第05話 夏空の風
第02節 冒険者登録〔1/7〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
あたしたちがこの世界に来て、88日目になった。
この世界の暦が地球と同じなら、季節が一つ移ろうくらいの時間が経過したという事だ。
あたしたちがこの世界に来たばかりの頃は、石造りの部屋に毛布一枚だと、寒くて凍えそうだった。だから、少しずつ暖かくなっていく日差しが、正直嬉しかった。
けど、迷宮に入り、そして5日ぶりに外に出てみたら。そこは、夏真っ盛りだった。
ダンジョン内は、時間と空間が入り乱れている。エリスちゃんはそう言っていた。感覚的には、4月の気候からいきなり9月の気候へとジャンプした気分だけど、もしかしたら空間を大きく飛び越えて、高緯度地方から赤道上へ移動したのかもしれない。
あたしたちが出てきたこのダンジョン。地元の冒険者たちの話を聞くと、『ベスタ大迷宮』と呼ばれているのだという。あたしたちが入った『ビリィ塩湖地下迷宮』とは違うところに出たという事だ。何にしても。あたしたちはこれから、ここから歩み出さないといけないという訳だ。
◇◆◇ ◆◇◆
「と、いう訳で、これからの行動指針を決めておこう」
〔亜空間倉庫〕にて。あたしたちは恒例のミーティングを行う。
「あたしたちが備蓄している食料は、穀物や干し肉はあたしら五人……エリスちゃんを含めて六人だけなら数十年食い繋げるだけの量になる。野菜や果物も、数ヶ月分はある。
けどそれは、『当面生きていける』というだけでしかない。
あたしらの目的である『元の世界に戻る』方法を探す役にも、『〔契約魔法〕を解除する』方法を探す役にも立たない。
だからあたしらは、積極的に人と関わらなきゃならないんだ」
あたしの発議に、武田が話の穂を継ぐ。
「おっしゃる通りです。そして、その為には先立つモノが必要です。ボクらの行動資金は、船出の直前に渡されることになっていました。けど、結局それを受け取ることが出来ないまま、ボクらは王国を離れています。
結果論ですが、王国の宝物庫を襲撃したのは、必要資金を調達する方法として間違いではなかったということでしょう。けど、これも換金しなければ文字通りの持ち腐れです。
けど、この世界で生きて行く、という事を考えるなら、やっぱり手持ちの財物を換金するだけでなく、ボクら自身が自らの手でお金を稼ぐべきだと思います。
そうなると、情報収集と換金、それに生活収入。これら全てをこなす為には、定番ですが冒険者ギルドに行って登録する、というのが求められると思います」
そう。結局のところ、偉そうに行動指針などと言っても、無限の選択肢がある訳じゃない。そしてあたしらがこの世界で出来る仕事、就職口と言えるのは他に無いのだから。
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この町は、〝モリス〟というそうだ。
まずはモリスの町の、冒険者ギルドを探し、その扉を潜った。
「あら? ……お遣いですか? 業者用の窓口はこちらではありませんよ?」
多くの冒険者たちが並んでいる窓口に、あたしらも並び、順番が来たら。
あたしらの首輪を見ながら、受付嬢はそう言った。
「否、冒険者登録をしたいのですが」
「でも貴女がたはどこかの奴隷ですよね? ご主人様は?」
「その、今この場にはいない」
「でしたら、ご主人様を連れて来るか、ご主人様からの紹介状を持ってきてください。そうでなければ貴女がたの登録をすることは出来ません」
「しかし、冒険者ギルドは誰の登録をも拒まない、のではないのか?」
「勿論そうです。たとえ奴隷であっても、冒険者登録を受け付ける事が出来ます。
けどね? 貴女がたのご主人様はこの場にはいない、という事は、貴女がたは一定の自由行動が許された奴隷という事でしょう。けど、冒険者登録するという事が、貴女がたに許された自由の範囲内なのですか? と問うても、貴方たちもご主人様との〔契約〕内容を、おいそれと第三者に話すことは出来ませんでしょう? それを確認出来なければ、『冒険者ギルド』と『貴女がたの主人』の間でトラブルに発展しかねないのです。
ですから、ギルドの一職員に過ぎない私としましては、この場で貴女がたを冒険者登録することは致しかねます」
ぐうの音も出ない。正論だ。〔契約〕の内容を話すことは、出来ない訳ではないけれど。これが国家の意思である以上、最低でもギルドマスタークラスの人間に対してでなければ、それを話すことでどんな影響が出るかもわからない。
当初の予定では、あたしたちにはエラン先生が同行してくれるはずだった。そして当初の予定通りなら、あたしたちが冒険者登録する時に、エラン先生がその辺りの保証人になってくれたのだろう。
けれど、それを振り切ったのはあたしたちだ。そしてその結果、あたしたちは冒険者登録さえ出来ない境遇に立たされたという訳だ。
「わかりました。では、あたしたちは今『柘榴獣石』を所有しています。これを換金することは出来ますか?」
「申し訳ありません。冒険者以外のかたからの素材や宝石の買い取りはしておりません。宝石商に問い合わせていただけますか?」
これも断られた。
冒険者が「誰にでもなれる職業」と考えると、冒険者になれないのは、既に職を持つ人だけ、という事になる。なら冒険者になれない人は、自分の所属するギルドがあるはずであり、そちらの窓口を当たるのが筋だという訳だ。
仕方なく、受付嬢に宝石商の所在を聞いて、ギルドを後にした。
◇◆◇ ◆◇◆
「ほう、柘榴獣石か。大きい、けど、質が悪いね。これじゃぁ大した金額にならないよ?」
「……これは、盗品かい? 下手に市場に流すとキミたちは自警団に捕縛されることになる。けれどうちなら内々に処理出来るからね。金貨10枚払うなら、問題が起こらないように引き取ってあげられるよ?」
「稀にいるんだよね。冒険者の遺体を漁ってその財物を売りに来る連中が。買い取っても構わないが、そうすると冒険者ギルドと事を構えることになる。うちとしてはあまり嬉しくないね」
「悪いけど、うちは奴隷とは取引しないよ。アンタらの主人に言っとくれ。紹介状も持たせずに奴隷を寄越すなんて、うちを莫迦にしているのか、って」
etc. etc...
◇◆◇ ◆◇◆
複数の宝石商を回った結果、全て似たような対応だった。
足元を見てくる、違法取引の疑惑をかけて逆にお金を請求する、冒険者ギルドとの軋轢を避けて取引自体を拒む、そもそもあたしらが〝奴隷〟だというだけで相手にしない。
これが、現実だ。
あたしらの首に〝奴隷の首輪〟を付けたのは、王国の連中だ。けど、逆に王国内ではそれで不自由になることは無かった。勿論それはあたしらが自由だという意味ではないけれど。この首輪は、あたしらを縛ると同時に保護してもいたんだ。
ところが、王国の保護下を一歩離れた途端、あたしらに出来ることは何もない。
空は青空。夏の暑く乾いた風が吹く。
けど、あたしらに吹き付ける世間の風は、この上なく冷たいモノだった。
(2,897文字:2017/12/27初稿 2018/06/01投稿予約 2018/07/06 03:00掲載予定)
・ 奴隷は〔契約魔法〕に縛られます。だから当然、〔契約〕に反した行いは出来ません。が、「〔契約〕に反していないけど、主人の益にならない行動」は出来ます。そして冒険者登録するという事が、主人の益にならない行動である場合、主人と冒険者ギルドの間で問題が発生する危惧があるのです。




