第03話 〝ニート〟の娘
第01節 エリスに導かれて〔3/4〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
いくらこの〔亜空間倉庫〕の中の時間は外界に影響しないとはいえ、延々空転する会話に少し辟易してきた。っていうか、飯塚家の家族計画なんかには興味はないし。
「話を進めよう。
オレたちが考えるべきことは、この迷宮から脱出する方法だ。
飯塚のロリコン疑惑なんかは脱出出来てからゆっくり追求すれば良いことだ」
「否、追求されても困るんだが」
「黙れ。話が進まん。取り敢えず飯塚は、今回のミーティングでは発言権を剥奪する」
「お前だって煽ったくせに……」
「黙れ。
ともかく。エリスの安全の確保に関しては、〔倉庫〕に入れる時点で考える必要は無くなった。寝るときは俺たちと、というか、女子と一緒にエリスを寝かせ、そして外界では基本俺たちと一緒に行動すればいい。
その上で、このダンジョンを突破する為に、必要なことはやっぱりマッピングか?」
「このだんじょんから出たいの? なら案内するよ?」
声の出処は、飯塚の膝の上。エリスだ。
「案内って、エリスちゃん、出口わかるの?」
「うん。だってここ、ままのだんじょんだもん」
〝ママのダンジョン〟? どういうことだ?
「ここはね? ままが作ったの。だから、えっと、『じかんとくーかんが入り乱れている』、だったかな? そんな感じのことを、ぱぱが言ってた」
「……エリスちゃん。エリスちゃんのママって、なにもの……じゃなく、どんな人なの?」
髙月の疑問は、オレたち全員の意見の代弁だ。
「んっとね? ままは、〝ニート〟なの!」
「へ?」
「ままは〝ニート〟なんだって。ぱぱに養ってもらって、一日中遊んで、時々近所のおくさまたちとてきとーな噂話にきょーじているの」
……ツッコミどころが多過ぎて、対応に困る。だけど一番重要なことは。
「ちょっと待ってください。今、エリスちゃんは今、〝ニート〟って言いませんでしたか?」
そう。オレの耳にもそう聞こえた。〝こんにゃく〟がそう翻訳したのではなく、エリスは〝ニート〟って発音したんだ。つまり、エリスの母親の所業を見て、「ニート」と呼ぶ人が、エリスの傍に(と言うかエリスの母親の傍に)いるということになる。
日本でも、〝ニート〟ってそんなに古い言葉じゃないはずだ。その辺りは武田あたりが詳しいだろうけれど、逆にこの世界で、その言葉が自然発生するはずがない。
つまり。エリスもまた、オレたちと何らかの〝縁〟がある、という事なのだろう。
まぁそれはともかく。
「〝ニート〟に関しては、今は措いておこう。エリスのママがこのダンジョンを作ったという事も気になるけど、それも今はいい。
エリス。お前は外に出る道を知っているのか?」
尋ねると、エリスは顔を背け飯塚の胸に顔をうずめながら、
「……あのおじちゃん、怖い」
! おじちゃん? 否、オレはそんなに老けていないはずだ!
確かに童顔の飯塚や年齢不詳に見える武田に比べたら年長顔かもしれないけれど、おっさん呼ばわりされるほどの老け顔じゃない!
けど、反論しようとしたところで。
「大丈夫だ。あたしがいるから。この〝おじちゃん〟がもしエリスを怖がらせるようなことがあれば、あたしがこの〝おじちゃん〟をぶちのめしてやるから。だから安心していいよ」
と、松村が笑いを堪えながらエリスに言った。
えぇい! 泣く子となんとかには勝てないって言うしな。当面甘んじて「おじちゃん」呼ばわりを受け入れることにしよう。
「髙月。オレだとエリスを怖がらせてしまうみたいだ。お前が聞いてくれるか?」
だけど、その尻馬に乗ってオレを「おじちゃん」呼ばわりした松村を立てるつもりはねぇ! 消去法だが、髙月に頼ることにする。
「うん、いいよ。
ねぇエリスちゃん。美奈たちは、このダンジョンのお外に出たいんだけど、どっちに行ったらいいか知ってるの?」
「うん! 出口知ってる!
しぇいらままがよく使ってるところに行けばいいんだよね?」
「えっと、よくわからないけど、うん、お願い出来るかな?」
「わかった!」
そういう訳で、オレたちは取り敢えず、このダンジョンを脱出する目途が付いた、と考えることにする。
こんな小さな幼女に頼るのは情けないのかもしれないけれど、他に縋れるものもないし。
◇◆◇ ◆◇◆
その後、俺たちは仮眠(の続き)を取ることになった。
のだが。
「いやぁ! ぱぱとねるの~」
「駄目です! こっちに来なさい」
エリスが飯塚の布団に潜り込みたがるのを、女子が必死で食い止めていた。
「エリスちゃんは、ショウくん、パパが大好きなんだね」
「うん! ぱぱだいすき♡」
「美奈もだよ。美奈も、ショウくん大好き♡」
「じゃあ一緒にぱぱと寝よ?」
「それは駄目。そんなことにしたら、パパに嫌われちゃうよ?」
「……どうして?」
「女の子が、男の子のお布団に潜り込むのは、はしたないことだからだよ。
ちっちゃい子はね、パパのお布団に入って寝るの。
でも、大きくなった女の子は、男の子のお布団には入っちゃ駄目なの。男の子が『いいよ』って言ってくれるまでは。
エリスちゃんは、ちっちゃい子なの? それとも、大人の女の子なの?」
「エリスはおとなのおんなのこ!」
「うん、そうだね。
なら、パパのお布団に潜り込むような、ちっちゃい子のすることは、しないよね?」
「うん!」
「よし、いい子ね。じゃあお姉ちゃんと一緒に寝ようか?」
取り敢えず話は付いたみたいだ。
昔なら、「飯塚はモテモテだ」なんて言って冷やかすことも出来たけど。今はひたすら、冷や汗が止まらない。どっちかっていうと、飯塚に同情したいくらいかも。
「なら今日は、あたしもご一緒させてもらおうか」
「そうだね。三人で女子会しながらおやすみしよう。パジャマパーティーだね」
女は三人寄れば姦しい、と言うけれど。
エリスも立派な「女」のようだ。
そして、髙月と松村に淑女教育(?)されたエリスが、どんな女性になるか。ちょっと怖くもある。
髙月自身は、まるで将来の予行演習とばかりに張り切っているようだが。
俺たちは、女子がどんな話をしているのかを想像し、飯塚の冥福を祈りながら、眠りについた。
(2,560文字:2017/12/26初稿 2018/06/01投稿予約 2018/07/02 03:00掲載予定)
・ 「ニート」(NEET)は、初出はイギリスの労働政策に関する用語で、1999年の調査報告書にある「Bridging the Gap: New Opportunities for 16-18 years olds not in education, employment or training」が原典です。日本では、2004年に刊行された書籍や新聞記事などから「ニート」という用語が爆発的に広まったようです。
・ 「泣く子となんとかには勝てない」は、正しくは「泣く子と地頭には勝てない」です。ちなみに「地頭」とは奈良時代の荘園の管理者で、転じて「権力者」の意味です。
・ エリスは「何も見えず、何も聞こえない」場所にいたはずなのに、何故そんな外界のことに詳しいのか。見えたのでものなく、聞こえたのでもなく。エリスは『知っていた』のです。




