第02話 異世界召喚の現実
第01節 憧れ(?)の異世界生活〔2/3〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
さすがに、飯塚くんの重装備には驚きました。刃物は十徳ナイフとバックルナイフ、打突武器が「クボタン」とタクティカルペン。更に鈍器になる警棒兼用懐中電灯。しかも、レニガードを分解して持ち込んでいるなんて。
それはともかく、ボクたちはまず現地の衣装に着替えることにしました。下着まで全部。
衣服は電化製品と並んで再調達不可能な近代科学製品。他の選択肢が無いのならともかく、劣等品でも代わりがあるのなら、なるべく温存すべきでしょう。
幸いにも、誰もアレルギー等の問題はなかったようです。けど、目の前で女子が着替えるのは、やっぱり目の毒。後ろをむこうとしたら、「意識するな!」と松村さんに叱られました。見る側が意識するから、見られる側も意識する。そして見られる側が意識したら、それが死因に直結する危険もあるのだからと。
ファンタジーは、綺麗なところしか描写しません。汚く醜い部分を読者には見せようとしません。だけど、その汚く醜い部分は日常の部分。リアルでは、笑って無視出来る部分じゃないのです。
この世界に来てからの一日は、こんな感じです。
朝起きたら、壺の水を盥に移して、タオルで体を拭く。そして衣装箱の中にある単衣を着る。
身支度を整えた頃合いを見計らい(と言うか監視から報告が行っているのだろう)、女使用人さんが食事を持ってくる。パンとスープ、それに水で薄めた果汁。あまり美味しくないけれど、食べなければ生きて行けない。食べ残すなんて贅沢が許されるのは、それこそ貴族だけなのですから。
この間、可能な限り色々なことを女使用人さん(メイドさん、と言ったら松村さんに殴られた)に話しかけ、言葉を引き出す。当然、その言葉は理解出来ません。けど、まずはヒアリングから。
食事が終わると、女使用人さんに変わって衛兵さんが入ってきます。衛兵さんは、武装している男性で、けどその靴に「黄金拍車」が付いていないことを確認しています。
黄金拍車を持つのは、騎士の階級のみ。この世界の騎士が、地球の中世欧州と同じなら、ですけど。けど拍車を付けるのは騎乗する為で、騎乗出来るのが特権階級だと考えると、「靴に拍車を付ける」のはやはり特別な意味があるはずです。それが許されている階級の人が、でも馬に乗らないからという理由で拍車を外すというのは、ちょっと考え難い。ならやっぱりそこには階級を象徴する意味があるのではないでしょうか?
それはともかく、衛兵さんは、ボクたちを連れて場内の様々な場所に案内します。騎士や兵士の練兵場、魔術師の研究所、侍女さんたちの労働風景。
そう。やっぱりこの世界には、魔法があります。何もないところから炎を生み出したり、風を起こしたり。夢も希望もないファンタジーの現実だと思ったけれど、魔法は残っていたんだ!
一通り見物が終わると、部屋に戻ります。そして、柏木くんの指導の下に筋力トレーニングを行います。これは男子だけじゃない。魔法が使えるかどうかはわからないけど、この劣悪な環境では、最後に頼れるのは自分の体力だけ。だから必死で体力をつけるのです。
その次は、ミーティング。見たこと、感じたこと、思ったこと。何でもいいから語り合い、自分たちの判断の材料にする。おそらく、このミーティングの内容も聞かれて報告されているでしょうけれど、それでも今は、他の道がありません。
◇◆◇ ◆◇◆
「取り敢えず、ラノベで一番多いパターンは、『魔王討伐』だな」
ミーティングが盗聴されている。これはほぼ疑う余地のない事実。そして、こちらはこの世界の言葉がわからないのに、向こうはボクたちの言葉を大体理解しているようです。だとすると、そこには魔法が介在しているはず。
その魔法(「翻訳魔法」と仮に呼ぶ)がどの程度の精度なのかは、まだわかりません。けれど、少しでも攪乱出来るように、厨二用語を多用するようにしています。
そして、今飯塚くんが語っているのは、ラノベなどでよくみられる「異世界召喚」の目的。
「けど、神様が依頼してくるパターンと、国の聖女が依頼してくるパターン、或いは国の大臣や国王自らが依頼してくるパターンなどがある。
神様が依頼してくるパターンの場合、その報酬の先払いみたいな感覚で、チートが授けられるパターンが多く、魔王討伐完了後は元の世界に戻れる展開が王道だ。
国の聖女となると、加護という名でチートをくれるけど帰れない、というパターンが多いかな?
そして、大臣や国王が依頼する場合。これは、『魔王』が単なる政敵或いは敵対国家の君主でしかない場合も少なくない。どこかのラノベで、『勇者は体のいいテロリストだ』って表現していたものがあったけど、むしろわかり易い。『異世界から召喚すれば、世界の位相差で超人的な力を得られるから、それをぶつければ超兵器になる』ってなもんだ」
「でも、昔のゲームなんかでは、王様は勇者を助けてくれるわよね?」
という松村さんの言葉に対し、飯塚くんは。
「ゲームは、窮極的に0か1かだ。だから勧善懲悪でしかストーリーは展開出来ない。百歩譲って自分たちが悪の側だというのなら、『倒すべきラスボス』は、自分たちの王様、ってことになる。
だけど現実は違う。正義と悪の対立なんか、ほとんどあり得ない。大抵は悪と悪のぶつかり合いだ。そう考えると、ファンタジーの『悪の魔王』だって、神が遣わした『人間という害悪を淘汰する為の聖なる使者』なのかもしれないんだからな」
そう。現実は、善悪二元論などあり得ません。それは、自分たちにとって「利益を齎す悪」「害を成さない悪」を便宜上「正義」と呼ぶだけなんですから。
じゃぁ召喚主である王様が、「害を齎す悪」なら?
「それは、簡単に回答することは出来ない。
例えば、俺たちが某国政府に拉致されたというのなら、日本政府は俺たちを救出する為に動いてくれるだろう。その某国に大使館があれば、助けを求めることも出来るかもしれない。
けど、それが異世界なら? 先立つものもなく、地理も常識も知らず、力もない。放り出されても、生きて行けるだけの地力があれば話は別だけど、そうでなければ、生きる為にはそれが悪だとわかっていても従わなきゃならないんだ」
つまり。当面の選択肢は、実は一つしかないという事です。
そして、従いながら、生きる道、帰る道を模索するしかないのです。
異世界召喚。ラノベでは聞こえの良い、物語の導入部分。
だけどその実情は、単なる拉致事件。そんなことをする召喚主が善良だ、などと考えるのは、脳ミソお花畑が過ぎるというものでしょう。仮令美姫が涙ながらに訴えようと、その涙は相手の都合を斟酌せずに呼び出した挙句、その相手に見せる為に流す汚水に過ぎないのですから。
とはいえ相手が生殺与奪の権を握っているというのなら。
ボクたちは、出し抜いて生き延びる道を、選ぶしか他はないんです。
(2,906文字:2017/11/25初稿 2018/03/01投稿予約 2018/04/03 03:00掲載 2018/06/09衍字修正byぺったん)
*「ぺったん」は、ゆき様作成の誤字脱字報告&修正パッチサイト『誤字ぺったん』(https://gojipettan.com/)により指摘されたモノです。