最終話 ただいま。
エピローグ〔1/1〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
俺たちは、その後幾つかの打ち合わせをし、そして今後のことを話し合った。
俺たちは地球に戻る。だけど、平成日本で、俺たちは魔法を使える。
否、『魔法』に限らずとも、外界での時間経過を無視出来る、〔亜空間倉庫〕を使えるというだけで、いくらでも活用(悪用)の余地がある。
例えば、試験に於いて。「はじめ」の合図と同時に〔倉庫〕を開扉し、〔倉庫〕内で参考書を見ながら解けば、時間を気にせず全ての解答欄を埋められる。他にも、時間制限のあるモノは全て、〔倉庫〕を使えばどこまででもズル出来るのだ。
だから、俺たちは自身の良識とエリスに誓って、そう言った不正は行わないと約束した。〔契約〕しても構わない、と思ったけど、さすがにそれは必要ないだろう。
そして、異世界への転移。五人揃えば今後もまた二つの世界を行き来出来る。けど、それぞれが自身の道を歩み出したら、五人全員が揃わなくなることも予想出来る。だから。
高校時代は、小まめに向こうに遊びに行こう。大学に入ってからは、お互い予定が合えば遊びに行こう。けど、多分。
大学卒業後は、五人全員が揃うことは、滅多になくなるだろう。だから。
あと、六年弱。
それが、俺たちの猶予期間。
俺たちが子供でいることが許されている期間、俺たちの道が岐かれるまでの期間。
なるべく多くの思い出を作ろう。そう、約束した。
そして、各〔ポストボックス〕に、手紙を。
(もしかしたらすぐ撤回することになるかもしれないけれど)これから〔ポストボックス〕の機能が停止する旨を。再開の予定は未定である旨を。けれど再開する際は、また〔ポストボックス〕に通知を出す旨を。
「これで、本当に全部、おしまい」
「うん、楽しかったよね」
「そうね、何だかんだ言っても、楽しかった」
「オレは、帰ったら親戚連中に言わなきゃいけないことと、見せなきゃいけない映像がたくさんあるぜ」
「ボクは、どっちかっていうと、帰ってからやりたいことがたくさん見つかりました」
そんな風に呟きながら。
俺たちは、地球への、俺たちにとっての〝現実〟への扉を開いた。
◆◇◆ ◇◆◇
その瞬間。アドリーヌはそれを、間違いようもなく知覚した。
その瞬間。アドリーヌは授業中だったが、その細い首から、〝誓約の首輪〟が消滅したことに気付いたのだ。
〝誓約の首輪〟の、消滅の条件。それはふたつあり、一つはアドリーヌが「ある魔法」を習得すること。だけど、これはまだ手掛かりも足掛かりもない。なら、もう一つの条件が満たされた。そういう事だ。
「さようなら、お兄様がた、お姉様がた。でも、またすぐに会えますよね?」
そう、小さく呟き、その意識を再び授業に戻したのだった。
☆★☆ ★☆★
『魔王戦争』。
それは、五人の冒険者が複数国家を巻き込み起こした大戦である。
けれど、その戦争の規模に対して、犠牲者の数は驚くほどに少なかったと謂われている。
そしてこの戦争は、フェルマール王国の崩壊から始まった大陸の混乱を鎮め、大陸に新たな枠組みを作った。
その戦争を主導し、各国から爵位さえ与えられたその冒険者。
その名は――
★☆★ ☆★☆
◇◆◇ ◆◇◆
そこは、夕日の差し込む教室。
今日は、平成30年5月23日水曜日。
そこで、俺たちはお互いの姿を見て、爆笑した。
……あまりにも。平成日本の高校の教室とはミスマッチな、冒険者の平服。
慌てて改めて〔倉庫〕に戻り、制服に着替えた。
ふと、気付く。身体が一回り大きくなり、制服がきつくなっていることに。
女子も、一旦ざっくり切ったはずの髪も伸び、美奈に至っては昔よりはるかに長くなっている。
この世界では、あれから一瞬さえも経過していない。
だから、白昼夢でも見たのかとも思う。けど、それは確かに夢じゃない。
改めて、皆と語りたいこともある。けど、今日はそれより両親に会いたいと、素直に思った。
だから、取り敢えずは解散し、俺は美奈と共に自宅に戻った。
「ただいま。」
「あら、お帰りなさい。今日はお父さんも早く帰って来ているから。あら、美奈ちゃんいらっしゃい。一緒に夕飯食べてく?」
懐かしい、母さんの声。麻美叔母さんが死んでから、ちょっと沈みがちだけど、それでもいつも、笑顔で帰宅を迎えてくれる。「行ってきます」と言って家を出て、そして戻ってこなかった叔母さんのことを思い、だからちゃんと帰ってきた家族のことを喜んでいるのかもしれない。
涙が出そうになったけど、それを堪えて。
「悪いけど、その前に話したいことがあるんだ。たくさん、たくさんあるんだ。
是非、父さんと母さんに聞いてほしい」
「なぁに? 美奈ちゃんを妊娠させちゃったとか、そういう話? それとも――」
「違う! 茶化さないでくれ!」
「はいはい。お父さんも呼んで来るわね」
そして、リビングに。
「それで、翔。話って、一体何だ?」
と、父さんが。
それに応える為に、口を開こうとすると。
「ちょっと待って、ショウくん。ちょっと、ショウくんのスマホを貸して?」
「それは構わないけど、美奈。写真を見せるより、まず説明を――」
「否、そうじゃないの。ショウくんを含めて、お義父さんと、そして何よりお義母さんに、聞いてほしいメッセージがあるの」
「メッセージ? 誰から?」
「それは、聞いてのお楽しみ」
そして美奈が、俺のスマホを操作して。
ボイスレコーダーに録音されていた、ある人物の声を、再生した。
◆◇◆ ◇◆◇
『拝啓、姉上様。否、飯塚琴絵さま。
……って、いきなり切りだしても、何のことかわかりませんよね?
