第47話 火壁《ファイアウォール》
第07節 変わりゆく戦争〔9/9〕
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中鬼は、大鬼や牛鬼ほど皮膚が厚くも硬くもない。
オーガクラスなら、素人衆の投石など埃程度にしか感じないであろうが、ホブゴブリンなら相応のダメージになる。ましてやそれが弓や弩なら、中り所が良ければ一撃で絶命させることも出来るだろう。
そして、空堀の中から這い上がろうとする相手であれば、防御行動を採ることも出来ず、空堀の底を移動する相手は、防御行動を採ることは出来ても身を隠すことは出来ず。
結果それは、単に作業となっていった。
とはいえそれは、大工や商人、冒険者などといった民間からの志願兵にとってではあるが。
専任の兵士や騎士たちにとっては、それでもまだ油断することは出来ないでいた。
例えば、空堀の向こう側からの、投石。
空堀を掘った時に出た土を、堀のこちら側で土塁にすることで、ある程度の防御力を示してはいるけど、それでも「ある程度」でしかない。そして魔物の膂力は人間のそれを大きく凌ぐ以上、警戒してし過ぎるということはない。
また、空堀に落ちた魔物が、互いに協力をして這い上がってくる状況。
別に魔物たちの間で友情が芽生える危険を警戒する訳じゃない。ただ別の魔物を足場にして、その上に乗っかり、空堀を越えようとする個体が出てくる危険があるという事だ。空堀の深さは3m程度。なら、身長200cm程度の魔物は、肩車すれば堀を越えられる。
観察してみると。単に「魔物」といっても、賢い個体や愚かな個体、他者に対して傲慢に振る舞う個体や大勢に流されてしまう個体などもいるようだ。
つまり、上から新たな魔物が降って来たとき。踏み台にされて激怒してその魔物に攻撃する個体や、逆に文句も言えずにそのまま踏み台に甘んじる個体、といったところだ。
なら、踏み台に甘んじる個体を何体か使えば、空堀を楽に登れる。そう思う魔物がいても不思議ではないだろう。
だから、観察して賢そうな個体や主導的な立場にあると思われる個体は、優先的に排除する必要があったのだ。
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堀の向こう側からの投石は何とか凌ぎ、堀に落ちた魔物は作業として処す。けれど堀の向こうに残った魔物は堀に落ちないように戦うという智慧があるようだ。つまり、指示を出している、指揮官役の魔術師がこの戦場にいるという事。
だから、ドレイクの有翼騎士はその位置の特定を急いだ。そして。
「指揮官の位置を確認しました! 手に宝珠のようなものを持って、ホブゴブリンに命令している模様」
「ヨシ、疾風騎士団、出番だ。対魔術師戦闘!」
「はっ!!!」
通常の大規模戦闘では。魔術師は参謀役に収まる場合が多い。それは、手持ちの攻撃魔術では大規模破壊・殺傷に向かず、接近戦では魔法の発動より敵が剣を振り下ろすスピードの方が早いからだ。戦場の全体に影響を及ぼす大魔術師など、世界に何人もいないのだし。
その意味では、魔物を戦力として投入出来る〔魔物使役〕は、大規模戦闘に於ける魔術師の役割を変えることになるともいえる。
けれど、相手は既にテイムされた魔物を想定した戦術を考案し、訓練し、そして実践している以上。これは「野戦に於ける騎兵」と同様の、一兵科に堕していることを知っていなければならなかったともいえる。
そして、疾風騎士団。
妖馬を駆り、敵陣に突入して単一目標のみを撃破、そしてその他の有象無象を無視して離脱する。そういう戦い方を司令官に叩き込まれ、カナリア公宮襲撃やチャークラ防衛戦などで戦果を挙げていた。
だから。
「各々方、御覚悟は宜しいか。目指すは敵陣最後衛、狙うは怨敵・教国魔術師ただ一人!
