第52話 〝魔王〟の後継者
第08節 そして、新しい時代へ〔5/6〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
既に、勝負はついていた。
それは、五対五の一騎討ち、でこっちが完勝したからじゃない。
聖都に入市したときに、市内に赤十字旗が翻っていた。
その時点で、俺たちの勝利は確定していたんだ。
赤十字旗は、中立の証。ジョージ四世にも、セレーネ姫にも与せず、けれど勝者の治世に従うという、意思表明。
が、〝赤十字旗〟をその旗幟とするのが、スイザリアの衛生兵科長であるベルダである以上、客観的に見れば聖都の市民の大半が、スイザリアに膝を屈したことになる。
そうでなくとも、彼らは「ジョージ四世に従わない」と意思表示した。つまりジョージ四世の下には千を僅かに超える数の神殿兵・聖堂騎士しか残らなかったという事だ。
一方、五万を超える兵を従えたセレーネ姫が、何ら妨害もなく聖都に入市した。
この時点で現教皇・ジョージ四世の政治的敗北といえる。
一騎討ちだとて。
本来それを無視して、全員突撃しても文句を言われる筋はない。こちらとしてはむしろ、「これ以上犠牲者を出さない為に、要請を受け入れた」立場なんだから。それでも、こちらが一敗でもしていれば、それを口実にジョージ四世派はセレーネ派に対し、対等なレベルまで情勢を盛り返す為の詭弁を弄する事も出来ただろう。言い換えれば、そのレベルまで彼らは追い詰められていた、という事だ。
その結果が、彼らにとって五戦全敗。且つ、副将戦と大将戦でジョージ四世派から選出された戦士(リトル魔術師長と聖堂騎士団総団長)は死亡したものの、他の騎士たちは命を保ったまま無力化され、敗北を受け入れることとなった。リトル魔術師長と聖堂騎士団総団長は、此度の戦争の戦争犯罪人として処刑されることを免れなかったことを思えば、文字通り最小の被害で決着したことになる。
最早この時点で、ジョージ四世派の騎士・兵士、そして市民たちがセレーネ派に対して抵抗する意欲も無くし。俺たちは、無人の野を進むが如く、どころか旧ジョージ四世派の騎士・兵士たちの協力を得て。
聖堂に集う、高位神官たちの身柄を拘束し、その屋敷に強制査察を行うこととなった。
◇◆◇ ◆◇◆
今回の、対教国侵攻。
これは、事前の想定をはるかに超えて、彼我の被害が小さく済んでいる。
その理由として挙げられるのは、やっぱり〝戦場の天使〟の存在だろう。
ベルダの存在なくして、アルバニー戦役で教国軍前衛及び中衛が、セレーネ姫の旗の下に膝を折る展開はなかったし、その後の南侵に於いてもアザリア人に対して略奪・暴行をするスイザリア兵が出なかった保証はない。
そして何より、聖都市内で赤十字旗が翻り、結果無血解放された。それは間違いなく、ベルダの功といえるだろう。
本当に、ベルダひとりに。一体何人の命が救われたのだろうか?