私の名前は、サリア・リンドブルム。地球とは違う、別の世界に生きる女です。
ただ、私には、前世の記憶があるんです。
大好きな家族に心配と迷惑ばかりかけ、心を鬼にして自分に社会復帰を促してくれた最愛のお姉様に報いることもなく、自分勝手な正義感で愚かにもその命を散らせてしまった、莫迦な女の生涯の記憶が。
前世の私は、本当に愚かでした。
そして、それを理解出来たのは。こちらの世界に生まれ転して、ある一人の人物と出会い、その人と共に生きることを選んだ、その後のことでした。
……莫迦は死んでも治らない、死んだ程度じゃ治らないって言うけど、私は自分の人生で、それを証明してしまったんです。
だから、飯塚琴絵さま。
どうか、お願いですから、〝水無月麻美〟の死に、責任を感じないでください。
愚かで、悔いばかり残る短い人生だったけど、それでもそれが、麻美の人生だったんです。麻美は麻美なりに、その人生を生き切ったんです。
私は、サリア・リンドブルムは。水無月麻美の記憶を引き継いでいますが、別人です。
私は、水無月麻美とは違う、サリア・リンドブルムとして、これからの生涯を生きていきます。
実は、今日。本当に偶然ですけど、ショウくんと美奈ちゃんに会ったんです。
二人は当然、私の前世のことなんかわからないでしょう。けど、あの頃よりずいぶん大きくなって、でもあの頃と変わらず二人が肩を寄せ合っているのを見て、凄く、嬉しかった。
あぁ、皆ちゃんと前に向かって歩いているんだな、って。
だから、私はもう大丈夫です。
姉上様。水無月麻美の言葉として、最後にお伝えします。
異世界でも、私は元気です』
(2,895文字:次回作『前略、親友殿~いつまでも、かわらずに~』(n2396gb)につづく:2019/08/09初稿 2020/02/29投稿予約 2020/04/24 03:00掲載予定)
《あとがき》
この『拝啓、姉上様~異世界でも、元気です~』は、筆者の二番目の小説になりました。
この物語の骨子は、前作『転生者は魔法学者!?』に「転生者サリア」が登場した時に、あらかた定まっていました。
引き籠りの主人公に対して、その家族が心を鬼にして「外に出ろ」と言い。それに従い引き籠りを止めたら、不意の事故で死んじゃった。
でも、生まれ転わって異世界で、生きる意味を見つけ、そして主人公は幸せになりました。めでたしめでたし。
けれど、その家族は。心を鬼にして、引き籠りを止めさせたら、主人公が死んじゃった。凄く、つらい思いをしたんじゃないだろうか。
だから。「水無月麻美」さんは「サリア・リンドブルム」さんに生まれ転わり、幸せを見つけた。それを、麻美さんの家族に伝えたい。それが、この物語の出発点だったんです。
最初期プロットでは、飯塚翔くんの一人旅でした。恋人である、髙月美奈さんの元に戻る為、異世界を一人で彷徨い、けれどその旅は、水無月麻美さんのメッセージを飯塚琴絵さんに届ける為の旅でもあった、と。
けれど、そのプロットに対し、髙月美奈さんが盛大に異議申し立てをしました。「ショウくんが一人旅なんかしたら、絶対に現地妻作る。そんなの駄目!」と。その為、髙月美奈さんとの二人旅にしたところ、今度は「それ、現地で永住するフラグです」「あの二人から社会常識の枠を取り払ったら、年齢を考えずに子作りに励むだろうな」「同感。絶対に戻ってこねーよ」とクラスメイトらが断言。結局二人の監視役を兼ねて、残り三人が参戦することになったのでした。
そして、なら。前作で匂わせるだけだった、「銀渓苑」と「ブッシュミルズ」のエピソードを取り込もう、と思い、ついでに前作で放置した教国絡みの始末を彼らに任せようと考え、現在の形になりました。当初の予定通り、ちゃんと家に帰れて一安心。
けれど、お気付きと思いますが。エピローグで、敢えて描写をカットしたキャラがいます。カットした理由は、それは次作のエピソードだから。今作は、「五人の物語」のまま、エンディングを迎えることにしたんです。
前作は。「自分が書きたいことを、書きたいように書いて完結させる」ことだけを考えていました。
けれど今作は。読者を意識して、書いたつもりです。
拙作を読んで、少しでも親しみを持ってもらえたら。それで、筆者の思惑は達成したと言えるのかもしれません。
この物語は、ここで一旦終わります。
けれどこの物語は、「彼らが自分の道を見出すまでの」物語。だから彼ら自身の物語は、むしろこれから始まるのです。
是非、次回作『前略、親友殿~いつまでも、かわらずに~』(n2396gb)で、お会いしましょう。
末筆になりましたが、最後まで読んでくださった方には、心より御礼申し上げます。
令和元年08月09日 藤原 高彬 拝




