第44話 滑落
第08節 別れと出会い〔4/4〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
この三日でわかったことは。
小鬼たちは、徹底して冒険者と距離を置き、少人数で分散してお互いの死角を補いあい、「戦い」ではなく作業としての「殺戮」を行う類の戦士である、という事。
武田に言わせると、これは中世の士のみならず、盗賊や傭兵といったあらゆる戦闘職の在り方とは違うのだそうだ。どちらかというと、日露戦争以降の、地球の近代戦の在り方に近いのだという。では彼らにその戦略教義を授けたのは、一体誰?
もしかしたら。ゴブリンの中に、地球人の転生者がいたのかも。
そういったことまで考えても、ゴブリンの用意した戦場で戦うのは、愚か者のすることだろう。だから誘いには乗らず、守りの厚いところは無理せず引き、撃破数は相変わらず0のままだけどこちらの被害も0のまま、この鍾乳洞の探索を続けた。
鍾乳洞というところは、観光地化されていないところを歩くのは、それだけで危険を伴う。また照明は、柏木と美奈、そして武田が持つ松明だけ(柏木が持つ懐中電灯は、今後何があるかわからないから、代替手段がある限り使わないことにしている)。
足場も悪く、また滑り易い。頭上にも注意しなければならず、日本ではただの蝙蝠も、ここでは有害種である可能性もあり、それどころか魔獣化している可能性もある。
そしてゴブリンたちも。あたしたちが容易に誘引に乗らないことがわかったからか、地形を利用したトラップを多用するようになってきた。例えば、三差路の近くでゴブリンたちが敢えて近接戦を仕掛けて来て、そして引く。逃走方向に岐路の右側を選んだら、あたしたちの場合、右が誘いと判断して左側を選ぶ。すると、左側の道は崖沿いで足場が悪く、ただ歩くだけで難儀する、という状況だ。
そして今、その状況で、逃げたはずのゴブリンたちが背後から襲撃してきた。
道幅は狭く、二人並ぶのが精一杯。しかも足を滑らせないように紐でお互いを結んでいた為、この襲撃に際して〔亜空間倉庫〕を開く余裕が持てなかった。
列の最後尾にいたのは、エラン先生と飯塚。そして既に、弩を使うシーンではない。だから飯塚は、槍を構えた。
けど、エラン先生は長剣使い。それを十全に振るうには、槍使いと並んでという戦況はマイナス要素の方が大きい。だから。エラン先生は邪魔だとばかりに飯塚を突き飛ばした。自分も含めて紐で繋いでいることさえ忘れて。
結果は当然、エラン先生を含めた全員が、崖を滑落することになった。
◇◆◇ ◆◇◆
とはいえ運良く崖の途中で引っかかり、底に墜落することは免れた。
といっても、無事掴まれたのはエラン先生と柏木の二人だけ。残りは繋がれた紐で宙吊りにされている状況だった。
そうしたら。
「すまん。恨んでくれて構わない」
そう言って、エラン先生は紐を切った。
当然、柏木一人の力で全員を支えることなど出来ず、あたしたちはそのまま落ちていくのだった。
◇◆◇ ◆◇◆
といっても、美奈が〔マルチプル・バブル〕を底に大量に敷き詰めて緩衝材にしてくれたから、誰一人怪我せずに済んだのだけど。
◇◆◇ ◆◇◆
「で、これからどうしよう?」
何となく、間抜けた表情になった飯塚が、ぽつりと漏らした。
「まぁ、出る道を探すっきゃねえよな」
「そうですね。諦めたらそこで試合終了、というよりも、〔契約魔法〕が反応しそうですし」
考えてみれば、〔亜空間倉庫〕以外の場所で、あたしらが周囲の目と耳を気にしないで済むのは、この世界に来てからこれが初めてだ。それもあるのか、柏木と武田も妙にリラックスした表情をしていた。
「柏木。懐中電灯を使ってくれ。
さすがに今は緊急事態だ。少しでも明かりが欲しい」
飯塚が柏木に指示を出す。
一応、食料と水は充分ある。食糧(穀物と干し肉)はあたしら五人で消費しようとしたら数十年かけても尽きない程にあるけど、野菜類やビタミン類が不安だ。というか、こんな地の底で何十年も暮らしたくはない。
