第41話 敵か味方か
第08節 別れと出会い〔1/4〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
80日目、早朝。
今回の宝物庫襲撃は、昨日の厩舎・備蓄庫襲撃よりも楽だった。
窓から、気付かれないように部屋を抜け出し、美奈の案内で巡回の警備を避けて宝物庫へ。
そして小剣に〔烈火〕をかけ、「赤熱」を通り越して「白熱」するまで加熱して、鍵を焼き切って宝物庫を開ける。
そして、中にある物を、種類を問わず〔倉庫〕に運び入れる。
終わったらまた外に出て、今度はドア自体に〔烈火〕をかけて溶接する。これで終わりだ。
そして部屋に戻って、〔倉庫〕に入り、収奪物を検分したけど。
意外にも、女子たちは宝石類や宝物に興味を示さなかった。「高く売れるといいね」とだけ。
◇◆◇ ◆◇◆
そして、80日目の朝が来て。
エラン先生が再び部屋にやって来た。
「どうしましたか? また尋問の続きですか?」
「否、演習だ。
ある迷宮に向かう」
◇◆◇ ◆◇◆
前回の追撃行とは違い、俺たちに準備の時間も与えなかった。着の身着のまま騎乗することを要求された。
「準備は、しなくてもいいんですか?」
「必要なものは、不必要なものも、お前たちは〔収納魔法〕で持ち歩いているのだろう?」
まぁ、この期に及んで白を切る必要もないけれど。
要するに。さすがに王国側から見て俺たちの行動が目に余るようになったという訳だ。
この国では、法律や身分は〔契約〕に劣後するから、俺たちの勝手な行動を掣肘出来ない。そして、監視の目も潰されたとなると、俺たちが何をしでかすかわからない。
なら、残り30日を、野外演習で連れ回し、或いは城内では行動の自由を制限するつもりなのだろう。きっと、今日これから行く迷宮から帰ってくると、部屋の窓に鉄格子が付いているに違いない。
まぁもしかしたら、俺たちがダンジョンの中で「事故死」することを望んでいるのかもしれないけれど、それは俺たちには関係ないし。
だからその場で〔倉庫〕を開き、旅の準備をした。装備を整え、旅装である武装をし、出し入れに手間をかけたくない手荷物を鞄に詰め。
準備を終えた俺たちは、再び〔倉庫〕から出る。おそらくエラン先生からは、俺たちが一瞬で変身したように見えただろう。
吃驚している先生を尻目に、
「じゃ、行きましょうか。
それで、どちらに?」
「王都の北西、ビリィの町。そこにある〝鏡の海〟の地下に、ダンジョンがある」
◇◆◇ ◆◇◆
馬は、昨日俺たちが焼いた厩舎以外の厩舎から連れて来たようだ。もしかしたら、正騎士用の馬か? 以前の追撃行の時の馬よりも、数段良い馬みたいだ。
その、ダンジョンへの道すがら、エラン先生は俺たちに話しかけてきた。
「お前らは、国の何が気に喰わないんだ? この国の平均的な民より、今のお前らはよっぽど恵まれているだろうに」
「あたしたちの国の平均的な民より、よっぽどみじめな生活をしているこの境遇を、感謝出来ると?」と松村さん。
「そもそも拉致誘拐犯が、〝施してやっている〟みたいな態度をとること自体が気に喰わないですね。貴方がたにとっては王様でも、ボクらにとってはただの卑劣な犯罪者なんですから」と武田。
「オレたちに頼みがあるというのなら、自分から出向いて頭を下げるのがスジってもんだろう? 問答無用で拉致った挙句、奴隷契約交わす相手と、どうやったら友好的な関係を結べるんだ?」と柏木。
「まず、元の世界に還して? そうしたら、美奈たちに聞ける話なら聞いてあげる。美奈たちと王様たちは、未だ話し合いのスタートラインにも辿り着いていないんだよ?」と美奈。
「エラン先生。アンタならどうです? いきなり右も左もわからない、常識が違うどころか得体のしれない〝科学〟なんていうものがある世界に連れられて、貧民よりみじめな生活を強いられ、拒否する権利もなくやりたくないことを強要され、そして万一達成出来たら元の世界に還す方法を探してやるけど見つけられるかどうかわからない、と言われたら。その条件で、相手に感謝出来ますか?」
