第53話 決着
第08節 そして、新しい時代へ〔6/6〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
セレーネ姫による、ジョージ四世を〝魔王〟と認定する宣言。
それに伴う、諸王総意に基づく、ジョージ四世の廃位要求並びに戦争犯罪人としての糾弾。
対するジョージ四世は、既に死人のような表情で、ひとつひとつの指摘に対し否定する言葉を持たないでいた。
政治家でもある彼は、既に理解している。ここで行われている「裁判ごっこ」は、ただの手続き。戦争責任を確定させ、彼に対する処刑が正義であると世界中に知らしめる為に行う、儀式に過ぎない、と。だから如何なる反論をしても受け入れられず、必要なら詭弁を弄してでもその反論は潰される。なら、反論するだけ時間の無駄だ。
そして結果。明日早朝、聖堂前の広場で。
ジョージ四世は斬首と定められた。
その際、処刑人には、俺が指名された。
この戦争は、本来俺が始めたもの。
〔契約〕の内容にしたところで、別の内容に書き換えたり、破棄したりすることだって出来たはず。にもかかわらず、「ジョージ四世」を〝魔王〟と定めることで、セレーネ姫の問題やアザリア教国の問題等を一刀両断・快刀乱麻を断とうとしたのが、俺の戦略だった。
その結果。別の選択肢を選べば、もしかしたら死なずに済んだ人も少なくなかったはずだ。その場合、より多くの人が苦しみ、その命が失われたかもしれないけれど、それさえ「たられば」の話に過ぎないのだから。
なんにせよ、俺の選択で、多くの人が死んだ。なら。
その、俺が定めた〝魔王〟の首を落とすのは、俺の最後の仕事だという事だ。
だから。俺たちがこの世界に来て、第1,097日目。
気分的には、俺自身が縊られる思いで、処刑台に立ち。
目隠しされ、縛られ、跪くような姿勢で固定されている老人の脇で剣を振り上げ。
心で「南無阿弥陀仏」と唱えながら、それを老人の首に向けて振り下ろした。
これが、俺たちの『魔王戦争』の、終焉だった。
◇◆◇ ◆◇◆
この先のことは、全て俺たちにとっては他人事だ。
聖都が籠城戦を予定していたことから高位神官たちが脱出する余裕もなく、だからそのままその身柄を拘束されたことも。彼らの屋敷を捜索して、私有が許されていないはずの財産や高価な宝物等を接収したことも。彼らが犯罪組織と内通し、利益を折半する前提で商人や外国貴族に対する襲撃計画を立てていた証拠が露見・押収されたことも。
『魔王戦争』参加国に対し教国新教皇セレーネ一世猊下が、協力報奨金や各国が立て替えた諸経費の支払について話し合ったことも。唯一〝敵対〟という立場を取っていた騎士王国に対し、和解金を支払い撤退させるという体裁を成立させたことも。
騎士王国が占領したマキア王国領を騎士王国領として諸王が認めたことも。
そして、今回聖都に集結した諸王が今後も定期的に円卓を囲む取り決めが為されたことも。その会議に、オブザーバーとして〝戦場の天使〟ベルダが呼ばれることになったことも。
ロージス領が独立自治領となり、各国軍が駐留しその独立・中立を担保する、というそのアイディアは、今後アプアラ王国・リーフ王国を交えて話し合うことになった。
また、ローズヴェルトとロージス(アプアラ王国)、ローズヴェルトとリングダッド、ローズヴェルトとスイザリアのそれぞれの講和交渉は、団体交渉ではなく個別交渉の形で進められることになった。つまり、ローズヴェルトにとっては「一つの戦争の三方面」と認識し、一括して賠償について交渉することを求めていたが、三ヶ国はそれぞれ独立した戦争として、個々にローズヴェルトに対して賠償を請求するという事だ。
カナリア公国も同じである。既に現公王は解放され、本国へ帰還しているが、先代公王の開放に伴う身代金、並びにリングダッド西部諸町村を襲撃・略奪した賠償の交渉は、これからになる。だが、一夜にして公宮が炎上し、公王・前公王の両名の身柄が奪われた。その事実を思えば、公国にとっては恐ろしくて気軽に値切ることも出来ないだろう。
俺たちに対する褒賞も話し合われた、らしい。
「らしい」というのは、俺たちは誰一人その会議に出席しなかったから。その結果を聞こうとも思わなかったから。
騎士王国は、その内容は既に〔契約〕に定められていてそれに上乗せする褒賞を考える必要はないだろうし、魔王国は褒賞より俺たちの(今回の戦争で各国が負担する以上の要求を魔王国にした、その俺たち個人が負担する必要がある)負債の方が大きい。リングダッド、スイザリア、そして教国からの褒賞は、下手に貰うとその方が面倒事も多くなる気がする。だから、聞かない。
それらは全て、俺たちにとっては他人事。文字通り、「別世界の話」。
ただ、それとは別個に。ソニアはドレイク王国有翼騎士団を退団すると申し出たようだ。アドルフ陛下はそれを許可し、同時に有翼獅子・ボレアスをソニアが私有することを以て退職金の代わりとしたのだという。
また俺たちも、聖都各地に刺しておいた〔マーカーダガー〕を回収し、そのついでに個人的にベルダに会い。リングダッド王妃の子をベルダに託したいと思っている旨伝え。
そして俺たちは俺たちで、これから自分の世界で自分の未来を見据える為に。
「ゼロ。」
◇◆◇ ◆◇◆
「さて、これで全て終わりじゃな」
〔倉庫〕に入ると、そこには既にエリスと、リリスさまが待っていた。
「気付いておるかえ? 〔契約〕が満了し、その誓約が解かれたことを」
「はい。目に見える形、肌でわかる感触ではありませんが、魔法が解けたという事に気付きました」
「此度の一連。真にご苦労じゃった。
妾の要請に応え、せんでも良い戦争をしてまで、全てを終わらせたこと、礼を言おうぞ」
「否、俺たち自身の理由で――、
違いますね。
是。有り難うございます。おかげさまで、全てを終わらせることが出来ました」
「では、約束通り、この〔亜空間倉庫〕の管理を、担わせてもらうことにしようか。
……と、言いたいところじゃが」
? 何か、まだあるのか?
「妾が直接管理するより、もっと簡単な方法がある。
この〔亜空間倉庫〕を迷宮として、固定してしまえばいい。言い換えれば、迷宮核を用意すれば良い」
「ダンジョンコアを? どこから持ってくるのですか?」
「その答えは、既に与えておるであろ? エリスが、〔亜空間倉庫〕の迷宮主を兼ねる迷宮核になればよい」
「エリスが? それで、何か不都合が生じるのですか?」
「何も。ただ、其方らが向こうの世界に戻った後も、其方らとエリスの縁が切れぬ。今後も変わらず、エリスの世話を任せることになる。その程度じゃ」
「それは、不都合じゃありませんね。むしろ、こちらからお願いしたいことでした。
エリス、これからも、宜しく」
「はい、ぱぱ♥」
(2,700文字:第八章完:2019/08/09初稿 2020/02/29投稿予約 2020/04/22 03:00掲載予定)




