俺たちは絶対に冒険者登録が出来ない。かといって、他の職に就くことは、もっと難しいだろう。
この美女の言葉が信用出来るかはわからない。俺たちは既に一度騙されて、〔契約魔法〕をかけられたのだから。なら。
「即答は出来ません。時間を戴けますか?」
「うん、慎重なのは良いことね。
では明日の夜明け。東門前で待つわ。
その時、貴方たちが来たら、試験の内容を話して、その上で受けるか否か選んでもらう。
来なかったら、この話は無かったことにして、私はこの町を去るわ。
それでいいわね?」
「はい、有り難うございます」
考える時間的猶予、そして試験を拒否する権利。両方を認めてくれた訳だ。
といっても、今この時点で「試験の内容」を話してくれている訳じゃない。だから、実質的に「試験の内容」を聞いてからは、考える時間は無いのかもしれない。けど。
「なら、試験の内容を聞いて、すぐ〔亜空間倉庫〕を開けば、俺たちの場合充分な検証時間を作れる訳だ」
「本当、チートよね、この魔法」
「受験の時この魔法を使えたら、満点取れるな」
「〔倉庫〕に参考書を山積みしておくんですか?」
美女と別れた後、すぐ〔倉庫〕に入ってミーティング。だけど基本、この話は受ける前提で話が進んでいる。
相手の目の前で〔倉庫〕を開いても、相手に気付かれないのなら。あの時問題になった「即決する危険」は事実上無視出来る。それこそ話を聞いてから、一眠りして気持ちを落ち着けて、それから検討することだって出来るのだから。
◇◆◇ ◆◇◆
そして、翌日(89日目)の早朝。
モリスの町の東門に、一台の馬車と護衛と思しき数人の冒険者たち、そして昨日の美女がいた。
「よく来てくれたわね。なら、試験の内容を説明するわ。
私たちはこれから、モビレア市まで行きます。知っていると思うけど、ここから馬車で20日くらいかかるわ。その間の、馬車の護衛を貴方たちにしてもらいます。
護衛依頼は本来、銅札のクエストになりますから、この試験に合格したら木札となる貴方たちには本来受件出来ないクエストです。けれど、私たちの馬車には既に護衛クエストを受件している冒険者旅団がいますので、貴方たちはそれに便乗する形で試験をする、という事になります。
試験官は、私と護衛の冒険者パーティ【暁の挑戦者】。採点対象は、この20日間の貴方たちの行動全般です。ちなみに、この期間の貴方たちの食糧等は、私たちの備蓄から提供することはありません。事前の申し出があれば、適価で譲渡することは出来ますけれど。物々交換も受け付けられます。
あと、貴方たちが現在奴隷という立場だから敢えて付け加えますが、冒険者ギルドでは、クエストに関して〔契約魔法〕は使いません。ギルド内であれば、約束を反故にした場合はギルドとしての罰則を課しますが、貴方たちはまだ冒険者ではないので、試験結果はあたしが約束した内容を保証するとは言えません。
以上、何か質問は?」
美女の説明を聞き、すぐに美奈が「0」と言う。〔亜空間倉庫〕を開くコールだ。
その場で〔倉庫〕を開いてミーティング。
「試験内容としては、妥当どころか破格ですね。
一定の善意はあるけれど、無条件の善意じゃない。ボクらがならず者である可能性も考慮しての試験内容です。
『試験官』と言っていましたけれど、護衛の冒険者たちの実質の役目は、ボクらの監視でしょう。そして20日もの時間があれば、あの美女はボクらに対して一定の評価を下せる訳です。そして〔契約魔法〕を使わないこと、結果が保証されないことを事前に告げてくれています。
全く相手にされない立場の奴隷であるボクらが、せめてチャンスを与えてもらえた。それだけで、感謝してもし切れないほどです」
「そうだな。なら、さっそく護衛の為のフォーメーションを考えよう」
「否、待ってください。もう一つ。
この試験で、皆に認識しておいてほしいことがあります。
それは、そもそも『試験とはいったい何の為に行われるか』という事です」
何の為に行われるのか? どういう意味だ?
「試験とは、窮極的には二種類しかありません。
すなわち、『合格させる為の試験』と『不合格にする為の試験』です。
『合格させる為の試験』とは、エスカレーター校の内部進学試験や運転免許の試験、製品の品質評価試験などです。これは単に、一定の知識・技能・性能が備わっているかどうかの確認の為のモノですから、その基準をクリアしたら全員合格です。
一方『不合格にする為の試験』とは、高校・大学入試や資格試験、企業の採用試験などです。こちらは受験生にそれらが備わっていることが前提ですので、基準をクリアしたら全員合格、などとしたら受け入れ側がオーバーフローします。だから、合格者数を絞る為に減点をしていくんです。例えば、てにをはや言い回し、採点官と思想信条が違うなんて言う理由での減点もありますし、『字が汚い』なんていう理由でも減点されます。
そして、今回ボクらが受ける試験は、明らかに後者です。
あの美女の思惑はどうあれ、他の試験官になる冒険者にとってみれば、ボクらがこの試験に合格したら、自分たちが事実上の身元保証人の一人になってしまうんです。だから重箱の隅を楊枝でほじくるつもりで粗探ししてくるでしょう。
だからボクらは、護衛任務を完遂するとともに、他の試験官である冒険者に、ボクらのことを納得させなければならないんです」
それはつまり、要求された内容を卒なく熟すだけじゃ足りないってことか。
(2,931文字:2017/12/27初稿 2018/06/01投稿予約 2018/07/08 03:00掲載予定)