◇◆◇ ◆◇◆
俺たちが聖堂に踏み込むと。
そこには、既にドレイク王アドルフ陛下、騎士王国女王イライザ陛下、スイザリア王陛下、リングダッド王陛下などがそこにいた。おそらくは、リリスさまが諸王を掻き集めたのだろう。
また、教皇、ジョージ四世〝猊下〟(あと数刻も待たずにその尊称を剥奪される身だからこそ、敢えてその敬称で呼ぶ)も、そこにいた。
どう見ても、この世界の正義を担う、善神の代弁者には見えない。野望潰えた野心家の末路。それが、この老人だった。
この面子で円卓会議を行うのであれば、ここに坐する権利があるのは、あとセレーネ姫だけ。だが、俺は敢えて臆することなく、その円卓に腰を下ろした。
「今これから、今後のことを定めなければならない。
だが、その前に。確認しなければならないことがある」
会議の口火を開いたのは、アドルフ陛下。
「ア=エト・ショウ。否、カケル・イイヅカ。
彼をはじめとする五人は、〝魔王〟、〝神に仇為す者〟を討つ為に、異世界より召喚された。
では、〝神に仇為す者〟、すなわち『精霊神の定める秩序に叛く者』とは、一体何者だ?」
その問いには、誰も答えない。と、イライザ女王が。
「セレーネ姫。この問いには、其方に答える責任がある。
我が国と、ア=エトらの間で交わせし契約に、其方の名が見届け人として定められているがゆえにな」
その言葉で、全員の視線がセレーネ姫に集まった。
「それに答える前に、ア=エトさまにお尋ねします。
もし。我が父を指し、『〝魔王〟ではない』と私が告げた場合。
契約に、見届け役として定められた私が、その契約はまだ終わっていないと告げた場合。
ア=エトさまは、如何なされますか?」
◇◆◇ ◆◇◆
セレーネ姫の、問い。だけど、これは。
実は、新契約の草稿を作る時点で、俺と武田の間で既に想定されていた。
この契約の、唯一の欠陥。
……に映る、ひとつの、罠。
「おっしゃる通り、〔契約〕に於いては、〝魔王〟討伐を見届けるのは、セレーネ姫様と定められています。
が、同時に。この〔契約〕には、『後継条項』があるんです」
『後継条項』。それはすなわち、魔王の後継者が生まれる可能性を示唆した条項。そして。
「魔王が討伐された時。その後継者が生まれていた場合、〔契約〕は継続します。
では、その『後継者』とは、誰を指しますか?
〔契約〕第二条第一項第3号後段に、それは『この者の後継であると甲乙双方に認められし者』と、定められているんです。
つまり、我々と、イライザ女王が『ジョージ四世の後継』と定めた者こそが、『〝魔王〟の後継』と認定される訳です。
今。我々とイライザ女王の間で、『ジョージ四世の後継』と認定出来る人物は存在しません。
が、ここで姫君が、徒に契約の満了を否定為さるというのであれば。
我々は、セレーネ姫、貴女をこそ、『〝魔王〟の後継者』と認定せざるを得ないでしょう」
「な! 何を言うのですか? ですが、だとしたら。私を『〝魔王〟の後継者』と認定するのであれば、誰が〔契約〕の遂行を見届けるというのですか?」
「『後継条項』が定められているのは、〝魔王〟に関してだけではありません。
第二条第一項第4号後段。〝見届け人〟に関しても、同様の後継条項が定められています。
セレーネ姫が『魔王の後継者』となるのであれば。我々は、別の人間を〝見届け人の後継者〟に指名するだけなのです」
「いっ……一体誰が、私の後継者たり得るというのですか?」
「いるじゃないですか、適切な人材が。
〝戦場の天使〟と謳われた、ベルダ。
権力を得て闇に堕ちたセレーネ姫の代わりに聖性を顕す人物として、これ以上の人材はいないでしょう。
セレーネ姫。伏してお願い申し上げます。
市民が、信徒が。セレーネ姫を〝聖女〟と認定し、信仰を向けておいでです。
ですので、決して『魔王の後継者』とはならないでください。
我々の敵になるような、〝善神〟に背くような、そんな教皇には、ならないでください」
(2,726文字:2019/08/07初稿 2020/02/29投稿予約 2020/04/20 03:00掲載 2021/09/26脱字修正)
・ セレーネ姫は、「ア=エト」を手放したくなかったんですね。その敵である〝魔王〟が健在なら、今後も手を貸してくれるのでは? と夢見て。
だけど、飯塚翔くんと武田雄二くんは、契約が逆用され権力者に利用される可能性も想定していました。だから、〔契約〕にその罠を仕掛けていたんです。契約の逆用(裏切り)。それが出来る立場にいるのは、唯一『見届け人』たるセレーネ姫だけだったから。
そして、この『後継条項』の性質の悪い点は。第三者をその〝後継者〟と定めるにもかかわらず、その指名・決定権を持つのは、甲と乙の両者だ、という点。つまりセレーネ姫にとって、今回初めてイライザ女王と面識を持ったという時点で、『後継条項』を回避する選択肢はありませんでした。