だから、脱出路を探すのが先決。そう思い、柏木が懐中電灯を点け、適当な一方向を照らすと。
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そこに、小さな人影が見えた。
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エラン・ブロウトン騎士爵が、ショウたちを見失ったすぐ後。
ブロウトン騎士爵と、キャメロン騎士王国宮廷魔術師長リトル・マーリン卿、そして騎士王ウィルフレッドの三名の首には〝誓約の首輪〟が、額には〝違約紋〟が浮かび上がった。これは、ショウたちが(少なくとも一人以上が)まだ存命であること、しかし騎士王たちが「彼らをフォローする」という〔契約〕の履行が不可能になったことを意味していた。
その為、騎士王は騎士団に対し救助隊の編成を命じて『ビリィ塩湖地下迷宮』に向かわせた。しかし、多大な犠牲を払ってなお、彼らは終にショウたちの手掛かりのひとつも見出すことは出来なかったという。
一方で、その額に〝脱走紋〟(〝違約紋〟の一般的な呼称。脱走奴隷の証とされる)を持つ王を戴くことに不満を持った騎士や平民による暴動が日を追うごとに増えていき、国家運営に支障を来す状況になりはじめた。
そこで、騎士王の一子、イライザ姫(姫には兄姉がいたが、〝魔王〟襲来時、〝魔王〟の放った大槍を受けて崩壊した塔と運命を共にしている)が、王並びに宮廷魔術師長が異世界から召喚した少年少女との間に交わした〔契約〕の内容を公表し、且つこれが「キャメロン騎士王国国王」の名の下に締結されている事実を明らかにした。つまり、ウィルフレッド王を廃しても、次の王がその〔契約〕に縛られることになるという訳だ。
それら事実を以て、イライザは父王に退位を迫り、自らが代わりに玉座に付き〔契約〕を引き継ぐ旨宣言した。但し、その在位期間を〔契約〕満了乃至は破棄するその日までと定めて。
後の歴史書には、ウィルフレッド王は二度に亘り王国を滅ぼしかけた〝傾国王〟と、また嗣を継いだイライザ女王は〝奴隷女王〟として、その名を遺した。
ちなみに、イライザ女王の在位は18歳の春から96歳の秋まで、実に78年間という、歴代最長記録を誇ることになる。けれど、いつの頃からか。イライザ女王の〝首輪〟はオリハルコン製の物へと、額の〝紋〟も刺青へと、それぞれ変わったとも言われている。約束していた退位予定時期が来ても、国民の圧倒的な要望でその地位にあり続け、〔契約魔法〕が消滅した後も、今度は〝国家と国民に隷従する〟その証とした、と歴史書には書かれている。
そして、イライザ女王の次代より、即位の儀式としてオリハルコン製の首輪を嵌めるようになったのだという。
異世界からの召喚者の行く末は、この国の歴史書には記されていない。
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(2,940文字:第一章完:2017/12/23初稿 2018/04/30投稿予約 2018/06/26 03:00掲載予定)
【注:「諦めたらそこで試合終了」というのは、〔井上雄彦著『SLAM DUNK』少年ジャンプコミックス〕の登場人物、安西光義監督の台詞が原典です】
・ 「日露戦争以降の、地球の近代戦の在り方」。言い換えれば、「ある兵器」が地球戦史上に登場して以降の。その兵器が存在しなければ、逆に非効率な戦い方です。ちなみに、第一次世界大戦の欧州戦線では、「騎士の誇りがあれば、〝その兵器〟などに負けはしない」とばかりに物量による突撃を行い、死者を量産したという話もあります。
・ もし「全員死亡」であれば、契約履行を強制する意味を持つ〝誓約の首輪〟は顕現しません。その一方で、「フォローする」という契約を履行しなかったという事実には変わりはありませんから、〝違約紋〟は顕現します。