疾風騎士団、出撃!」
騎士団は、魔物の群れを迂回し、そして魔術師を護衛するかの如く配置された魔物たちを恰も障害物のように回避して、敵魔術師に肉薄した。
魔術師は、如何な高位魔術師と雖、また魔法具に頼ろうとも。発動には一瞬のタイムラグがある。その発動を〝思念〟しなければならないからだ。
例外は、魔法の武具。これは、「使用」のモーションが発動のトリガーとなる為、無意識の使用でもその効果が発動する。
つまり、体術を修めていない魔術師は、対奇襲戦で一手後れを執ってしまうという事だ。
一方騎士団側は、そもそも主導権を確保した奇襲戦。訓練し身体が憶えている動作。更には通常戦闘に近い行動となれば。一瞬の躊躇いもない。
先頭の騎士が鉤爪で魔術師の足(というか下半身)を捕らえ、転倒させ(実際は一瞬宙吊りになり、伸身前方二回半宙返りを強制し頭から着地させた)、二番目の騎士が戦斧でその背を打ち、三番目の騎士が槍穂でその頭部(は頭蓋で滑って外す恐れがあったので、首の付け根)を突き、確実に絶命させたのだった。
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使役者たる魔術師の排除に成功し、ホブゴブリンたちは命令が更新されなくなった。
その為、堀の中の魔物は従前の命令に従いもがき続け、堀の向こう側の魔物は命令待機のまま棒立ちになった。
だからまず、棒立ちのホブゴブリンたちを騎兵突撃と弓射で屠り、そして。
「〝皮袋〟、投げよ!」
空堀の中に、液体の入った革袋が投入された。と同時に、空堀の両端から、商人が樽に入った液体を流し込む。
「松明、投じよ!」
液体が空堀の底を充分に浸し、また魔物の多くが充分に濡れたのを確認して、そこに火種を投下した。
言うまでもなく、その液体は油。空堀は、あっという間に火の壁となった。
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『祭りの後の、火遊び』。
この、対教国魔獣兵団迎撃戦のことを、リングダッドではそう記録されている。
遊びと呼ぶには危険な場面も何度かあったが、それでも最後の火壁の印象が全てを上書きしてしまった。
「敵と戦う」兵士の戦い方。
「魔物から身を守る」冒険者の戦い方。
「野獣を狩る」猟師の戦い方。
それらは全て、違って当然だ。しかし、
「魔物を兵科と看做して戦術を編む」。
「魔物を罠に嵌め、狩る」。
その戦い方を想定した者は、これまでいなかったのもまた、事実である。
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そして、既に蛇足となっているが、西部戦線の状況は、というと。
スイザリア軍連戦連勝の報を受け、ブルックリン市が蜂起。マキア方面から騎士王国軍が援軍として参陣することにより、当市のローズヴェルト側有力者は一旦北方に撤退した。
そしてオールドハティスを抜いた西部遠征軍と合流したものの。
西部遠征軍は、輜重を担う雑兵をオールドハティスで消費し尽してしまったことにより、ブルックリンでの補給を期待していた。
結果、数こそ充分揃ったものの、糧秣も武具もないローズヴェルト軍は戦力として機能出来ず。
ブルックリン市に引き返し、投降することを選ばざるを得なかった。
(2,675文字:2019/07/31初稿 2020/02/29投稿予約 2020/04/10 03:00掲載予定)
【注:「各々方、御覚悟は宜しいか(以下略)」は、赤穂浪士の討ち入りの台詞のオマージュです】
・ 魔獣兵を、戦場に投入する。緒戦で成果を出し、その後敵国がその対策に追われる、というのであれば話は変わるのでしょうが、緒戦の時点で既にその事実が相手国に伝わっており、実際の開戦以前に対策が取られていたら。そんなの、歩兵に対する騎兵のように、単なる一兵科に堕するという事です。むしろその問題自体を認識していない、魔獣兵を擁する国にとっては自滅行為にしかならないという。言い換えれば、「魔獣兵」という兵科の扱いを知る者がいなかった(はずなのにスイザリア=リングダッド二重王国側では総司令がそれを想定出来ていた)のが、此度の戦闘の惨劇の元凶だったり。