「……その〝科学〟というのが何なのかわからないが、貧民以下の生活、というのはさすがに言い過ぎではないのか? 貧民以下、という事は、食事もろくに出来ない、という事だろう?」
「俺たちが、この世界で食事に満足出来た日が、一日でもあったと思いますか? 心の底から美味しいと思えた食事が出来たのは、何回あると思います? お腹いっぱい食べられた、と思ったのは?」
「キミたちに提供していた食事は、それほど悪いモノではなかったはずだ。特に〔契約〕が交わされて以降は、王族の日常に近いメニューになっていたと聞いている」
「つまり、それが答えです。少なくとも、俺たちの国では、道端で横になっている浮浪者さえあのメニューには手を出さないでしょうね」
さすがに、これは言い過ぎだという自覚はある。
これは、この国の食事の質が悪いというよりも、日本の〝段ボールハウスの住民〟に向けた炊き出しの方が恵まれているというだけだから。それに、味は薄かったり濃かったりしても美味しいと感じられる料理は幾つかあったし。
けど、それを地球の世界水準に均しても、漸く発展途上国レベルでしかないことに違いはない。
「俄かには信じ難いが……」
「信じられなければ信じなくても結構です。先生が、あたしたちの世界の生活水準を知ることは、おそらく永遠にないでしょうから。
そして、あたしたちが嘘を吐いていようとも、そんなあたしたちの辿る〝縁〟が、この国の利益になると考え、決断したのはこの国の王様です。
なら、この国の騎士であるエラン先生、ブロウトン騎士爵さまは、王様の意向に従い、〔契約〕に基いてあたしたちをフォローする義務があるというだけです。
あたしたちの言葉の真偽や、あたしたちの行動の善悪を問うのは、先生、〝王国騎士様〟の職務ではありません。えぇ、それが王国にとっての害ある行動であれ、あたしたちが〔契約〕に従って行動している限り、先生はそれをフォローする〝義務〟があるんです。
それとも。先生自身の遵法精神で覆るほど、先生の王国への忠誠、〝騎士の誓約〟とは軽いのですか?」
松村さんが、ここぞとばかりに攻め立てる。けれど、ここが分水嶺。
俺たちが、エラン先生を敵とするか、味方とは言えなくとも無害な同行者とするか。
場合によっては、船の上、或いは東大陸に着いたら、先生を暗殺する必要も出てくるのだから。そして、〔亜空間倉庫〕を利用すれば、如何にエラン先生が歴戦の勇士だとしても、俺たちが勝てる戦術を組み立てられる。
「今は、お前たちの憤りを受け入れることは出来ない。
だが、お前たちにとって多くの不満があることは理解した。
おそらく、これから長い付き合いになるだろう。少しずつ、歩み寄っていければいいと思っているよ」
取り敢えずは、回答保留。まぁ、仕方ないか。
(2,925文字:2017/12/21初稿 2018/04/30投稿予約 2018/06/20 03:00掲載予定)
・ ビリィの町に向かう時、宝物庫襲撃はまだ発覚していません。
・ 〔契約〕とは無関係の違法行為に関して、〔契約〕が反応することはありません。〔契約〕と無関係の違法行為を、〔契約〕当事者である王国側が取り締まり、「処罰」する場合、これは〔契約〕違反に該当します。つまり、「関係各国の諸法令と当事者間の信義に基づいて」とか「(契約当事者の)責めに帰すべき事由が生じたとき」みたいな条項を〔契約〕に織り込んでおかなかった、王国側の不手際。但し、前者を織り込んでいたら「日本国の法律」も「関係各国の諸法令」に該当しますから、〝公序良俗条項〟(公序良俗に反する契約内容は無効:民法第90条)がアクティブになり、契約そのものが成立しなくなります。




