第46話 対中鬼空堀迎撃戦
第07節 変わりゆく戦争〔8/9〕
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「申し上げます。この先に於いて、中鬼の部隊を発見しました。
その数、約二千。隊列を組み、こちらに向かって進軍中です。現在の行軍速度だと、おそらく二日後には接敵するかと」
ドレイク王国から借り受けた、有翼騎士の斥候がそう報告する。
「すぐに、ア=エト閣下にも連絡を――」
「――無用だ。
将軍からは、対ホブゴブリン戦の戦術も、その為の道具も、全て託されておる。ならこれ以上、将軍の手を煩わせる必要はない。
それとも、ドレイクの有翼騎士殿は、我らリングダッド兵はア=エト将軍なくしては何も出来ない、赤子のような未熟者の集まりだと言いたいのかね?」
「否、そんなことは……」
「確かに、二十年前の十文字戦争で我が国が貴国に一方的に敗北したのは、当時我が国にはア=エト将軍がいなかったからだと言えるだろう。あの当時、将軍が現役であれば。おそらく貴国相手にも敗北することはなかったであろうからな」
「……お言葉ですが。王太子殿下、カケル・リンドブルム子爵は、我が国の王太子候補である王子殿下です。もし二十年前に閣下、殿下がいらっしゃっていたのであれば、我が国の旗の下、貴国に刃を向けたはずです」
「其方は将軍のことを何もわかっていない。そしてだからこそ貴国では、将軍は『王太子〝候補〟』に過ぎないのであろう?
我が国では戦後、将軍を今上陛下の養子に迎え入れ、次期王弟として我が国の国政に携わってもらいたいと思っている。
それはともかく、もし将軍が二十年前、ドレイクにいたら? その結果などわかっている。戦争にはならず、そしてドレイクの鉄道は我が国にまで延伸していたであろう。
将軍は、戦場で見えるのであれば魔王陛下に遠く及ばぬであろう。だが、将軍はそもそも、戦闘そのものを遠ざけられる。そして、王侯貴族から庶民難民貧民に至るまで、将軍の為に力を貸したいと思わせる。
今の、我が軍の陣容を見よ。
半分は軍籍が無い、冒険者や大工などの一般市民だ。これでも厳選したくらいだ。
女子供老人を含めた、チャークラ市民の半分以上が、此度の遠征に従軍することを熱望していたほどだからな。
そして商人ギルドに所属する商人たちが、軍の輜重を担っておる。あの強欲な商人たちが、無償でと言ったんだ。
だが、だからこそ。
将軍には、状況を伝えても助力を乞う必要はない。
高がホブゴブリンだ。我らだけで屠ってみせよう。
そして、それを以て将軍と肩を並べ、此度の戦争の幕を下ろそうではないか」
そう。この軍は、リングダッド軍。王太子クリストフが直接指揮を執る、対教国遠征軍だった。
「全軍停止! 対ホブゴブリン戦を想定した、野戦築城をこの場にて行う。
疾風騎士団諸卿! 先行して、ホブゴブリンに対する遅滞戦闘を行いながら、この地に誘導せよ!」
「畏まりました。ですが、殿下。ひとつお尋ねを」
「申してみよ」
「別にホブゴブリンどもを、我々が斃してしまっても構わないのですよね?」
「構わぬ。が、無理はするな。
将軍は、麾下の兵が損耗することを酷く忌避される。そして貴卿らの妖馬は、将軍からの借り物であることを、忘れてはならぬ。
一頭たりとも失わず、将軍に返さねばならないことを、肝に銘じよ!」
「ははっ!」
「工作隊! 空堀を掘れ。想定されるホブゴブリンの進入角度に対して、斜めになるように、だ。
手隙の者は、輜重輸卒から騎士に至るまで区別なく、工作隊に助力せよ。
有翼騎士殿は、引き続き周囲の哨戒をお任せする」
「……かしこまりました」
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そして、三日後。
疾風騎士団が上手くホブゴブリンを引き付け、また時間を稼いだことで、一日余分に時間を作る事が出来た。
「もう一度、作戦を確認する。
陣形は、空堀に平行した斜線陣。空堀の向こうからの投石等には各員留意せよ。
空堀に落ちたホブゴブリンに対しては、槍で突き、円匙で叩け。連中の武器である棍棒を握るその腕は、空堀を登る為に壁面を掴んでいる。その牙は、空堀の上には届かない。ただ武器を奪われることが無いように、それは警戒せよ。
空堀の底を歩くホブゴブリンに対しては、矢を放ち、石を擲て。人間でも二人並んで歩くには狭い空堀だ。ホブゴブリンは機敏には動けまい。的中ての如く落ち着いて、確実に仕留めることを考えよ。
だが、余は其方らに、ひとつのことを禁じねばならぬ。
其方らは、高が魔物如きを相手に、死ぬことを許さぬ。
ホブゴブリンに殺させる為に、ア=エト将軍は其方らを守ったのではないのだからな。
もう一度言う。死ぬことは許さぬ。
もし、命令に背きホブゴブリンに殺される者があれば、
その者は、来年の祭りにて、ミナの振る舞うマグロ料理を食する事を禁じるものとする!」
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隊列を作り進軍する、ホブゴブリンの部隊。
ホブゴブリンどもは、右手に棍棒を持つ。けれど、左手は無手だ。
だから対するリングダッド軍は、右を前に、左を後ろになる斜線陣を布いた。
もしここに、指揮官たる魔術師がいるのであれば。これは左後部隊でホブゴブリンを受け止め、右前部隊で無手のホブゴブリン左側を攻める策だ、と思っただろう。それに対して、どうホブゴブリンの陣形を動かす?
ホブゴブリンを先導するが如く、疾風騎士団が走ってくる。その名の通り、疾風の如く。彼らを迎え入れるべく、隊列中央が左右に分かれた。
打ち合わせの通り、擬装して蓋をした空堀と堀のこちら側に作った土塁を飛び越え、陣の奥へ。
だが、空堀の存在を知らないホブゴブリンたちはそのまま真っ直ぐ突進し、
あっさり空堀の中に落ちた。
「長槍隊、空堀の中のホブゴブリンに向けて、攻撃開始!
弩隊、空堀の向こうのホブゴブリンを撃て!
大楯隊、ホブゴブリンの投石に備えよ!」
これは、野戦でありながら籠城戦だ。空堀という城壁を利用し、攻城軍から距離を空けて迎撃する。
空堀に落ちたホブゴブリンは、従前の命令に従い、またその場に留まっていては狙い撃ちされるだけだと悟り、堀の中を移動する。が、全てのホブゴブリンが聡かった訳ではないので、あっちこっちで渋滞が起こり、また同士討ちに近い衝突も起こり、更には頭上から新たなホブゴブリンが降って来て。大混乱になっていた。
そしてこうなると、空堀の底の魔物に対する攻撃は、騎士や兵士、或いは冒険者である必要もない。商人が投げる石、大工が振り下ろす円匙でも、充分効果があるのだから。
それでも、リングダッド本陣はまだ気を抜くことは出来なかった。
何故なら、この戦場には。
ホブゴブリンを使役した魔術師が、姿を現すであろうことが、予測されていたからである。
(2,654文字:2019/07/30初稿 2020/02/29投稿予約 2020/04/08 03:00掲載 2021/02/18誤字修正)
・ 「もし二十年前にア=エトがいたら」。そもそも前提条件からして成立しませんから、思考ゲームとしての意味もありません。
・ リングダッドの遠征軍の輜重は、行軍経路近くにある集積所を利用しています。時々そのデポに、ア=エトからのコンテナが増えていますが。




