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拝啓、姉上様~異世界でも、元気です~  作者: 藤原 高彬
第一章:契約は慎重に結びましょう
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第43話 ゴブリンの戦術

第08節 別れと出会い〔3/4〕

◇◆◇ 宏 ◆◇◆


 この世界に来て、86日目。『ビリィ塩湖地下迷宮』に(もぐ)ってから、3日目。

 オレたちは、これまで何度か小鬼(ゴブリン)と交戦していたが、()だ一匹も(たお)す事が出来ずにいた。

 これを「不甲斐(ふがい)ない」というか、それとも「立派だ」というかは、おそらくこの迷宮(ダンジョン)を知っているか否かで変わるんだと思う。なんせ、休む間もなく間断なく襲撃がある。襲撃が無いと思ったら、天井が崩れたり落とし穴があったり、或いはいきなり轟音が響いたり。30分以上のまとまった休息可能な時間を確保することは、この三日間不可能に近かったんだ。オレたちは〔亜空間倉庫〕があるから良いけれど、エラン先生の方はそろそろ限界かもしれない。


 最初の遭遇は。槍を持つ4匹のゴブリンに、死角から奇襲された。

 こういう奇襲戦に対して滅法(めっぽう)強いのは、当然松村だが、既に状況は変わっていた。

 何しろ、髙月の〔マルチプル・バブル〕は、城中の通路や部屋などの空間全てを満たすほどの量を制御出来るのだ。だだっ広い草原の真中(まっただなか)、というのなら話は別だが、閉鎖空間である鍾乳洞(しょうにゅうどう)内は、むしろ彼女の独擅場(どくせんじょう)。誰よりも早くその襲撃を察知していた。

 ただ、これまでずっと戦闘方面では「お荷物」扱いされていたことから、連携に慣れておらず、警告の発声が遅れてしまった為、俺たちにとっては奇襲された形になったというだけだ。

 けれど。俺たちが気付いた時には、既に髙月の〔泡〕は強度を増してゴブリンたちの進路を(ふさ)いでいた。勿論(もちろん)、それはゴブリンたちにとってさえ何の痛痒(つうよう)も感じなかっただろう。しかし、何も無いはずの空間で、しかも目の前で何かが(はじ)けた衝撃があれば、当然警戒する。その為突撃速度が落ち、俺たちの迎撃が間に合った、という訳だ。

 間に合ったから、俺たちは投擲紐(スリング)で〔火弾〕を撃ち出して迎撃した。ゴブリンたちは、鮮やかに身を(ひるが)して撤退したが、俺たちは追わなかった。

 俺たちがこのダンジョンにいるのは「演習」の為。なら、深追いする必要はないのだから。


 二度目の襲撃。ゴブリンは、物陰から(クロスボウ)で狙撃してきた。矢弾(クォレル)の軌道を髙月の〔泡〕で()らし、或いは武田が気圧を操作して速度を減衰させ、その攻撃を無力化させた。そして飯塚のクロスボウでの狙撃を受けて、またゴブリンたちは撤退していったのである。


 三度目は、ちょっと広がった空間の、上方の(くぼ)みからクロスボウで連続攻撃してきた。見えただけで、射手となるゴブリンは3匹。けど、微妙にタイミングをずらし、ほぼ毎秒1発に近い速度でクォレルを撃ち込んできた。さすがにこの物量に対しては、髙月の〔泡〕での防禦も限度があったので、退却することにした。オレたちはこのダンジョンを制覇したい訳ではない以上、無理な突撃は無用、との判断だった。


 それからも、何度か奇襲を受けたり待ち伏せされたりと、想像以上にハードな戦争になった。そう、これは最早「迷宮攻略」なんかじゃない。(れっき)とした、戦争だ。

 武田が「日本の戦国時代の城郭(じょうかく)攻めをイメージした方がいい」と言った訳が、わかったような気がするぜ。


◇◆◇ ◆◇◆


 エラン先生から、このダンジョンと「ゴブリン」という魔物の特質を聞かされた後の、〔亜空間倉庫〕でのミーティングで、武田が言ったことだ。


「ゴブリンは、最弱の魔物と()われています。そして、それを連中は自覚しています。

 その上で、先生が話したほどの社会性や戦略性を持つのなら、おそらく接近戦は挑んでこないでしょう。接近戦はすなわち連中にとっての敗北を意味するからです。

 万一近接戦闘を仕掛けてきたら、それは誘引の為の(わな)、と考えるべきです。


 そうなると、ゴブリンの戦術は距離を置いた狙撃戦。

 城で読んだ資料では、〝ゴブリン弓兵(アーチャー)〟もいるって話ですが、このダンジョンのゴブリンは『質が良い武具を使う』という先生の言葉から考えると、〝ゴブリン弩弓兵(ガンナー)〟もいると考えられます」

「何故、質の良い武具を使うとなると、弓兵ではなく弩弓(どきゅう)兵になるんだ?」


 弓道家としての誇り(プライド)を傷付けられたのか、松村が武田に問いかける。


「部品点数の問題ですよ。弓と弦があれば最低限の形になる長弓(ロングボウ)より、台座や銃爪(ひきがね)などの金属部品を含めた多数の部品を必要とする(クロスボウ)の方が、要求される技術が高くなるんです。

 そして弩が弓に(まさ)る点は、使い手の技量に威力が左右されないという点と、狙撃に空間、特に高さを要求されないという事です」


 狙撃に空間を必要としない。つまり、ダンジョン内のような環境での奇襲にもってこいの武器、ってことか。


「こうなってくると、今度は戦略からゴブリンたちの戦術を予測(プロファイリング)出来るという事にもなります。

 とは言っても、ゴブリンたちが何故この鍾乳洞に巣食っているか、何故ここを迷宮(ダンジョン)化したのか、などはわかりません。

 けど、ここをゴブリンたちの〝城〟と(たと)えると、当然何かを守る為、でしょう。

 なら当然、守るべきものがある場所の守りは固くなるだろうし、誘引する先は守るべきものがある場所から遠く、且つ罠を仕掛け易い場所、という事になります」

「その裏をかいて、敢えて本丸近くに誘引する可能性は?」


 飯塚の質問。


「ない、とは言いませんが、ゴブリンたちにとってのリスクが大き過ぎます。

 繰り返しますけど、ゴブリンの単体戦闘力は、一般冒険者より弱いんです。髙月さんには勝てるけど、ボクとガチで戦ったら互角、という程度です」


 そこで自分を引き合いに出すあたりが、武田クォリティだな。


「なら、ゴブリンたちは徹底的に憶病(おくびょう)に振る舞うはずです。

 距離としては本丸から遠く、罠は二重三重に仕掛け、一つの罠が次の罠のトリガーになり、複数の罠が本命近しと誤認させ、その全てを食い破っても徒労に終わる、みたいな。


 飯塚くんが〝本丸〟という言葉を使いましたが、これは同じ城攻めでも、西洋の城砦(じょうさい)攻略ではなく、日本の戦国時代の城郭攻め、に似ていると考えるべきです。つまり、外堀を埋めてからが攻城戦の本番。守り手は構造物と通路を利用して侵入者を外へ外へと誘導する。そんな戦争(いくさ)です」


◇◆◇ ◆◇◆


 だけど、疑問もある。

 城で見た「小鬼(ゴブリン)」の資料には、魔法を使うとか、社会性を持つとかといった記述は確かにあった。

 だけど、そこまで高度な技術を駆使(くし)するとか、防衛戦の戦術を(もっ)て冒険者を迎え撃つとか、そんなことは書いていなかった。

 一方、エラン先生の故郷の近くに集落を構えたゴブリンは、戦略的に戦ったという実績もあるという。

 いくら何でも、乖離(かいり)が激し過ぎる。


 そこに、第三者の影響を推理するのは、飛躍し過ぎているだろうか?

(2,914文字:2017/12/23初稿 2018/04/30投稿予約 2018/06/24 03:00掲載予定)

・ 〔泡〕の強度は大したことありませんが、球状であることから物がぶつかったときによっぽど真芯にぶつからない限りは衝撃が逸れてしまいます。そして〔泡〕が割れるときの衝撃で、力はある程度(微弱ですが)削がれます。しかも、失われた〔泡〕は幾らでも補充出来ますから、衝撃緩衝材としてはこれ以上ない性能を有しています。

・ 「ロングボウ」の「Long」は、本来「(射程が)長い」という意味ではなく、「(弓自体が)長い(垂直方向に高い)」という意味だそうです。だから和弓もLong Bowです。狩猟用の軽弓など弓を水平に持つ物が、(Long Bowに対して)Short Bow、ということです。

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